196.トラブルが勝手にやってくる
本日2話目の更新です。
玄関ホールに出ると、ヨーゼフがその『お使い』さんに対応している姿が見えた。
私は一回息を吸って吐き、そして落ち着いた足取りで玄関へと向かう。
「何ごとですか?」
にこやかに、でもはっきりととがめるように、私は声をかけた。
さっとヨーゼフが身を引いて私に頭を下げる。
「お騒がせして申し訳ございません、ゲルトルードお嬢さま。こちらのかたが、お引き取りくださいませんで」
「は?」
その『お使い』の男性は、ちょっと間の抜けた声をあげて私を見た。
従僕のお仕着せを着ているわけじゃない。でも、見た目はちょっと地味だけど高級そうな衣装を着た男性が単独で訪問してくるっていうことは、どこかの貴族家の主か令息に仕えてる近侍ってとこかな? うん、年齢も20代半ばくらいで若いし、たぶん高位貴族家の令息に仕えてる近侍だと思うわ。
と、私が相手を値踏みしてるのと同様に、相手も私のことを値踏みしてたんだけど。
「えっ、あの、ゲルトルードお嬢さま?」
はいはい、そんなに呆気にとられた顔をしてくれなくてもいいでしょ。それに、そんな顔で私の上から下までご丁寧に視線を走らせてくれちゃうなんて、さすがに失礼じゃなくて?
たいへん残念ながら、このちんまりと貧相な小娘がこの名門伯爵家のご令嬢なのよ。
「ええ、わたくしが、当クルゼライヒ伯爵家の長女ゲルトルードです」
私はにこやか~に答えてあげちゃう。
そんでもって、さらににこやかに問いかけてあげちゃうんだ。
「それで、当家に何か御用ですか?」
でも、その『お使い』さんの視線が、パッと私を飛び越えた。そしてその目だけじゃなく、口まであんぐりと開いちゃった。
「何ごとかしら?」
その声に、私は思わず奥歯を噛みしめそうになりながらも、にこやかに振り向いて応える。
「わたくしもさっぱりわからないのです、お母さま」
お母さま、無理しないで!
コイツがまた暴力をふるうようなクズだったら、お母さまにどれだけストレスがかかってしまうか……そう思うと、私としては気が気でなくなっちゃう。
でもお母さまは、すっと私の横に立つと、涼やかな笑顔でその『お使い』さんに問いかけた。
「当クルゼライヒ伯爵家にどのような御用でしょう」
「あっ、いえ、あの、これはたいへん失礼をいたしました!」
と、夢から覚めたように、その『お使い』さんが礼をする。
そりゃあね、初めてお母さまの美貌を目にした態度としては正しいけどね。でも、お母さまと私を見比べるように視線を動かしながら話を続けるってどうなのよ。
「私は、ブーンスゲルヒ侯爵家ご令息ドグラスール・ヘプスバウトさまにお仕えしております近侍にございます。本日はブーンスゲルヒ侯爵家主催のお茶会にゲルトルードお嬢さまをお招きいたしたく、ご招待状をお届けに上がりました」
なんて愛想よく笑顔を浮かべて言ってくれて、ってその笑顔がどうにも薄ら笑いにしか見えないのは、私がすでに偏見を持っちゃってるせい?
