201.不穏な雲行き?
本日3話目の更新です。
リケ先生が取りなしてくれたけど、それでもやっぱりちょっと遠い目の私に、今度はファビー先生が少しばかり声を潜めて言い出した。
「でも、これだけ話題になっていますので、その、国王陛下のご評価を含め、ルーディさんにはもう少し情報があったほうがよろしいのではございませんか?」
なんかそんな真剣に言われちゃうと、こっちもビビっちゃうよとばかりに、私も思わずちょっと声を潜めて訊き返してしまう。
「あの、それほど……その、ゲルトルード商会のことが、話題になっているのですか?」
ファビー先生はリケ先生と顔を見合わせてからうなずいてくれた。
「それはもう。未成年の貴族女性が頭取を務めておられる商会というだけでも十分話題になりますが、その商会にはエクシュタイン公爵家がついておられるわけですから」
「最初はやはり、ルーディさんは話題作りのためのお飾り頭取という見方をされるかたが多かったのですけれど」
リケ先生もうなずいて言ってくれる。「先ほどの王家のみなさまのお話もそうですが、ルーディさんが実際にとても美味しいお料理を提供されているということが知れ渡るにつれ、これはどうやらエクシュタイン公爵閣下も本気で後援されているらしいということになって」
「しかも、その未成年の貴族女性頭取が、とても豊かな領地と伯爵位の継承権をお持ちであるわけですからね。どうしても注目を集めてしまいますわ」
えー、なんなのソレ?
実態はひたすら食い気に走る残念な公爵さまと、自分の家族を養うためにイロイロ必死なただの小娘なんですけど。
それに、確かに領地と爵位もあるけど、どっちかっていうと本人はソレが重すぎて困ってるっていう状況だし。
だけど、ファビー先生はさらに声を潜めて言った。
「実際に先ほども、その、ご予定にはなかったご来客だったわけでしょう? わたくしたちが到着したとき、すでに紋章付きの馬車が車寄せに停まっておりましたから……」
それなー。
いやホンットに、なんか変に話題になっちゃったことで、ああいうカン違いした困ったさんが我が家まで来ちゃったりするっていうのは、迷惑以外のナニモノでもないです。
「やはり、先ほどはそういうことでしたの?」
リケ先生もちょっと声を潜めて訊いてきた。
そうだよね、リケ先生はリーナと一緒に客間にいて、その後もあのワケわかんないお使いのことは何も話していなかったから。
「はい、あの、お茶会のご招待だったのですが……お断りしても、なかなかお引き取りいただけませんで」
私が苦笑しながら答えると、ファビー先生がなんだかこわばった声で訊いてきた。
「あの馬車の紋章は、ブーンスゲルヒ侯爵家のものでしたから……ご令息ドグラスールさまのお名前でのご招待だったのではありませんか?」
ファビー先生、馬車の紋章見ただけでわかっちゃうの?
ちょっと本気で目を丸くしちゃった私に、ファビー先生は困ったように笑う。
「我が家は代々紋章官ですもの。わたくしも幼い頃からずっと、貴族名鑑が愛読書になってしまっておりますので」
ファビー先生のゲゼルゴッド宮廷伯家って、そうなんだ?
やっぱり目を見張っちゃう私に、リケ先生がさらに説明してくれた。
「ファビーは本当に詳しいのですよ。すべての貴族家の紋章を覚えておりますし、貴族間の縁戚や姻戚の関係もすべて把握していると思います」
「そこまでではなくてよ」
なんかファビー先生が小声で抗議してるけど、いやめっちゃすごくない?
ファビー先生本人は謙遜してるのか、やっぱりちょっと困ったように言うんだけど。
「そもそも、ブーンスゲルヒ侯爵家のドグラスールさまは、わたくしたちの一学年上でしたから。同じ時期に学院に通っていた貴族同士であれば、記憶にも残りやすいですわ」
ってことは、そのドグラスールだかドコがスルーだかさんのことを、ファビー先生だけでなくリケ先生も直接知ってるわけね?
