207.こういうときにはやっぱりアレ
本日5話目の更新です。
結構長い時間だったと思うんだけど、子ども部屋から戻ってきたレオさまご一行はとっても楽しそうでした。
リーナもね、ジオちゃんハルトくんと一緒にご本が読めたって言って、本当に嬉しそうで。だからもう私の妹は本当にかわいくてかわいくてかわいくてかわい(以下略)。
それにやっぱり、レオさまは私抜きでお母さまと話したかったことがあったみたい。レオさまはにこにこしてたけど、お母さまはちょっと考え込んでるような雰囲気で……お母さまがいろいろと気にしちゃってることについて、レオさまが指摘してくださったのかも。
こうして子どものお茶会もお開きとなり、私たちは玄関でレオさまご一行をお見送りした。
次回の子どものお茶会は、ガルシュタット公爵家に私たちを招いてくださるそうです。なんかそれはそれで、結構ドキドキものなんだけどね。
それに、早速明日、メルさまも交えての対策会議を行ってくださることになりました。
明日はツェルニック商会が靴職人さんを連れてきてくれることになってるんだけど……たぶん公爵さまもついてくるだろうな……。
レオさまは、とりあえずリドさまとユベールくんは絶対連れてこないって断言してくれたけど、公爵さまのことは何も言ってなかったし。
そんでもって、レオさまは私の夜会用靴作りに参加する気満々のご様子でした。たぶん、メルさまも一緒に参加しちゃうんだろうなあ……靴一足作るのもなんか大ごとだわ。そんでもって、用意するおやつは何人分にすればいいだろうねー?
それでも、今日リケ先生ファビー先生から聞いたお話からすると、すぐに対策会議を開いてもらえるのは本当にありがたい。
なんかもうドグラスールだかドコがスルーだかってご令息は、完全に札付き野郎みたいだしね。しかもソイツがまた、ユベールくんのお父さまの親戚筋だっていうんだから……ホントに急いで対策を立てなければ、だよねえ。はあ……。
しかしホンットに、次から次へと問題が起きてきちゃうっていうか……いや、まあ、私があまりにもいろんなことを知らなさすぎたってことも、原因のひとつではあるんだけど。
うーん、前世の記憶や知識ってやっぱいろいろと役に立つこともあるけどね、私の場合その前世の記憶や知識に引っ張られちゃって、なんかこうナチュラルに思い違いしちゃってることもいっぱいあるらしいっていうのが……。
思わずため息をこぼしそうになり、私は慌てて息を止めた。
だって私のすぐそばに、お母さまが座ってるんだもの。
レオさまたちをお見送りしてから、私はお母さまと一緒に居間へと移り、アデルリーナはお昼寝のために寝室へ行った。そして私とお母さまは、ヨーゼフが新たに淹れてくれたお茶で一息ついているところだった。
居間のソファに腰を下ろし、私はいろいろ考えこんじゃってたんだけど、お母さまもなんだかお茶のカップを持ったまま上の空という感じで、何か考えこんじゃってる。
やっぱり、お母さまにもレオさまからいろいろチェックが入っちゃったんだろうな。
その上さらに、私が自分の『知らなさすぎる』ことに頭を抱えちゃってるってお母さまに伝わっちゃったら、お母さまはますます気に病んでしまうわ。
お母さまがいろんなことを『知らない』のも、私もまたいろんなことを『知らない』のも、まったくお母さまの責任じゃないのに。
なんか私が結婚相手を吟味してるだのなんだのって話の後、先生がたがフォローするように教えてくれたんだけど、どうやら地方貴族である男爵家は中央貴族とはいろいろ勝手が違うらしい。
お母さまも男爵家の一人娘、つまり爵位持ち娘であるはずだったんだけど、男爵位は予備爵にはできないんだって。
つまり、男爵家の爵位持ち娘が他家に嫁ぐ場合だけは、爵位の継承権も領地も持参金扱いにはできないってこと。他家へ嫁ぐのであれば、爵位も領地も置いていけ、ってことね。
実際、お母さまの実家であるマールロウ男爵家も、遠縁の男子を養子に迎えて跡継ぎにしたわけだし。
領地を持つ貴族の中で、男爵だけがその成り立ちが違うんだよね。中央貴族は、叙爵された人が領地を国から下賜されて領主になる。だけど男爵だけは基本的に、領地は自分で購入するのよ。
たいていは、その地域に地盤を持っている郷士のような人がその土地を購入するか、住民から土地の所有を委託されて領主になる。そして領地を持ったことで、国から男爵に叙爵される。
叙爵されて男爵になったことで、その領地と爵位は代々継承できるようになるんだけど、爵位の成り立ちが違うために、その継承のルールがほかの領地持ち貴族家といろいろ違うんだって。
