220.ホッと一息……の、はずが
こんな朝っぱらからですが本日まとめて7話更新いたします。
まずは1話目の更新です。
なんでこう、ものごとがいちいち大きくなってしまうのか、私にはさっぱりワケがわからないんですが、とりあえず靴作りについてはまとまりました。
靴職人クレアさんはじめ、ツェルニック商会もエグムンドさんも、実にイイ笑顔で退出していきましたわ。うん、まあ、みなさん、やる気にあふれてるのはいいことだ……頑張ってくれー。
そういうことで、私たちはおやつです。
ええもう、私ゃすでにぐったり疲れ切っちゃったことだし、ここはもう美味しいおやつに癒してもらいましょうとも!
執事のヨーゼフを筆頭に、ナリッサとヨアンナがお茶の準備をしてくれています。
シエラはね、リーナが自室に下がるのについていってくれたの。リーナも一緒におやつを食べられないのは残念なんだけど。
でもたぶん、お茶をしながら例の、ドコがスルーだとかいう侯爵家のボケナス、げふんげふん、何か勘違いされているご令息の対策会議になっちゃうと思うからね、あんまりえぐい話はリーナには聞かせたくないな、ということで。
「あら、ルーディちゃん、もしかして今日のおやつも新作かしら?」
レオさまがちょっと驚いたように問いかけてきて、私は笑顔で答えた。
「新作といっても、昨夜わたくしがちょっと思いついたお料理を、我が家の料理人が手持ちの食材で作ってくれたものなのです。それでもとても美味しく作ってくれましたので、ぜひみなさまにも味わっていただこうと思いまして」
「そうなの? とっても美味しそうだわ。甘い香りがして……これは焼き林檎ね?」
メルさまもなんだか嬉しそうで、うきうきしたように言ってくれます。
お母さまも言い出してくれました。
「昨夜、試食を兼ねてお夕食でいただいたのだけれど、本当に美味しかったわよ」
そうです、昨夜の夕食デザートでも食べた、焼き林檎とホイップクリームのクレープです。
うーん、はちみつたっぷりの焼き林檎の香りが、ほんのり甘いクレープ生地の香ばしさと相まって、匂いだけでもうたまらん状態です。
私はお母さまと笑顔を交わせ、まずはお茶をひと口。そして、フォークで切り分けたクレープを口に入れた。
あーもう、ホンットに美味しいおやつは幸せ以外のなにものでもないわ。
甘酸っぱい焼き林檎にふわっふわのホイップクリーム、そして薄いのにもっちもちのクレープ生地。生地の甘さも絶妙で、はちみつの絡んだ林檎のほんのりとした酸味を引き立ててくれてる。
「それでは、どうぞお召し上がりくださいませ」
笑顔で私が言うやいなや、レオさまもメルさまもいつものごとくすちゃっとお茶を口にして、すぐさますちゃっとフォークを手にしちゃう。
「本当にどうしてルーディちゃんは、こんなに美味しいおやつばかり作ってくれるのかしら?」
「ええ、今日のおやつもとっても美味しいわ。この焼き林檎とクリームを包んでいる生地? ほんのり甘くて、薄いのに食べ応えもあって」
レオさまもメルさまも、本気でもうたまらん、って顔して言ってくれちゃってます。
「この包んでいる生地の端のところ、ぱりぱりに焼けているところがとっても香ばしくて美味しいでしょう?」
お母さまもにっこにこで言ってくれちゃうし。
そうなのよ、クレープにしてもパイにしても、生地で包むってめちゃくちゃ重要よね。なんでこう、包むってだけで美味しさがぐわっとアップしちゃうんだろう。
そりゃーもう餃子だって春巻きだって、皮があるからいっそう美味しいんだもの。生地、皮、めちゃくちゃ重要! って、なんか餃子食べたくなってきちゃった。餃子も作ってみるかなー。
などと私が思っている間にも、お母さまの熱弁は続いてる。
「昨夜は、この生地でお野菜やベーコンを包んだものをお夕食にいただいたのよ。生地の甘さを控えめにして、マヨネーズを合わせるとさっぱりとした美味しさになるし、ベーコンとかぼちゃなんていう組み合わせもとっても美味しかったわ」
「あら、そんな食べ方もできるの?」
「合わせる具材によっておやつにもお食事にもなるって、サンドイッチと同じような感じで食べられるということね」
レオさまメルさまから感心したような視線を向けられて、私は笑顔で会話に参加した。
「そうですね、このお料理はクレープというのですが、サンドイッチがはさむのに対して、クレープは包むという感じです。これからまだ、いろいろな具材を試してみようと思っています」
「それはまた、楽しそうね」
「少し甘めの生地にして、ジャムを塗ってくるくると巻くだけでも十分美味しいと思います」
「もう美味しいに違いないって、簡単に想像できてしまうわ!」
ふふふふふ、今日のおやつも大好評です。
「だけど、今日もわたくしたちはルーディちゃんの新作おやつをいただいてしまって、ヴォルフはとっても悔しがりそう」
レオさまがちょっと悪い笑顔で言い出してくれちゃった。
