22.美味しいおやつと話し合い
邸内をナリッサと手分けして確認したところ、やはり魔石は1つも見つけられず、リネン庫も空っぽだった。ナリッサは、邸内にある魔石ランプの数や厨房の焜炉の数なども全部数えてくれたようだった。
帰宅しようとすると、ナリッサはなぜか私を荷台に乗せた。そして幌の中から出ないようにと言って手綱を握り、貴族街から外れて平民街へと荷馬車を進めた。
お昼前の街は活気があってとてもにぎわっている。
ナリッサは慣れたようすで荷馬車を操り、下町の小さなお店の前で停車する。
「すぐに戻ります」
言い置いていった通り、ナリッサはすぐに戻ってきた。その手に、大きなかごを携えて。
いやもう、お店の前に停まった時点でかなりいい匂いがしてたんだけど、かごから漂ってくる匂いはもう破壊的。ナリッサから手渡されたかごの覆いをちょっとめくって覗き込むと、濃厚なバターの香りがふわーっと立ち上がる。
そこには、焼き立てほっかほかのスコーンがぎっしり詰め込まれてた。
とたんに、私のお腹がきゅるるると鳴っちゃう。
「ご帰邸次第、お茶をお淹れしますね」
超有能侍女ナリッサは私のお腹の音なんかこれっぽっちも聞いてませんよと知らん顔で、再び荷馬車を走らせ始めた。
「お帰りなさいませ、ゲルトルードお嬢さま」
相変わらずナリッサがドアノッカーをたたく前にヨーゼフが扉を開けてくれ、お母さまとアデルリーナは居間で私たちの帰りを待ってくれていた。
「お帰りなさい、ルーディ」
「お帰りなさいませ、ルーディお姉さま」
私がお母さまやアデルリーナにハグしてもらっている間に、ナリッサはヨーゼフと一緒にさくさくとお茶の準備をしてくれる。私たちがソファに腰を下ろして二言三言話している間に、すっかりお茶の準備が整ったワゴンが居間に到着した。
「お茶の時間には少々早いですが、今朝はお食事の時間も早うございましたので」
寄り道してナリッサが調達してくれたスコーンは、チーズ入りと干し葡萄入りの2種類。まだほかほかと温かく、バターのいい香りを振りまきまくっている。
「まあ、とっても美味しそうね」
「本当です、お母さま」
お母さまもアデルリーナもにこにこだ。
「ルーディ、疲れたでしょう? さあ、たくさん召し上がれ」
そう言ってお母さまは、私の前に置かれたお皿にスコーンをたくさん乗せるよう、ヨーゼフを促す。私ももう遠慮せずに、素直に返事をした。
「ありがとうございます、喜んでいただきます」
だってね、筋力強化で重くてでっかい衣装箱をたくさん運んだのよ? それだけ魔力を使ったのよ? お腹が空くのよ、とーっても!
ホント、特に身体系の固有魔力を持ってる人は、その固有魔力を使うとお腹が空きやすいとはいわれてるんだけど、私もめちゃめちゃ空く! 固有魔力を使ってないときの3倍くらい食べてもまだ足りない感じがするくらいなんだから。
今朝もカールにサンドイッチを作ってもらって、それを朝食にして出かけてたんだけど……ああもうスコーンが美味しい! 美味しすぎる! そんでもって、ナリッサってばホントにグッジョブ!
美味しいスコーンをたっぷりといただいて一息ついたところで、私は新居に必要なものについてお母さまに話した。
もちろんヨーゼフの衣裳についても話すと、お母さまも慌てたようにすぐヨーゼフの衣裳を用意しなければと言ってくれた。ヨーゼフはやっぱり辞退しようとしたけれど、お母さまは有無を言わせなかった。
「駄目ですよ、ヨーゼフ。わたくしたちが支給した一時金とは別の話です」
ヨーゼフは私たちが先日渡した一時金で、自分の衣裳を見繕うつもりだったらしい。
「言ったでしょう? 貴方がわたくしたちにしてくれたことを、わたくしは絶対にないがしろにしたくないの。それに、貴方にはクルゼライヒ伯爵家の執事としてふさわしい恰好をしてもらう必要がありますからね」
そう言われてヨーゼフが断れるわけがない。
「それではお母さま、ヨーゼフの衣裳とナリッサたちの侍女服、それにカールとハンスの衣裳もまとめてツェルニック商会に相談するということでよろしいですか?」
「ええ、そうしましょう。でも、いまから間に合わせるには既製服になってしまうと思うのだけれど……」
「十分でございます、奥さま」
ナリッサがすかさず言った。「もちろん、既製服の中でもクルゼライヒ伯爵家の品位を損なわないものをツェルニック商会には用意してもらいますので」
上位貴族になると、侍女服や従僕のお仕着せも独自デザインのオーダーメイドになるんだよね。でも、引越しまでに間に合わせようと思うと、既製服の中から選んでそれぞれの体形に合うよう調節してもらうしかない。
ヨーゼフの衣裳もオーダーメイドにしている時間はなさそうだし、とりあえず1着は既製服で我慢してもらおう。
それからさらに必要なものについて、私はお母さまに話した。
「引越し先のタウンハウスには、魔石がまったく置いてありませんでした。ですから、まず魔石の準備が必要です。それに、リネン庫も空っぽでしたのでそちらの準備も必要です」
「まあ、そうなのね。魔石がなければ夜になったとたん、困ってしまうわね」
そしてナリッサが具体的に説明してくれる。
「まず灯についてですが、魔石が使える照明器具は52個ございました。厨房の焜炉は4個口でかまどが2個、天火は2個口が2個の計4個、冷却箱も4個必要になっておりました。それからお風呂用が奥さまとお嬢さまがたそれぞれに計3個、冬に向けて暖炉用も各ご寝室と居間を合わせて4個、できれば客間用にさらに1つあればと思います。あとは、はばかり(トイレ)用の魔石が……」
「え、でもお風呂の魔石や暖炉の魔石は、貴方たちも使うでしょう?」
私は思わず口をはさんだ。「3階に執事や使用人のための部屋があるから、そちらにもお風呂や暖炉用の魔石を用意しないと。あ、でもナリッサとシエラはわたくしたちの寝室にある控室を使ってもらえばいいかも? それともやっぱり個室がいいかしら? ほかにはヨーゼフとカールと、厩部屋のハンスにも必要ね。ああ、もしかしてお風呂は厨房脇のを交代で使ってもらえばいいのかしら?」
そのほうが、わざわざ3階までお風呂の水を運び上げなくてもいいし、と私が考えていると、ナリッサもヨーゼフもなんとも言えない顔で私を見ている。
「え? だって使うでしょう? これからどんどん寒くなるのに、お風呂も暖炉もなかったら寒くて眠れないわよ?」
「ゲルトルードお嬢さま」
ナリッサがなんだか苦笑するように言う。「私たちの分は後回しで結構ですので」
「そう? でも冬までには準備しなければいけないのだから、もうまとめて準備しちゃいましょう。ねえ、お母さま?」
私がお母さまに同意を求めると、お母さまもすぐうなずいてくれる。
「ええ、そうしましょう。どのみち魔石は必要なものですしね」
そして私たちはまたもやクラウスを頼ることにした。
クラウスに連絡をして、魔石やリネン類を購入できるお店を紹介してもらうことにしたんだ。
なんだかもうすっかりクラウスは我が家の御用達だわ。ちゃんとお手当出すからがんばってね、クラウス!





