202.理解―!
本日4話目の更新です。
私はなんかもう、引きつった笑みを浮かべて言っちゃった。
「でも、あの、わたくし、爵位だけでなく領地も継承しておりますので、その、わたくしが婿を迎えるしかございませんでしょう? お相手が侯爵家でいらしても、わたくしが嫁ぐということはできませんので……その、そういうことは、先方はお考えになっておられないと思うのですが」
だって、私しかクルゼライヒ伯爵家の爵位を継げないんだよね? リーナにも爵位は譲れないんだし、私がお婿さんを迎えるしかないんでしょ?
もしお相手が子爵家とか、我が家より下位の爵位のかたであれば、ご長男であっても我が家への婿入りを考えられるかもしれないけど……侯爵家だよね? それで家督を継ぐご長男って……あり得ないよ、どう考えても私は対象外じゃないの。
なのに、私の言葉に先生お2人がそろって目を丸くした。
「えっ、あの、もしかしてルーディさんはご存じないのかしら?」
「ええと、爵位持ち娘のかたが、爵位をお持ちのまま上位の貴族家に嫁ぐのは、ごく当たり前にあることですわよ?」
は、いぃぃー?
あああああの、えっと、その、私がおヨメにいく、っていうパターンもアリなの?
その、お婿さんAとかお婿さんBとかお婿さんCとかっていう選択肢しかないんじゃなく?
それも爵位を持ったままって……どういうこと?
私はなんかもう、なんなのその驚愕の事実は! って感じなんだけど、先生がたも本気で驚いてるっぽい。
「あの、ルーディさんは……その、ご自分の爵位を維持するためには、ご自分の家に婿養子を迎えるしかないと、そのように考えていらしたのですか?」
「はい、わたくしはそのように……あの、違うのですか?」
リケ先生の問いかけに私が答えると、リケ先生とファビー先生はまたもや顔を見合わせ、それからなんだか『あー……』と言わんばかりに軽く頭を抱えてしまった。
「なるほど……そういうことだったのですね……」
ミョーに納得したように、先生がたがうなずきあってます。
ただ、そのお2人が私を見る目が、さっきまでとは完全に違って、残念な子を見る目になってるんですけど?
いったいなんなの、ってもう思わず訊いちゃうよね?
「あの、そういうこととは、どういう……?」
「これは、たいへん失礼いたしました」
げふんげふん、じゃないけど、先生お2人が態勢を立て直した。
「ルーディさんは、その、勘違いをなさっていたのですね。もちろん、爵位の継承権をお持ちのご令嬢の場合、婿養子を迎えられることもよくありますが、いっぽうでご自分がお持ちの爵位より上位の貴族家へ嫁がれることも、決してめずらしくありません」
「そうなのですか?」
「はい。ご令嬢がお持ちの爵位より上位の貴族家へ嫁がれた場合、お持ちの爵位は婚家にて予備爵として保持されますので」
予備爵?
あれ、予備爵って……もしかしてリドさまの話? リドさまはガルシュタット公爵家の嫡男だけど、予備爵である伯爵位を継いでいる状態だって、そういう説明だったよね?
私の思ったことは正解だったらしい。先生がたが説明を続けてくれた。
「予備爵というのは……そうですね、ルーディさんもご存じのヴェントリー伯爵さまが、現在予備爵を継承しておられますね」
「ヴェントリー伯爵さまのご生母は、先代ヴェントリー伯爵家の爵位持ち娘でいらしたのです。そのかたがガルシュタット公爵家へ嫁がれたことで、ヴェントリー領は公爵家の所領となり、伯爵位は公爵家の予備爵として保持されていたわけです」
え、ええっと、それってつまり……?
