208.お帰りなさい
祝日ということで、こんな珍しい時間帯に更新です(;^ω^)
本日4話更新します。
まずは1話目、ずっと名前しか出ていなかったヨアンナがついに登場です。
「間もなくヨアンナたちが到着いたします」
厨房の扉が開き、ヨーゼフがにこやかに告げてくれた。
「馬車は玄関の車回しに入れてもらいます。カール、ハンス、荷物を運ぶ手伝いに行ってくれますか?」
「はい!」
ヨーゼフに言われて、カールとハンスが勝手口から飛び出していく。
「やっとヨアンナが我が家に帰ってきたのね」
お母さまが嬉しそうに言い、私も笑顔でマルゴに言った。
「マルゴ、ヨアンナたちは長旅で、食事はおそらく朝に食べたきりだと思うわ。小さい子どももいるそうだし、すぐに食べられるものを並べましょう」
「はい、ゲルトルードお嬢さま」
ヨアンナ一家は使用人なので、勝手口から入ってくる。
ただし、馬車がエクシュタイン公爵家の馬車なのよね。さすがに公爵家の馬車を勝手口に回してもらうわけにはいかないので、玄関前でヨアンナたちには馬車から降りてもらう必要がある。
玄関前でそのように指示をするために、ヨーゼフが厨房から出ていった。
私はマルゴと一緒に、さっきまで作っていた新メニューのお料理を並べていく。
お母さまはなんだかそわそわしながら待っている。お昼寝の後に厨房へやってきたアデルリーナも、お母さまに釣られたようにちょっとそわそわしているのが本当にかわいくてかわいくてかわいくてかわ(以下略)。
「こっちです! みなさまお待ちですよ!」
カールの声が聞こえ、すぐに勝手口にそのカールが現れた。両手に大きな鞄を下げている。
そしてカールの後ろから、金髪碧眼の女性が、緊張したようすで私たちの前に姿を現した。
「ヨアンナ!」
お母さまが呼ぶと、ヨアンナもハッとしたように応えた。
「コーデリア奥さま!」
2人は小走りに駆け寄り、勝手口を入ったところで互いに手を取り合った。
「ああ、ヨアンナ、本当によく帰ってきてくれたわね!」
「コーデリア奥さま、もったいないことでございます、また私を呼んでくださるなど……本当に奥さまにはお変わりなく……!」
「貴女も変わりないようね。元気そうで本当によかったわ」
互いにしっかりと手を取り合い、お母さまもヨアンナもなんだか涙ぐんでいる。
そしてお母さまに促されたヨアンナが、私に顔を向けた。
「ゲルトルードお嬢さま! ゲルトルードお嬢さまでございますね!」
ぱあっとその顔をほころばせてくれたヨアンナに、私も笑顔を返した。
「お帰りなさい、ヨアンナ」
「ああ、ゲルトルードお嬢さま、なんてご立派になられて……! 私を覚えてくださっているのですか?」
「貴女の顔を見て思い出したわ。あのとき、ずっと私の傍にいてくれたのが誰だったのか。本当にありがとう、ヨアンナ」
「思い出したのね、ルーディ?」
驚いたように問いかけてきたお母さまに、私はうなずく。
「はい、いまヨアンナの顔を見て思い出しました」
この明るい金髪と、なによりも晴れた秋空のような目。この青い目を、あのとき私はふわふわと意識を取り戻すたびに、最初に見た。ひたすら心配そうに、ずっと私を見つめてくれていた。
7歳だった私が、あのゲス野郎に殺されかけたとき……瀕死の重傷だった私を、つきっきりで看病してくれていたのはヨアンナだったんだ。
そしておそらく、そのせいでヨアンナは我が家に居られなくなったんだわ。
「わたくしがいまこうしていられるのは、ヨアンナのおかげよ。本当にありがとう。貴女が我が家に帰ってきてくれて本当に嬉しいわ」
「そんな、そんな、とんでもないことでございます!」
お母さまが、なぜそこまでヨアンナを呼び戻すことにこだわっていたのか。ヨアンナは私の命の恩人だったんだ。
いまでもそのときのことを思い出すだけで、お母さまはすべての感情を消してしまわなければ精神の均衡が保てないほど深い心の傷を負ってしまったんだもの。そんな状態のお母さまに、私の看病は到底できなかったと思う。
そして、当主自らが死ねばいいとばかりに鞭打った娘の看病を買って出るということが、使用人にとってどういう意味があるのか。ヨアンナは間違いなくそれを承知の上で、私の看病をしてくれたんだ。