うーん、レオさま、あんまり弟さんを煽らないでくださいませ。私としては、まさかあの公爵さまが今日は来ないだなんて思ってなかったんだもん。
これでまたあのおっさん、げふんげふん、公爵さまが我が家の厨房に乗り込んでこられちゃったらたまらないので、私はさくっと手を打つことにした。
「あの、レオさま、それではその、わたくしからエクシュタイン公爵さまに、というか、公爵家におやつをお届けに上がってもよいものなのでしょうか?」
ぱちくりと目を瞬いたレオさまに、私はさらに言う。
「今回、ヨアンナが我が家に復帰するにあたり公爵さまにはたいへんお世話になったのですが、公爵家の侍女頭さんにもヨアンナは以前からお世話になっておりまして。ですから、公爵さまへはもちろん、その侍女頭さんにもお礼として何か、美味しいものをお届けできないかと」
「そうなの、レオ。公爵家の侍女頭さんは、ヨアンナがお世話になっていたレットローク伯爵家のご当主の、叔母君にあたられるのですって?」
お母さまも言い添えてくれる。「レットローク伯爵家の大奥さまがご健勝だったころは、その侍女頭さんにはヨアンナもたいへんよくしていただいたということなの」
「ああ、そうだったわね! ヨアンナ、貴女はマリーのお姉さまにお仕えしていたのだったわね」
納得顔のレオさまに顔を向けられ、ヨアンナが答える。
「さようにございます。私はレットローク伯爵家のミリアーナ大奥さまにはたいへんよくしていただいたのですが、妹君でいらっしゃいますマルレーネさまにも本当によくしていただきました」
「そうよね、マリーはお姉さまであるミリアーナさまに会うために、ときどきレットローク領の領主館に滞在していたものね」
そう言って、レオさまは思案してくれた。
「そうね……ルーディちゃんが自分で直接、公爵邸へおやつをお届けするのであれば、問題ないと思うわ」
レオさまの返答に、私はホッとした。
よかった、侍女頭さんにプリンとかプリンとかプリンとかお届けできる。
だけどレオさまはすぐに、ちょっと表情を改めて言ってきた。
「ルーディちゃん、でもそうやって貴女が食べものをお届けできるのは、基本的にヴォルフのところだけだと思っておいてね」
「そうなのですか?」
えっ、なんで? とばかりに訊き返してしまった私に、レオさまは教えてくれる。
「お茶会にご招待されて、そこに手土産をお持ちするのはいいのよ。貴女もその場で一緒にそのおやつなり軽食なりを口にするのだから。けれど、一方的に食べものを他家へお届けするのは駄目なの。お渡ししてそのまま帰るのは失礼だし、かと言ってお約束もなくお伺いして、先方に予定外のお茶のご用意をしていただくのも失礼になるからよ」
ってことはやっぱり、食べものを持参した人が『毒見』をしない状態で渡してはいけない、ってことか……うーん、面倒くさいなー。
「ヴォルフの場合は、まずなんと言ってもルーディちゃんはヴォルフの被後見人ですからね。親族と同じ扱いになるの」
「あ、確かにそうですね」
うなずいた私に、レオさまもうなずいてくれる。
「それにヴォルフは、あれだけ貴女が用意してくれたお料理を食べているのですもの、安全については信用できるという判断をヴォルフ本人ができるということと……それにいまのエクシュタイン公爵邸は少し特殊なの」
「特殊、とおっしゃいますと?」
またも問い返してしまった私に、レオさまは真面目な顔で言った。
「貴女も、ヴォルフがどういう環境で育ったのか、ヴォルフ本人から聞いたでしょう?」
さすがにその話は、私もちょっと奥歯を噛みしめちゃう。
「はい、うかがいました」
「あの子は本当に、口に入れるものには気を遣ってきたの」
弟である公爵さまを『あの子』と呼んで、レオさまは深々と息を吐きだした。
「それはいまも同じなのよ。公爵邸……王都のタウンハウスにおいても、ヴォルフが口にするのは専属の料理人が作ったものだけ。その専属料理人のためだけの厨房もあるの。そしてその専属用の厨房には、侍女も従僕も下働きもいっさい入れないわ。入れるのは、執事のトラヴィスと侍女頭のマリー、それに近侍のアーティだけよ」
ぽかん、と……本当に私は、ぽかんとしちゃった。
だって……あの、公爵邸って……公爵さまの自宅だよね? 自分のお家でも、そこまで徹底しないとダメなの?
ヨソのお家で出されたお茶やおやつを、いっさい口にしないっていうだけでも、とんでもない話だと思ったのに?
肩をすくめ、レオさまはうんざりしたように言う。
「いまのエクシュタイン公爵家の当主は、間違いなくヴォルフよ。だけど、そのことを許せないのは、わたくしたちの母……わたくしと姉の母だけじゃないの」
「あの、それはどういう……?」
思わず問いかけてしまった私に、レオさまは衝撃的なことを教えてくれた。
「わたくしたちの母は、爵位持ち娘だったの。つまり、ヴォルフにはエクシュタインの領主一族であるクランヴァルドの血が一滴も入っていないのよ」





