224.ふ?
本日5話目の更新です。
くるり、とレオさまが私に向き直った。
「ルーディちゃん、今日わたくしたちは、この話をしようと思ってきたの」
メルさまも私に向き直り、真剣な顔で言う。
「そうなの、貴女の安全対策を相談することももちろん重要なのだけれど、このお話はもうどうにも避けて通れないのよ」
「貴女の協力が必要なのよ、ルーディちゃん」
レオさまがぎゅっとばかりに私の両手をにぎる。
そのレオさまの手の上から、さらにメルさまもぎゅっとにぎってきた。
「わたくしたち、もうこれ以上待つなんて、耐えられないの!」
「あ、あの、どういう……?」
なんかもう、レオさまメルさまの必死さに、私の喉が鳴っちゃう。
そこに、レオさまの侍女であるザビーネさんが、すっと何かを取り出した。
テーブルの上に置かれたそれ……薄い本を、レオさまが私に差し出して言った。
「これは、リアが……貴女のお母さまが学生時代に書いた小説よ」
お、お母さま!
もしかして本当に、お母さまってば本を……小説を書かれていたの?
レオさまが手渡してくれたその薄い本は、なめらかな羊皮紙の表紙に黒い文字でタイトルだけが刻まれている。
タイトルは『黒白の騎士』
その表紙をそっとめくると、いきなりフルカラーのイラストが目に飛び込んできた。
これって、メルさまの絵?
いや、マジですんごい! ナニコレ、このすばらしく美麗な騎士お2人の絵は……!
で、でも、え、ええっと、あの……本当にこの美麗な騎士お2人の……待って、あの、これって……物理的に、っていうだけでなく、もしかして中身も……『薄い本』なのーーーーー?
思わず、本当に思わず私は、自分の横に座ってるお母さまを見ちゃったんだけど……お母さまは両手で顔を覆ったまま、なんかもうもじもじしちゃってる。
いや、あの、そりゃあもう、自分の娘に……それも高校生な年ごろの娘に自分のこういう、なんていうか、その、ちょっと特殊な趣味をばらすっていうのは、ええ、まあ、そうだよね……。
てか、ばらされる娘のほうも、ちょっとアレなんですケド。
あー……でも、本当に、いろいろと合点がいったというか……そうか、この3人、だからこんなに仲良しっていうか、結束が固いんだ。お母さまが小説を書いて、メルさまが挿絵を描いて、そんでもってレオさまが財力にモノをいわせて製本してたんだわ……。
うーん、まさか、まさかの……お母さまが腐女子、いや貴腐人だったとは。
いやー、だからあの、イケメン兄弟が最初にそろったとき、お母さまはああいう表情を……つまり萌えていたのね、という……うわー、なんかこう、いろいろとわかってきちゃった気がする。
お母さま、あのイケメン兄弟に創作意欲を刺激されちゃったんですね?
そんでもって、新作をもりもりと書き始めちゃったんですね?
そりゃ結婚してからこっち、そんなBでLな小説を書くことなんて、絶対にできなかっただろうから……あー、もしかして昨夜のアレは……ヨアンナも腐ってるってことかー?
なんかもう、脳内でアレやコレやがいきなり接続しちゃって『うわーそういうことかー!』状態になっちゃってた私に、レオさまとメルさまがめっちゃ期待の目を向けてくれちゃってます。
「どうかしら、ルーディちゃん? こういう小説って……わかるかしら?」
レオさまの問いかけに、私はなんかもう視線を泳がせちゃう。
「はい、あの……こういうご趣味のご婦人がたがいらっしゃるということは、小耳にはさんでおります……」
いやーもう、ほかになんて言えばいいのー?
「それでルーディちゃん自身はどう? ご興味はお有りじゃなくて?」
メルさま、そんなキラキラの目で私を見てくださっても……!
正直に言います。
私、前世では、ナニをどうやっても腐れなかったんです。
ええ、前世では職場の同僚がですね、筋金入りの貴腐人でしてね、そりゃあもうみっちり教育を受けたんですが……その貴腐人が匙を投げたという。
彼女に言わせると、私は『腐因子』を持たずに生まれてしまったんだそうで……それはたぶん、今世でも変わらないと思います。
でもね、BでLなアレコレに嫌悪感とか、そういうのは全然ないですよ?