「あの、では、もしわたくしが伯爵位より上位の貴族家に嫁いだ場合、わたくしが持っている伯爵位をそのまま嫁ぎ先の貴族家で寝かせておける? ということでしょうか?」
「ええ、まさにその通りですね。伯爵位を一時休眠状態にしておける、という感じですわ」
そういう理解であってるらしい。
「ヴェントリー伯爵であるリドフリートさまの場合もそうですわね。母君が嫁ぎ先であるガルシュタット公爵家に持ってこられた伯爵位は、そこでいったん休眠となったわけです。それを、ご令息であるリドフリートさまが成人後に継承され、爵位の継承と同時に領地も再びヴェントリー領として分割されたということです」
うーん、なるほど。で、私はさらに訊いてみた。
「では領地も、いったん嫁ぎ先の貴族家の領地となるけれど、休眠させておいた伯爵位を子や孫に継承させるときに再び分割して独立させることができる、ということでしょうか?」
「はい、おっしゃる通りです。一応、国の承認は必要ですが、却下されることはまずありません」
「むしろ、予備爵を使って領地を分割することを目的に、養子を迎えられることもめずらしくないですね」
「えっ、あの、その爵位継承権を持ってきた女性の子どもや孫でなくても予備爵は使える、ということですか?」
「そうなのです。いったん予備爵としてその貴族家に保持された以上、その貴族家の当主が継承権を誰に渡すか決めることができるようになります」
ちょっとびっくりして問いかけた私にリケ先生がうなずいて答え、ファビー先生がさらに説明してくれる。
「通常の爵位であれば基本的に嫡男、嫡男がいなければ長女が継承しますので、それ以外のかたに継承させるには廃嫡という手続きが必要になるのですけれどね。でも予備爵の場合はその必要がなく、その家に所属しているかたであれば誰でも、当主の指名によって継承できるのです」
「ご結婚で予備爵を得られたとたん、当主がご自分の弟君に継承させて領地を分け与える、というような場合もございますね」
ええええ、ナニソレ、いや確かに通常の爵位だって、継承できる子どもがいない場合は養子を迎えるとか、よくある話だとはいうけど。でも、いきなり自分の弟に継承させちゃえるとか、ちょっとそれってどうなの?
だってそれって、いわゆる爵位持ち娘が持ってる爵位継承権を、結婚したとたん配偶者が好き勝手にできてしまうってことじゃない?
領地や財産だって、結婚したとたん配偶者のモノにされちゃうっていうのに……つまり、爵位も領地もすべて『持参金』扱いだってこと?
私は、自分が受け継いだ爵位と領地は『家』に付いてるんだと思ってた。
だって、女性の私は伯爵位を継承したといっても伯爵を名乗る権利はない。それでいて結婚しなきゃ爵位そのものを失って、結婚したらしたで配偶者に爵位を名乗る権利どころか領地の所有権まで移されちゃう。どう考えても、私は名目上継承しているだけの単なる中継ぎ要員でしょ。
だから、私がほかの家に嫁いじゃったら、つまり自分の家から出てしまったら、もう爵位の継承権も領地の所有権も失うんだとばかり思ってたけど、そうじゃなかったんだ。
爵位も領地もあくまで私個人、つまり爵位持ち娘に与えられたもの、という認識なのね?
でも、じゃあ、もし私が結婚しないで、爵位の継承権は失っても領地の所有権は持ってるってことになったら……いや、爵位のない人が領地を所有することはできないんじゃないかな。そうでないと、地方貴族の必要性がなくなるもの。
お母さまの実家のマールロウ男爵家だって、もともとはその地方の郷士のような存在だった人が実際に土地の所有権を得たことで、男爵に叙爵されたんだよね?
そんでもって当然、爵位を名乗ることは男性にしか認められず、女性が爵位に関して保有できるのはあくまで継承権だけ。私が伯爵位を失って、でも領地は持ってるから男爵に叙爵される、っていうことはあり得ないわけだ。
と、いうことはやっぱり、私が結婚せずに爵位の継承権を手放してしまったら、結果的に領地を所有することも認められなくなるってことじゃない?
