212.楽しそうでよかったです
たいへんお待たせしました。
本当に久しぶりの更新です。本日4話更新いたします。
まずは1話目、みなさま見捨てないで読んでくださいねー!
ヨアンナが、本当に心から安堵した表情で答えてくれた。
「はい、簡易紋とはいえ、まさか公爵家の紋章入りの馬車で迎えにきてくださるなど……公爵家に仕えていらっしゃいます侍女頭のマルレーネさまは、レットローク伯爵家ご当主の叔母君に当たられるわけですし、ご当主もこれ以上の口出しはできないとお考えになったようでした」
簡易紋付きの馬車は通常、上級使用人であれば使用が許されている。ヨアンナはお母さま付きの侍女になることが決まっていたので、当然扱いは上級使用人だ。
「ええ、レットローク伯爵さまからは、ヨアンナたち一家が我が家に移ることを了承した旨のお手紙をいただいているわ」
お母さまがそう伝えると、ヨアンナはさらに表情を緩めた。
「そうでしたか。それは本当にありがたいことです。これで憂いなくご当家にお仕えできます」
「それにしても、簡易紋入りの馬車をご用意くださるなんて」
お母さまがホッとしたようすでそう言い、私もうなずいた。
「もしかしたら、その侍女頭をされているかたが、エクシュタイン公爵さまにお口添えをしてくださったのかもしれません」
「そうね、その可能性はあるわね」
私とお母さまはうなずき合う。
「お母さま、これはもうぜひ、その侍女頭さんにお礼をしなければ、ですね」
「ええ、ええ、公爵さまだけでなくその侍女頭さんにも」
「これはもう、プリンですわ、お母さま」
思わず力強く言っちゃった私に、お母さまも力強くうなずいてくれちゃう。
「そうね、プリンね。それにパウンドケーキと、今日の『くれーぷ』もどうかしら?」
「明日にでもマルゴと相談して、すぐに作れるおやつを確認します」
なんかもう、思いっきりうんうんと、私とお母さまでうなずき合っちゃったんだけど、ヨアンナはワケがわからなくて目をぱちくりさせていた。
「あの、『ぷりん』、でございますか……?」
「そうよ、ルーディが考案したとっても美味しいおやつなの」
お母さまの言葉に、ヨアンナがアッとばかりに目を見開いた。
「ゲルトルードお嬢さまの……あの、今夜のお食事も、ゲルトルードお嬢さまが考案された新しいお料理だと、料理人のかたが」
「ええ、今夜の『くれーぷ』も美味しかったでしょう?」
問いかけるお母さまに、ヨアンナはものすごい勢いで首を縦に振ってくれた。
「ええ、はい、あの、もう本当に美味しくて!」
胸の前に両手を組み合わせ、ヨアンナは熱心に言ってくれる。
「本当にこんな美味しいお料理を、使用人がいただいてしまっていいのかと、その、私もノランも戸惑ってしまったのですけれど、下働きのカールくんが、ご当家にお仕えするのであれば毎日美味しいお食事をお腹いっぱい食べられると教えてくれまして」
そりゃーもう、毎日の美味しいごはんとおやつは我が家の福利厚生だからね!
私も笑顔で答えちゃう。
「そうなの、我が家では使用人もみんな、毎日しっかり食べてもらうことになっているのよ」
「それも、ルーディが考えてくれるとびきり美味しいお料理ばかりよ」
お母さまもにっこにこで言ってくれて、私はさらに言い添えた。
「先ほど厨房で会ったと思うけれど、我が家の料理人のマルゴは本当に腕がいいの。それにマルゴは小さい子どもの食事についても心得てくれているわ。トマスに食べさせたいものや、逆に食べられないものがあれば、遠慮なくマルゴに相談してちょうだい」
「もったいないことでございます、本当にありがとうございます!」
なんだかもう、大感激の体でヨアンナはお礼を言ってくれた。
はー、それにしても本当によかったわ。
ヨアンナにもいろいろ事情があったようだけど、それが我が家に復帰することで上手く解決につながったようだし。
ここはもう、素直に公爵さまに感謝だわ。それに、公爵さまの侍女頭さんにも。
このさい、プリンやプリンやプリンをお礼にどっさり届けちゃいましょう。公爵さまは時を止める収納魔道具をお持ちだから、そこへ入れておいてもらえば好きなときにプリンを食べてもらえるもんね。いや、それを言ったら個数制限なしになっちゃうか……?
うーん、明日も間違いなく公爵さまは、我が家に来られるよね? そのときに相談すればいいかな? それにプリンのほかに何かリクエストがあれば、できるだけ応えるようにしたいし。
それに、公爵さまにお礼のおやつを届けるならば、レオさまメルさまにも何かお届けしなきゃだよね。今回公爵さまは特に、だけど、レオさまメルさまにも本当にお世話になってるんだし。
そうだわ、我が家で大規模な試食会やお茶会を頻繁に開催するのは難しいけど、ときどきおやつや軽食をお届けするようにしておくのって、結構いいかも。
公爵さまもレオさまもメルさまも、私が用意するお料理は安心して食べてくれてるようだし、お毒見がなくても大丈夫だよね?