なんかこういうの、ダメな人はまったくダメらしいんだけど、私はそういうのは全然ない。
うん、小説でも漫画でも、BでLだろうがおもしろい作品は本当におもしろくて好きだったし。そういう職場環境だったので、結構読んではいたのよね。
それでも、いきなり自分のお母さまが書いたBでLな小説を、書いた本人の目の前で読むっていうのは、ちょっと、それなりに、キツイものがないとは言いませんがっ。
ここはどうしたもんかと思いつつ、でもやっぱり正直に言うしかないわけで。
「あの、わたくし自身は、その、こういう方面には疎いと申しますか……あまり、その、興味を惹かれるようなことは、ないようです」
あーレオさまもメルさまも、そんなあからさまにがっかりした顔してくれちゃっても。
「そうなのね……」
「残念だわ、リアのお嬢さんなのに……」
いや、なんかもう、申し訳ないっす……。
「ルーディ」
お母さまが、視線を泳がせながら、ささやくような声で私に問いかけてきた。
「あの……こういう、その、特殊な趣味を、わたくしが持っていることについては……」
「それはもう、お母さまがお好きであれば」
私はほぼ素で答えた。「あの、このところずいぶん夜更かしをされていたようなので、それについては少し心配をしておりましたけれど……それでも、お母さまはとてもいきいきと楽しそうにされていましたし、その、いままで自由に書くことができなかったぶんを、お好きなだけ書いていただければと思います」
「ルーディちゃん!」
ぎゅむっと、私はレオさまに抱きしめられた。
「貴女、本当にすてきなお嬢さんね!」
なんかもうメルさまも大喜びだ。
「本当よ、だから言ったでしょう、リア、ルーディちゃんなら大丈夫だって!」
横に座ってるお母さまが、あきらかにホッとしているその感じが、私に伝わってくる。
確かに、前世でもあんまり大っぴらにはできない趣味っていう雰囲気はあったもんねえ。
もちろん、堂々と自分が腐ってることを明言しちゃう人もいたけど……それでも、自分のそういう趣味を打ち明ける相手は、みんなたいていちゃんと選んでたように思う。
偏見ってものがどうしてもあるし、こういうの、ホンットにダメな人ってダメらしいからね。
それに……この世界は、前世のようにちょっとネットで検索すればすぐに同好の士が見つかるような環境じゃないもんね……その手の本や漫画がすぐ手に入るわけでもなく、それどころか情報すらもろくになくて……それこそ、こういう特殊なモノに萌えちゃう自分はおかしいんじゃないかとか、前世においても情報がなかったときは悩んでたって話も聞いてるし。
そう思うと、お母さまが私に打ち明けるのは、本当に勇気がいっただろうなと、思わずにいられない。
たぶん、私に打ち明けるよう、レオさまメルさまから説得されたんだと思うけど……だからこのところ、お母さまが考え込んでるようすだったんだろうなと思うけど……まかり間違って、自分の娘から自分の趣味を否定されたりなんかしたら、そりゃ辛くて立ち直れなくなっちゃうよねえ。
それで私は気がついた。
そうだよね、メルさまだって言ってたじゃない、信じられないほど楽しかった学生時代の思い出が心の支えになったんだ、みたいなことを。
お母さまだって、きっとそうだわ。
本当にどうしようもなく不幸だった結婚生活の中で、レオさまメルさまと一緒に腐活動していたその楽しい思い出が、間違いなく心の支えになってたんだと思う。
自分にとって心から好きで大切なものって、人生を救ってくれるもんね。それがたとえほかの人たちから、その価値を否定されてしまうようなものであっても。
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれるレオさまの腕を、私はギブギブという感じで軽くたたく。
腕を放してくれたレオさま、それに並んでいるメルさまを見返し、私は言った。
「レオさま、メルさま、母とお友だちになってくださって、本当にありがとうございます。お2人がいてくださったことが、どれほど母の支えになってきたことか……どうかこれからもずっと、母と仲良しでいてくださいませ」
お2人の目が見開く。
そして、しみじみとした笑みを浮かべたレオさまが言ってくれた。
「リア、貴女は本当にどうやって、ルーディちゃんをこんなにすてきな娘に育てたの?」
「わからないわ」
お母さまが泣き笑いのような表情で答えた。「本当に、わたくしの娘はいったいどうやって、こんなにすてきな娘に育ってくれたのかしら」
そう言って、お母さまはまた両手で自分の顔を覆ってしまう。
「わたくし、ルーディには本当に何もしてあげられなかったのに……」
「とんでもないです、お母さま!」
私は慌てて言った。「わたくしがいまこうしていられるのは、すべてお母さまのおかげです! お母さまが、どれだけわたくしを大切に思い、どれだけ心を砕いてきてくださったか、わたくしはよく知っております!」
「本当に、貴女はわたくしにはもったいない娘よ、ルーディ」
また泣き笑いのような顔を私に向け、お母さまは私をぎゅっと抱きしめてくれた。