これはもう、私が受け継いだ爵位の継承権も領地の所有権も、期限付きの単なる一時預かり状態で、私はナニがどうあっても結婚して自分以外の誰かにそれを渡す以外、何もできないっていうクソシステムになってるってことだわ。
そう理解して、サーッと私の血の気が退いた。
だって、つまり、そのドグラスールだかドコがスルーだかってDV確実野郎が、私で手を打ってやってもいいかって……要するに私をゲットすれば、伯爵位もクルゼライヒ領ももれなくついてきまーすっていう状態だから、ってことだよね?
しかも、私にくっついてる爵位の継承権も領地の所有権も、結婚しただけでぜんぶ自分の思い通りにできちゃう。妻の領地も財産もすべて夫のものにされちゃうし、爵位の継承権すらいったん予備爵にすれば夫にとって都合のいい誰かに継承させてしまえるわけでしょ?
それってつまり、クルゼライヒ伯爵家をまるごと乗っ取ることができる、ってことじゃない?
ああああああ、なんかいろいろ理解が追いついてきた。追いついてきちゃった。
あのあり得ないカン違いクズ野郎の棒出る菜っ葉が、自分は慈悲深いから私を妻に迎えてやろうとか抜かしてやがったの、そういうことだったんだ。
だって、こんな発育不全のツルペタ体型地味顔娘の私でも、伯爵位とクルゼライヒ領がまるごと持参金としてついてくる、そのまま乗っ取ってしまえるっていうのなら、上位貴族家の中には強引に手を出してくるヤツがいるかもしれないって……その可能性があるから、私が成人する2年後に即結婚してやるってほざいてたんだ。
そんでもって実際に、私の『持参金』目当てに侯爵家DV確実野郎が乗り出してきちゃった、と……そういうことなのかー!
私の顔色が変わっちゃったことで、先生がたも私の理解が追いついたことがわかったらしい。
「そういうことなのですわ、ルーディさん」
「その、ブーンスゲルヒ領はこのところ、経営があまりよろしくないというような噂も聞こえておりますので……そういったことも含めて目をつけられてしまったのではないかと」
最悪だよーーーー!
なんで私、そういうクズやゲスにばっかりロックオンされちゃうのよー?
いや、なんか、お母さまが罠に嵌められて再婚なんかさせられちゃったらクルゼライヒ領を乗っ取られちゃうからって、だからお母さまが危険な状態にあるっていうのは私も理解してたけど……もしかして私自身も結構、いやかなり、危険な状態なわけ?
昨日の試食会でメルさまが、私が自分の立場をわかってないって言ってたの、こういうことだったのね? 私って実は、鴨葱状態だったのね? そういう持参金と乗っ取り目当ての連中にしてみれば、私はまさに葱を背負ってのほほんと歩き回ってる鴨だったと?
我が家に婿入りを画策するような下位貴族家のご令息であれば、何か言ってきても伯爵位を持ってる私は自分で断れる。
それに家督が継げないご次男以下でも、伯爵より上位の貴族家から降爵してまで婿入りしたいという人なんていないでしょ。せいぜい同格の伯爵家、それであれば、公爵さまの名前を出せばまず間違いなくすぐ退いてくれるはず。
私はそう思ってた。
でも、上位貴族家で家督を継ぐ立場の嫡男が、一家をあげて我が家の爵位領地財産の乗っ取りを狙ってくるケースもある、ってことだったんだ。
そりゃあもう、そんなこと狙ってるヤツの手の内に、葱背負った鴨がほいほいと入ってっちゃったら……つまり招待されたお茶会にワケもわからないまま参加しちゃったら、どんなえげつない手を使われて食い物にされるかわかったもんじゃないよね?
だから公爵さまは当面お茶会の招待は全部断れだとか護衛を早急になんとかしろだとか……それにユベールくんが学院内で盾になってくれるだとか言ってたのも……あああああああ、なんかいろいろと理解が、理解がーーーー!
ルーディちゃん、なんかいろいろ大変なことに(;^ω^)
業務連絡になりますが、お手紙をくださった読者さま、遅くなりましたが今週中にはお返事ハガキがお手元に届くと思います。お手紙、本当にありがとうございますヽ( ´ ∇ ` )ノ