どうやら今回も、このお2人から貴重な情報、ご意見、ご感想がいだだけそうです。
だから、私は思い切って訊いてみた。
「あの、ブーンスゲルヒ侯爵家のご令息ドグラスールさまというのは、その、どのようなおかたなのでしょうか? わたくし、お名前も存じ上げておりませんでしたので……」
ファビー先生とリケ先生が、顔を見合わせてる。
これはどうも、言い出しにくい感じの人ってことだよね。もう一押ししてみよう。
「先ほどの客はドグラスールさまの近侍と名乗られたのですが、わたくしがご招待状をお受けしないと、自分が主さまから叱責されてしまうと言われて……それでどうにもお引き取りくださらなくて困ったのです」
「それは……近侍には可哀想なことですけれど……」
リケ先生がため息交じりにそう言うと、ファビー先生もため息をついて言ってくれた。
「その近侍は間違いなく、ドグラスールさまに鞭で打たれるでしょうね」
やっぱりソレ系のヤツですか。
私は正直に顔をしかめちゃったんだけど、先生がたは口火を切った状態になった。
「学院内でも、ご自分の侍従をしょっちゅう鞭で打っていたようなかたですので」
「それに爵位をお持ちでない先生に対してまで、鞭で脅して単位を取ろうとしたと、これはあくまで噂ではあるのですが」
うっわー、もう絶対お近づきになりたくないタイプだわ。なんかもう、私は自分の顔がどんどん引きつってっちゃうのがわかる。
先生がたも思うところがあったようで、声を潜めながらもさらに教えてくれた。
「実はドグラスールさまは学院時代に一度、婚約解消を経験されているのです」
「その婚約者というのが、わたくしたちと同学年のご令嬢だったのですけれど、そのかたが本当におかわいそうで」
「なにしろそういう、あまりよろしくない素行の噂が絶えないかたがお相手ですから、婚約者に選ばれたご令嬢がすっかり怯えてしまわれましたの」
「本当に、大人しくて控えめなご令嬢でいらっしゃいましたし」
「それでもご両家での取り決めですから、なんとか頑張って婚約を続けておられたのですけれど」
「ご令嬢はとうとうドグラスールさまの姿を目にするだけで、気を失ってしまわれるほどになってしまわれたのですよ」
それって……まさか、婚約者のご令嬢本人に直接鞭をふるったなんてことはないだろうけど……それでも、しょっちゅう目の前で誰かに怒号を浴びせかけたり鞭をふるったりするようすを見せられてた可能性が高そう。
自分に直接悪意を向けられているのではなくても、その場にいるだけで人を怯えさせ委縮させるには十分な行為をしてたってことよね。
どうしてもあのゲス野郎を連想せずにはいられず、背筋がぞわっとしちゃった私に、先生がたは言った。
「さすがに、そこまでになってしまうとこれはもう無理だと、幸いなことにご令嬢の父君が諦めてくださったのです」
「ブーンスゲルヒ侯爵家にはかなりの額の賠償金が支払われたという噂ですけれど、それでもなんとか婚約を解消できたのですよ」
「あのときは、周りのわたくしたちもみな、ホッとしましたわ」
「彼女、解消できたことを泣いて喜んでいましたものね……」
なんかもう、そんなDV確実野郎と婚約解消できたなんて聞くと、全然関係ない私でもホッとしちゃうわ。
うーん、でもそのDV確実野郎が、メルさまの離婚相手っていうかユベールくんのお父さまの親戚筋なんだよね?
これは本気で頭が痛い話だわ。メルさまとしても、そんなDV確実野郎が私にちょっかいかけてくるなんてどう考えても本意じゃないだろうし……なにより、そんないかにも教育上よろしくないヤツをユベールくんに近づけたくないって思ってるだろうし。
「でも、こうなると……ルーディさん、本当に気をつけてくださいませ」
リケ先生が、ものすごく真剣な顔で言ってきた。
「こういう言い方はよくないとわかっていますが……それでも、これはどうにも厄介な相手に目をつけられてしまったと、お考えになったほうがいいです」
「わたくしもそう思いますわ」
ファビー先生も深刻な顔で言う。「ドグラスールさまはその婚約解消以降、二度も婚約自体をお断りされておられますの。ですから、表向きはどうあれ内心は焦っておられると思いますのよ。ご長男で家督を継がれるお立場で、しかもとっくに成人されておりますのに、いまだにご婚約すらされていないという状況なのですから」
なんだか、先生がたの声がどんどん沈んでいく。
「そうね、でももう、同格の侯爵家のご令嬢は、どなたもドグラスールさまをお相手にはされないでしょうし」
「かといって、その、気位の高いかたですから、家格が下の貴族家から妻を迎えるようなことはしないとおっしゃっていたようなのですけれど……」
えっ、あの、なんだか先生お2人が私を見る目に、哀れみが浮かんでる気がするんですけど?
ものすごーくイヤーな予感が過っちゃった私に、お2人がすっかり沈みきった声で言った。
「伯爵家とはいえ爵位持ち娘で、しかもこれだけ話題になっているご令嬢となると……その、率直に申し上げて、あのかたの虚栄心を満たすに十分な条件がそろってしまったのでは、と」
「そうですわね、おそらく、ここで手を打ってやってもいいか、といった感覚でいらっしゃるのではないかと思えてしまいますわ……」
いや、あの、ここで手を打ってやってもいいか、って?
ええと、まあ、そういうDV確実野郎の場合、そういう超上から目線な発想をするだろうってことは容易に想像できるけど、その手を打ってやるっていう相手が私?
いやいや、それはないでしょー?
だってそもそも私は、おヨメになんていけない、お婿さんをもらうしかない身なんだから!