それどころか、ヨアンナはお母さまの看病もしてくれていたんじゃないだろうか。私に付き添うだけでなく、お母さまの心にも寄り添って、それ以上傷つけられることがないよう守ってくれていたんじゃないだろうか。
ヨアンナはアデルリーナにも挨拶してくれたんだけど、さすがにリーナは本当に赤ちゃんだったからね。リーナが覚えてるわけがないんだけど、ヨアンナのほうは赤ちゃんだったアデルリーナお嬢さまがこんなに大きくなられてって、また感激してた。
しかしヨアンナ、美人だわー。
だんだん思い出してきたけど、確かにヨアンナは美人さんでした。当時は二十歳を少し過ぎたくらいの年齢だったと思うから、お母さまより2~3歳下かな。さすがにいまは子どもを持ったお母さんらしい落ち着きも感じられるけど、本当に美しく整った顔立ちに体形もすらっとしていて、すばらしく正統派の美人さんだ。
でもこれだけ美人だと……やっぱりアレなのかな……あのゲス野郎がヨアンナに目を付けて、それでお母さまがヨアンナを守るために自分の専属侍女にしたっていう……私がナリッサにしたのと同じようなことがあったのかもしれないな。なんかもう、ホンットに情けない話だけど。
などと思ってる間に、ヨアンナの家族の紹介が始まった。
「ヨアンナの夫でノラン・ポートと申します。このたびは、ご当家へお招きいただき、心より感謝しております」
大柄でがっちりした体形のノランさんは、ていねいに頭を下げて挨拶してくれる。見るからに物静かな感じで、いかにも黙々と庭作業をしていそうな雰囲気の男性だ。
そして、そのノランさんの腕に抱えられていた小さな男の子は、床に下ろされても不思議そうにきょろきょろしている。でもヨアンナに促され、ぴょこんと頭を下げた。
「トマスでしゅ! よんさいでしゅ!」
かーわーいいーーーー!
なんかもうその場の一同、なごみまくりよ。
「長旅で大変だったでしょう? お腹が空いているのではなくて? それから部屋も……」
言いながら私が目でヨーゼフを探すと、すでに厨房に戻ってきていたヨーゼフが応えてくれた。
「はい、部屋も用意してあります。ノラン、まずは荷物を置きにいきますか?」
「ありがとうございます。では荷物を部屋に運びます」
息子のトマスを下ろしたノランさんは、大きな荷物をまとめてひょいっと担ぎ上げた。うーん、男手の足りない我が家には、とってもありがたい人材になってくれそう。
そして両手に鞄を持ったカールに案内され、ノランさんは3階の使用人部屋へと向かう。その間にも、ハンスが馬車と往復して次の荷物を運びこんでくれている。
「疲れたでしょう、ヨアンナ。お仕事は明日からで十分よ。今日はもうゆっくりしてちょうだい」
お母さまがそう言って、私もヨアンナに座るよう手招きする。
「そうよ、お腹も空いてるでしょう? ここに並んでいるお料理は、貴女たちの夕食よ。あ、もちろん我が家の使用人みんなの夕食でもあるのだけれど」
「えっ、あの、このお料理は……奥さまやお嬢さまがたのお夕食では……?」
ヨアンナが目を丸くしてるその足元で、トマス坊やがくんくんと鼻を鳴らしながら背伸びして、テーブルの上にずらりと並んでいるお料理に目を輝かせている。
うふふふ、美味しそうな匂いがしてるもんねー。
私は笑顔で言った。
「今日は新しいお料理の試作をしていたの。ここに並んでいるお料理はその試作品なのよ。だから遠慮なく食べてちょうだい。わたくしたちは別に朝食室でお夕食をいただくわ。いま我が家は人手が足りなくて、晩餐室は閉じてしまっているのよね」
一応ね、私たちが一緒にいるとヨアンナたちが気を遣うだろうからってことで、私たちは朝食室で食べることにしたの。そんでもって、私たちの分はすでにワゴンに積んであるんだわ。
「では、少し早いですけれど、わたくしたちもお夕食にしましょうか」
「そうね、朝食室に行きましょう」
私が言うと、お母さまもアデルリーナを促してくれた。
ナリッサもサッとワゴンに手をかけ、ヨーゼフが厨房の扉を開けてくれる。
「じゃあマルゴ、後はよろしくね」
「かしこまりましてございます」
今日はマルゴだけでなく、モリスもロッタも残ってくれている。
そりゃあもう、新作お料理の試作会だったもんね、やっぱり試作したお料理を食べてってもらわないと。だって料理人の権利と義務だもんねー。





