226.人生の満足度に関わります
本日は2話だけの更新です。
でも明日も更新しますので╭( ・ㅂ・)و グッ !
まずは1話目です。
泣いてしまった。
ええもう、なんなのこの純愛物語は。
はい、お母さまの小説『黒白の騎士』です。
いやー、ちょっとは頭を過ってたんだけどね、その、BでLな小説だから、エロが入ってたりなんかしちゃったらどうしようかとか。
全ッ然、そんなことはありませんでした。
完全に純愛です。
古い王国の騎士団長とその従者のお話なのよ、ワンコで凛々しい従者くんと、見目麗しいけれどいたって堅物な騎士団長さまが、っていう王道も王道な内容でね。
そんでもって、騎士団長さまを救うために従者くんが我が身をなげうち、最期のその瞬間にたった一度だけ秘めた想いを交わし合うっていうね、王道ここに極まれりな展開だわよ。ラストシーンは、従者くんのお墓の前で終生変わらぬ想いを静かに深く誓う騎士団長さまっていう、ね。
なんなの、お母さま、ホンットに高校生なお年頃でこんなの書いちゃったの?
いや、王道ど真ん中すぎて完全に展開が読めちゃうのよ。なのに、それでも読まずにいられないっていう、そんでもって瞼が熱くならずにいられないっていう、なんかマジですごいんですけど。
その上、メルさまの挿絵がとんでもない。
よくこれほど美麗で繊細な絵をちゃんと印刷できたなと、変なところで感心もしちゃったんだけど、ホンットに麗しの騎士団長さまに凛々しい従者くんでねえ。
なんかこう、お互い言葉にはしない、できない想いが、画面からあふれてくるような……メルさまってば相当入れ込んで描かれたというのが、ヒジョーによくわかりますです。
そんでもって、号数が上がるたびに確実に絵が上手くなってます。ええ、4種類のバージョン、すべてお借りしました。
いやーこれは固定客、つくわ。
メルさまの挿絵集が出たら、めっちゃ売れると思う。
うーん、この国の腐女子人口がどれくらいあるのかわからないけど……それでも、お母さまのこの薄い本が17年間も途切れることなく売れ続けてきたっていうのは、それだけ需要があるってことだもんねえ。
そんでもって、こういう薄い本がちゃんと販売できるネットワークもあるってことか。
こういう趣味って、まず間違いなく大々的に宣伝なんぞできないだろうからね。ほんのひと昔前の日本だってこの手の趣味に対する排斥感はすごかったって、私に腐教活動してくれた同僚が言ってたもの。
それを思うと……うーむ、異世界の腐活動、侮りがたし。
というわけで私は、お母さまの小説を自室で一人静かに読了し、居間へと向かった。
居間では、お母さまがヨアンナと話し込んでいた。
私の顔を見たお母さまの表情は、文字通り不安と期待が入り混じった状態だ。お母さまの後ろに控えたヨアンナも同じような顔をしてる。
あー……申し訳ないですが、やっぱり私は腐れそうにありません。
おずおずと、お母さまが問いかけてきた。
「ルーディ、その……読んでもらえた、の、よね?」
うなずいて私は、正直に伝えることにした。
「はい、あの……おそらくお母さまの感じておられるようなお気持ちとは、少し違うとは思うのですけれど……それでも、お話自体には感動いたしました」
私の返答に、お母さまがホッとしたような、そして同時に残念そうな表情に変わる。
「そうなのね……」
「お母さま」
さらに私は言った。「わたくしは、その、お母さまのお気持ちに共感することは難しいのだと思います。けれど、理解はできますので、お母さまにはもう思う存分、お好きな創作活動をしていただければと思っています」
ええもう、腐女子な同人活動バッチ来いよ。
いままでずっと、お母さまもあらゆることを我慢させられてきたんだもの。好きなものも、したいことも全部奪われ、それどころか人としての尊厳まで奪われて、ただのお飾りとしてしか扱われなくて。
「お母さまはわたくしに言ってくださったでしょう? これからはもうわたくしには、わたくしが望む通りにさせてあげたいと。わたくしも同じ気持ちです。お母さまにもこれからはずっと、お好きなことを、お望みのままにしていただきたいと思っています」
「ルーディ……」
お母さまの顔が、泣き笑いのようにきゅっとなった。
「ありがとう、ルーディ。本当に、どうしてわたくしの娘は、こんなにすてきな子に育ってくれたのかしら」
「それはもちろん、お母さまの娘だからですよ」
私がにっこりとそう答えると、お母さまは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
ホントに、ホンットに、お母さまにはこれからいっぱい、楽しいことをしてもらいたい。
BでLな小説だろうが好きなだけ書いてもらって、レオさまメルさまと腐った話でさんざん盛り上がってもらっちゃいましょう。
むしろ、お母さまにそうやって打ち込める趣味があって本当によかったと思うわ。夢中になれる趣味があるかどうかとか、絶対的な推しが存在するかどうかなんてことって、冗談抜きで人生の満足度に大きく関わってくると思うのよね。
「本当にありがとう、ルーディ」
そう言ってお母さまは私の体を放した。
でも私の手をにぎったお母さまは、なんだかちょっとためらっているように、もじもじしてる。
「ただね、あの、わたくしも、レオが言うように、殿方を頼らずに暮らしていけるくらい、その、わたくしの本が売れればいいとは思うのだけれど……なにしろ、本当に久しぶりに書いているものだから……」
わかります、めっちゃプレッシャーですよね?
そんな、学生時代に書いた薄い本が17年間もずっと売れ続けてるって、そりゃあ新作には周囲からたんまり期待がかかろうというもの。
「まずはお好きなように、お母さまが書きたいように書かれていいのではないですか?」
私がそういうと、お母さまは目を見開いた。
「それでとにかく書き上げてみて、レオさまメルさまに読んでいただけばいいのです。出版するかどうかは、レオさまメルさまとご相談されてからでいいではないですか」
「本当に……それでいいと思う?」
「いいに決まっているではないですか」
やっぱりどこか不安そうに問いかけてくるお母さまに、私は力強くうなずいちゃう。
「これからいくらでも時間はあるのです。お好きな作品をお好きなだけ書かれて、その中でレオさまメルさまとご一緒に選んで本にされればいいのです」
そう言って私はちょっと笑ってしまう。「それは確かに、レオさまもメルさまも、お母さまの新作が読みたくて読みたくてたまらないというごようすでしたけれど」
「そうなの。レオもメルもすごく期待してくれるのは、本当に嬉しいのだけれど」
お母さまもちょっと苦笑気味に答えてくれた。
そしてお母さまの目が、後ろに控えているヨアンナのほうへと動く。
「それでね、ヨアンナには新作の最初のほうだけ、ちょっと読んでもらったのだけれど……」
とたんにヨアンナは両手を胸の前に組み合わせて、興奮したようすで言い出した。
「ええもう、すばらしいです!」
キラキラの目をしてヨアンナは言う。「冒頭からこう、胸が締めつけられるようなすばらしいお話です! 生まれてすぐに離れ離れになってしまった美貌の双子の兄弟のお話なのですけれど、その兄弟が成長してから数奇な巡り合わせで再会するのです! ただし、兄は高貴な身分であるにかかわらず弟は平民へと身分を落とされていて、そこにこう、愛憎が生まれてくるというお話で!」
お母さま、やっぱりネタにしたんですね、あのイケメン兄弟を。





