217.グラグラのヨタヨタのプルプル
本日2話目の更新です。
前世の日本でパンプスっていうと、もう黒のスムース革タイプが真っ先に思い浮かんじゃうんだけど、この世界っていうかこの国の貴族女性の靴って、ものすごくカラフルなのよ。学院でも、制服は黒ベースなんだけど、靴はみんな赤とか青とか黄色とか本当にいろんな色を履いてる。
材質も、スムース革はむしろ少数派で、スエードのようなやわらかな革や布製が多い。それに何より、装飾がすっごく多いのよね。刺繍がたっぷりしてあるのはもう当然みたいな感じで、リボンやレースもいっぱい付いてたりする。
もうね、ブーツだって刺繍びっしり、っていう感じなの。私がふだん履いてるのはごくシンプルなデザインだけど……ベアトリスお祖母さまは軍属の経験がおありだったせいか、遺していただいたブーツのバリエーションがすごく多い。ごくシンプルなブーツもあれば、刺繍びっしりでリボンで編み上げるようなブーツもある。
そういう装飾たっぷりで、かかとも太ヒールだけど4~5センチの高さがあるブーツなら、それなりにフォーマルな場でも履いちゃっていいんじゃないの、と私は思っちゃったりするんだけど。
でも、どうやらソレはダメらしい。
夜会で貴族女性が履く『正式』な靴は、装飾の多さや素材の違いを別にして、とにかく甲が広く開いているパンプスで、しかもピンタイプのハイヒールってことみたい。
私がいま試しに履いてるお祖母さまのパンプスも、ビロードのような手触りの柔らかい素材で色はモスグリーン。そして履き口に沿ってたっぷりと花模様の刺繍がしてあり、淡い黄色の小さなビーズまで散らしてある。
でもって、ほっそいピンの見るからに不安定そうなヒールなの。
だから私は、シエラが持ってきてくれたリボンの中からビーズの色と合わせるよう、レースの縁取りのあるアイボリーの幅広リボンを選んだ。
そしてそのリボンを靴底にひっかけ、甲の上でクロスさせる。クロスさせたリボンの端をそのままかかと側に回し、足首にくるっとリボンをひと巻きして後ろ側で蝶結びにした。
ふっふっふっ、こうすれば多少靴が大きくても、かかとをカパカパさせずに歩けるわ。とりあえず試しに履いてるだけなんだし、これで十分よ。
と、思いながら私は両足をリボンで結び終え、立ち上がろうとした。
「ルーディちゃん、貴女……」
メルさまが、驚いているというか、呆れているような声をもらした。
「貴女って本当に、とんでもなくおもしろいことを思いついちゃうのね」
「本当だわ、リボンで靴を足に括りつけるだなんて」
レオさまもそう言って、それから笑い出した。
「なんておもしろいの。でもそれ、すごくかわいいわ!」
え、ええっと、なんかまた、常識はずれなことしちゃいましたか、私?
いやもう、フツーにパンプスベルトを連想してリボンで括っちゃったんだけど。伸縮性のあるゴムじゃないから、単純に甲の上で結ぶだけだと歩いてるうちにズレちゃうだろうと思って、ちょっとこうひねりを入れてみただけなんですけど。
でもなんか、レオさまもメルさまもすっかり盛り上がっちゃってる。
「甲にベルトをかける形にすると、どうしても子どもっぽい感じになってしまうものだけれど、こうやってリボンをかけるのであればとっても華やかになるわね」
「ええ、甲の上にレースをあてがって、細めのリボンで押さえてもいいのではないかしら?」
「刺繍を施した当て布を、ボタンで留め付けてもいいかもしれないわね」
「これはでも、本当にとってもいい方法かもしれないわよ?」
レオさまがくすくすと笑う。「甲をしっかり押さえておくことができるのですもの、踊っているときに靴が脱げてしまうのを防げるわ」
って、やっぱり貴族のご令嬢であっても、踊ってるときに靴がスポーンと脱げちゃったりするんですか!
って、思い出した!
そうだよ、学院のダンスの授業でも、練習してるときに靴が脱げちゃったご令嬢、いたわ!
それも、制服じゃなくて夜会用のドレスにしっかり着替えてたから、結構上位の貴族家のご令嬢だったんじゃないかな? なんか周りから失笑が広がってきて、それで私もチラッとそっちを見たんだけど……両手を顔で覆って震えてるご令嬢がいて、すぐそばに靴が片方落ちてたんだよねえ。
アレはつらいわ、ホンットに本気でつらい。
いやーでも、こんなに履き込みが浅くて甲が広く開いていて、おまけにヒールの着地面積の直径が5ミリのピンヒールだもん、これで踊るって本当に難易度高いよね?
ご令嬢のみなさん、間違いなく苦労してるよね?
私はなんかちょっと勢い込んで言っちゃった。
「では、あの、今回はこういう甲を覆った意匠の靴にしても……!」
「それは……どうかしら?」
って、レオさまメルさま、首をかしげながら顔を見合わせないでくださいぃぃ。
「夜会のような正式な場でなければ、とてもいいと思うのだけれど」
「それにダンスの練習のときに、そうやってリボンで甲を覆うのはとてもいいと思うわ」
「そうよね、やはり夜会では、甲が開いた形の靴のほうがいいのではないかしら?」
「甲を覆う形の靴だと、どうしても子どもっぽいと思われてしまうわよ?」
「リーナちゃんが、ヒールの高い靴の練習のためにそうやってリボンをかけるのはいいと思うし、我が家のジオにもそうやって練習させようかと思うけれどね」
えええええ、ダメなんですかあああ?