私は、ものすごくわかりやすい作り笑いで答えてあげちゃう。
「それはわざわざご丁寧に――」
「では、こちらの招待状を」
私の返答を最後まで聞かずに招待状を押し付けようとする、その『お使い』さんの態度に、私の作り笑いがますます作りものになっちゃう。
「執事がすでにお断りしたと存じますが」
相手が差し出す招待状を一瞥もせず、私もぶった切っちゃうからね。
「わたくし、当面の間すべてのお茶会へのご招待をお断りするよう、後見人のエクシュタイン公爵さまより申し付かっておりますので」
「いや、しかし、ブーンスゲルヒ侯爵家からの――」
「お引き取りくださいませ」
まだ食い下がってくる『お使い』さんに、私はもう口の端だけ上げてはっきりとぶった切ったんだけどね。
でも引かないんだ、この『お使い』近侍は。
「ブーンスゲルヒ侯爵家のドグラスールさまと言えば、どこの貴族家のご令嬢でもそのお茶会の招待状を心待ちにしていると言われているほどのご令息でございますよ? そのドグラスールさまがわざわざ――」
「お引き取りくださいませ」
ドグラスールだかドコがスルーだか知らないけど、こっちは心待ちになんかしてないっつーの。
だからもう、私は思いっきり念押しするよう繰り返した。
「お引き取りくださいませ」
おっと、『お使い』さんの顔色が変わってきちゃったわ。
と思ったとたん、ヨーゼフが身構え、私の後ろにぴったり貼りついてるナリッサも身構えたのがわかる。
ここはやっぱり、公爵さまの威を借りまくらなければ。
「先ほども申し上げました通り、ご招待をお断りしますのは、わたくしの後見人であるエクシュタイン公爵さまからのご指示によるものです。ご理解いただけないのであれば、直接エクシュタイン公爵家にお問い合わせくださいませ」
「いや、しかし、それでは私が……」
しつこいっつーの!
なんなのよ、もう。公爵さまからNGが出てるって言っても引かないって、どういうこと?
もう作り笑いもできなくなっちゃってる私の前で、その『お使い』さんは視線を泳がせ、それでも言い募ってきた。
「それでは私が主に叱責されてしまいます。なんとかこの招待状を受け取っていただけないでしょうか?」
泣き落としですか?
そりゃあね、この人の主であるドグラスールだかドコがスルーだかってご令息が、鞭をふるうようなクズだったら可哀想だとは思うけど。
思うけど、私にはどうすることもできないんだもん。
そうしたら、私が答える前にお母さまが言ってくれた。
「そのようなことは、当家とは関係ありませんわ」
お母さまの声が、ものすっごく冷ややかだ。
「先ほどから娘がお伝えしている通り、当面お茶会のご招待はすべてお断りするようにと、後見人のエクシュタイン公爵さまから申し付かっておりますの。例外はありません」
「いや、しかし……」
それでもまだ引かない『お使い』さんに、私は頭を抱えたくなった。
ホンットに、これ以上ナニをどう言えばいいの?
我が家の玄関先で事を荒立てるのはまずい。我が家にはいま、女こどもと年寄りしかいないからね。いざとなれば、私が【筋力強化】で叩き出すこともできるけど……うーん、これはもう公爵さまの言う通り、思いっきり厳つい護衛を常駐させないとダメなのかも。
てか、全然役に立ってないじゃん、防御の魔法陣なんて!
なんかもう、どうしたもんかと私とお母さまが顔を見合わせそうになったとき、その『お使いさん』の後ろから、ピシッと厳しい声が響いた。
「そこの者は、いったい何をしているのかしら?」
いつの間に到着したのかガルシュタット公爵家の馬車から、真っ赤なドレス姿のレオさまが堂々と下りてきた。
侍従さんを従えたレオさまは、カツカツと靴音を鳴らして玄関までやってくると、すっとあごをしゃくって『お使い』さんを見下すように言った。
「我がガルシュタット公爵家の訪問より優先されるような用件が、其方にはあるのかしら?」
「は、いえ、あの……!」
一気に『お使い』さんの挙動が怪しくなる。
「あの、私は、その」
なんとか言い逃れようとする『お使い』さんに、ヨーゼフがさくっと追い打ちをかけた。
「こちらのかたには、先ほどから繰り返しお引き取りをお願いしております」
「あら、そう?」
迫力満点美女のレオさまが、これまたものすっごく冷たい声で言った。
「それで、どうしてまだ玄関前にのさばり、我が公爵家の訪問をはばもうとしているのかしら?」
「も、申し訳ございません!」
さすがに、現役公爵家夫人の圧には『お使い』さんも耐えられなかったみたい。青ざめた顔で身をすくめ、逃げるように『お使い』さんは去っていった。