いや、うーん、念のためその辺も明日確認させてもらおう。
なにしろ、お茶もおやつも、招待した家の誰かが同席していないところではお出ししちゃいけないとか、本当に面倒なんだもん。
などなど、私が考え込んでいるうちに、お母さまとヨアンナは連れだって居間から退室して行っちゃった。
お仕事は明日からでいいって言ったのに、ヨアンナはやる気満々なのか、今夜のうちにお母さまのお部屋のようすを確認させてくださいって言ってくれたの。お母さまも本当に嬉しそうで、私としてもヨアンナに帰ってきてもらって本当によかったと、しみじみ思っちゃう。
「それでは、わたくしたちも部屋へ行きましょうか」
「はい、ゲルトルードお嬢さま」
私が腰を上げると、すぐにナリッサが控えてくれる。
ヨーゼフもさっと私に挨拶してくれた。
「おやすみなさいませ、ゲルトルードお嬢さま」
「ええ、おやすみなさい、ヨーゼフ」
いやー今日も1日、いろいろあったな。子どものお茶会はよかったんだけど、その前にアレだもんね。なんかもう厄介ごとが向こうからやって来るってホントにどうなの。
思い出してしまうともう、どっちゃりと疲労感に襲われちゃうわよ。
はー、ホンットになんとか対策を立てて、変な連中にちょっかい出されないようにしないと。まさか、私がおヨメに行くことで我が家が乗っ取られてしまう危険性があるだなんて。
それでも、アデルリーナに爵位と領地を譲ってあげられるその方法もまた、私がおヨメに行くことなんだよねえ。
あーもー、ホンットにどんだけ高難度なダンジョンかっ、てな状況になってきちゃったわ。
やっぱりいろいろ考え込みながら廊下を歩いてたら、すぐに自分の部屋に着いちゃった。
ナリッサがそっと扉を開けてくれて、私もそっと室内に入る。
案の定、部屋の中ではすでにアデルリーナが眠っていた。
そしてシエラが、アデルリーナの衣装のお手入れしてくれていたんだけど、私に対しさっと姿勢を正して頭を下げてくれる。
「シエラ、今日もありがとう。リーナはよく眠っているようね」
「もったいないことです、ゲルトルードお嬢さま。アデルリーナお嬢さまはすぐお休みになられました」
私がリーナを起こさないよう小声で言うと、シエラも小声で返してくれる。
「それでは、ゲルトルードお嬢さまもお休みのお支度を」
ナリッサも小声で言ってくれて私はうなずき、お風呂に入る準備をしようと……したとき、その声が聞こえた。
「きゃああぁぁーーー!」
思わず跳び上がりそうになり、私はナリッサとシエラと3人で顔を見合わせてしまった。
悲鳴、ではなかったよね? むしろ、歓声?
ハッと気がついてベッドを確認すると、幸いなことにリーナは目を覚まさず眠っている。
「い、いまのは……?」
シエラが目を瞬いて声が聞こえた方向、つまりお母さまの部屋へ続くドアを見ている。
「ヨアンナの声よね?」
私はお母さまの部屋へ続くドアへ小走りに駆け寄り、小さくノックしてみた。
「お母さま、何かありましたか?」
すぐにドアが開いた。
「も、申し訳ございません、ゲルトルードお嬢さま!」
ヨアンナがなんだか紅潮した顔を見せ、声を潜めながらも慌てたようすで言ってくれた。
「その、コーデリア奥さまと、あの、お、お話に興じてしまいまして……!」
「そうなの、ルーディ」
お母さまも慌てたようすで、ドアのところへ来てくれた。
「ごめんなさい、驚かせてしまったわね。リーナを起こしてしまったかしら?」
「大丈夫です、眠っています」
私が答えると、お母さまはホッとしたように息を吐いた。
「よかったわ、本当にごめんなさい。ヨアンナとずっとしたかったお話を、ようやくすることができて……つい夢中になってしまったの」
なんかよくわかんないけど、お母さまとヨアンナで盛り上がっちゃったらしい。
とりあえず何か問題が起きたわけではなさそうなので、私も肩の力を抜いた。
「そうでしたか。それならよかったです」
それにしてもお母さま、ホンットにホンットーに、ヨアンナが帰ってきてくれて嬉しいのね。
うーん、いったいどんなお話で、ヨアンナが歓声を上げちゃうほど盛り上がっちゃったのかは全然わからないけど……まあ、お母さまとヨアンナで楽しくやっていけるのならいいわよね。