でも、でもでも、私としちゃとにかくダンスがこれ以上拷問にならないよう、見栄も体裁も構ってなんかいられないんですー!
「ですが、子どもっぽいもなにも、わたくしまだ子どもですし……」
思わずそう私が言っちゃうと、レオさまもメルさまも目を瞬いた。
「あら、そうね。そうよね、ルーディちゃんってまだ学生だったわ」
「学生が参加できる『新年の夜会』であれば、甲を覆う靴でも大丈夫かしら?」
そうです、私はまだ子どもなんです!
いや、中身がどれだけトシ食っていようとも、現世ではまだ16歳の学生ですから! 成人していませんから!
「そうね、甲にベルトをかけてしまう形だと、かなり子どもっぽい印象になってしまうけれど……少し意匠を変えてもいいかもしれないわね」
「新たに作るのであれば、もう少し履き込みを深くしても大丈夫ではなくて?」
思案を始めたレオさまメルさまに、私は必死に言ってみる。
「甲をすべて覆う形にしてしまわなくても、ここをもう少し深くした意匠にすれば、だいぶ違うと思います」
そりゃーもう、ホンットに足の指をギリギリ覆ってるって程度の浅い履き込みだと、簡単に脱げちゃうもん。せめて甲の半ばくらいまで覆っていれば、安定感は全然違う。
そんでもって、もう一押しよ。
「それに、履き込みを少し深くすれば、そのぶん装飾を付けられる面積が広がります。レースやリボンもいいですが、わたくし靴に少々変わった刺繍を施したいと考えていまして」
と、言いながら私がちらりとツェルニック商会に視線を送ると、うん、もうツェルニック商会はがっつり身を乗り出して勢い込んでくれちゃってる。
そりゃそうよ、できれば靴にもコード刺繍をしたいもんね。
ツェルニック商会にしてみれば、間違いなくその思惑もあって自分たちで靴職人を紹介してきたんだと思うし。
「あら、少々変わった刺繍ってどんなものかしら?」
メルさまが速攻で食いついてこられました。
まあメルさま、それにレオさまはゲルトルード商会の顧問なんだから、コード刺繍のことも事前にお話ししても大丈夫だとは思うけど、そこは念のため。
「はい、わたくしが考案した、ちょっと変わった刺繍なのですけれど」
にっこりと私は答えた。「そうですね、具体的にどのような刺繍なのかについては、一度公爵さまとご相談してからお話しさせていただこうと思います」
「よりによって、今日はヴォルフが来ていないなんて」
レオさまが苦笑してる。「でもルーディちゃんが考案した刺繍だなんて、とっても楽しみだわ。もちろん『新年の夜会』でルーディちゃんが着るお衣裳にも、その刺繍を施すのでしょう?」
「はい、その予定にしております」
うなずく私の視界の端で、ツェルニック商会もうんうんとうなずきまくってる。
それに、靴職人クレアさんの目がらんらんと、いや、えっと、キラキラと輝いてたり。
ついでにエグムンドさんも眼鏡キラーンしちゃってる気がするけど……うう、気にしなーい。
そこでレオさまが、なんだか意味ありげにうふふふと笑った。
「でも、そんな変わった刺繍を施したお衣裳を着たルーディちゃんと踊るなんて……ヴォルフはさぞや楽しみにしてるでしょうね」
う、うーん、私と踊るのを楽しみにしてるって言うか……まあ、いきなり自分が当日着る衣装を渡すからコード刺繍をしてくれって言っちゃったくらいだからねえ。やっぱ、ガチのオシャレ番長さんなんですね、あの公爵さまは。
私が返事に窮していると、メルさまが言い出してくれた。
「じゃあ、その刺繍を靴に施すことを考えて、少し履き込みを深くするようにしましょう」
おお、なんかいいほうへ進み始めたと、私は思わず笑顔になっちゃったんだけど、メルさまはサクッと情け容赦なく続けてくれちゃった。
「それでも、ルーディちゃんがヒールの高さになれる練習は、すぐに始めたほうがいいわ。夜会にヒールの低い靴を履いていくわけにはいかないもの」
ソ、ソウナノデスカ……いやもう、がっくり崩れ落ちそうになりましたわ。
それでとにかく、私は足にリボンで括りつけた靴で歩いてみることにした。
私がソファから立ち上がろうとすると、さっとナリッサが支えてくれたんだけど……ダメだ、こりゃ。完全に、生まれたての小鹿状態なんだもん。
だってね、ヒールの高さ自体7センチほどある上に、ピンなのよ、ピンヒール。ヒールの着地面積が直径5ミリほどしかないのよ?
おまけに足が小さいから、7センチって高さでも、すごい急角度でかかとが上がってんの。ほぼつま先立ち状態なの!
いきなりこんな靴で、グラグラよたよたプルプルするなって言うほうが無理でしょうがー!
絵に描いたようなへっぴり腰で膝をガクガクさせちゃう私に、レオさまもメルさまもそっと目を逸らしてくれちゃってます。
そんでもって、お2人でそっと相談してくれちゃってます。
「……どうすればいいかしら?」
「いまから練習しても、年末までにはちょっと厳しそうね……」
「でも、ヴォルフだけではなく、デマールもルーディちゃんにダンスを申し込むと思うわよ。叔父であるヴォルフの被後見人なのだから」
「ああ、そうよね、王太子殿下が……それは相当、まずいお話ね」
それなー!
ホンットに、この生まれたての小鹿状態で王太子殿下と踊れだなんて、無謀を通り越した暴挙を私に要求しないで欲しい!
このサブタイトルの出オチ感よ~(;^ω^)