男爵だけが地方貴族って呼ばれるのって、そういうことらしい。
ファビー先生によると、男爵家のご令嬢が中央貴族家に嫁いだ場合、実家の男爵家との違いにすごく苦労するっていうのもよく聞く話らしいわ。
だから、今日先生がたが私に教えてくれた予備爵だの領地の併合だのについて、私だけでなくお母さまも知らなかったのは、本当にしょうがないことだったのよ。お母さまは、男爵家の爵位持ち娘だったんだもの。
たぶんお母さまも、私が思い込んでいたように、私が爵位継承権と領地を継ぐためにはお婿さんを迎えるしかないと思ってたんじゃないかな。だって自分がそうだったんだもんね。
ああ、もしかしてレオさまもお母さまにその話をしてくれたのかも。私が爵位や領地を持ったまま上位貴族家に嫁ぐという選択肢もあるんだってことを。
あのドグラスールだかドコがスルーだかの話をするとなると、まず間違いなくそういう話になるもんね。なんで侯爵家の嫡男が私にちょっかいを、ってことで。
そうよね、私も先生がたから教えてもらっていろいろショックだったんだもん、お母さまもレオさまに教えてもらったのだとしたら、いまのこのお母さまの考えこみ具合も理解できるわ。
お母さま、自分が『知らなかった』ってことに、すごく傷ついてるんだろうな……。
男爵家出身のお母さまも本来なら、上位の伯爵家に嫁いだ時点でそういった中央貴族のルールについて、きちんと教わるはずだったと思うんだけど……その教育をしてくれる人ってやっぱりお姑さんだよね。だけどお母さまは、そのお姑さんであるベアトリスお祖母さまと早々に引き離されてしまって、連絡を取ることすらほとんどできない状態にされてしまった。
あの『クルゼライヒの真珠』をオークションで売っちゃったときも、売ってはいけない宝飾品であることをお母さまは知らなかった。誰にも教えてもらえなかったから。
お母さまはずっと、伯爵家の夫人として知っておかなければならないことを、誰にも教えてもらえなかった。教える必要なんかないと思われていた。
つまり、お母さまはこの家の中で、誰からも正当な伯爵家の夫人としては扱われていなかったんだ。本当に、ただただ当主のアクセサリーとしてしか、扱われていなかったってことなんだよ。
だからお母さまは、何か自分が『知らない』ことを突き付けられるたびに、自分という人間がこの家でただモノとして扱われ、どれだけないがしろにされてきたのかというその事実も、同時に突き付けられてしまう。
自分が本来知っていなければならないことなのに、何を知らないのかすらも知らないという状態であること自体、ものすごく傷つくことなのに。
自分ではどうしようもなかった、仕方のなかったことだって、お母さまも頭ではちゃんとわかってると思う。でも、そこに付きまとう屈辱感や惨めさは、どうにも拭いようがないよね……。
しかもお母さまは、自分の『知らなさ』が娘の私にも及んでしまったと思ってる。自分が不甲斐ないせいで、娘の私にいらぬ苦労をかけさせてしまっている、って。
そんなのもう、誰がどう考えても、ぜんぶあのゲス野郎が悪いんだけど、それでもやっぱりお母さまは自分を責めずにはいられないんだと思うわ。
ダメだ、私が暗い顔なんかしてちゃ、お母さまが余計に自分を責めてしまう。
ここはもうカラ元気でもなんでも、大丈夫、なんとかなるって顔をしてなきゃ。
私はすっくと立ちあがり、声を上げた。
「お母さま、厨房へ行きましょう」
ハッと私に顔を向けたお母さまが、眉を上げている。
「厨房へ、って……どうしたの、ルーディ?」
「新作お料理を思いついたのです。簡単なお料理なので、マルゴに頼めばすぐに作ってくれると思います。今日はこれからヨアンナたちも到着することになっていますし、せっかくですから歓迎の意味を込めて美味しい夕食を用意しましょう!」
こういうときは、とにかく美味しいものを食べるに限る!
と、ばかりに私が言うと、お母さまもパッと顔を明るくしてくれた。
「あらまあ、それはすてきな提案ね。今度はどんなお料理かしら?」
「間違いなく美味しいです。マルゴは、私が思いつきで言いだしたお料理であっても、必ず美味しく作ってくれますから」
「それはとっても楽しみね」
よかった、やっぱりお母さまにも美味しいものが必要なのよ。
私たちは連れ立って、いそいそと厨房へと向かっちゃう。
ホントに思いつきだけど調理自体は簡単なメニューだし、マルゴなら絶対美味しく作ってくれるはず。そうよ、美味しいごはんやおやつがあれば、たいていのことはなんとかなる。
ええ、決して現実逃避なんかじゃないわ、婚約とか婚約とか婚約とかそんな現実からの逃避じゃないのよ、決して!





