193.わかってて言ってたんかい!
本日3話目の更新です。
「なるほど……そういうことか」
公爵さまが、深々と息を吐きだした。「きみは、自身が注目や賞賛を浴びることより、家族のほうが大切なのだな」
「当然です」
私は思わず強く言ってしまった。
「公爵さまは我が家の事情を本当によくご理解くださっていますから、わたくしがいまこうして生きているのは母のおかげだと、そして妹のおかげだと、おわかりでございましょう? わたくしはただもう、家族と平穏に慎ましく暮らしていくことだけを望んでいるのです」
眉間にシワを寄せたまま、公爵さまはその不思議な藍色の目で私をじっと見ている。
そして、公爵さまはぽつりと言った。
「その気持ちは、理解できる」
ホッと、思わず私は息を吐いた。
けれど公爵さまはすぐに、硬い声で言った。
「だが、きみはもう、それが許される立場ではない」
うっ、と……私は息を詰めてしまう。
公爵さまは硬い声で、同時に淡々と、言葉を続けた。
「きみは名門伯爵家の爵位継承者であり、実質的に領主でもある。そこにどのような責任があり、きみ自身が何を背負わなければならないのか……聡明なきみならば、すでにわかっているはずだ」
ううう、返す言葉もございません。
いや、聡明とかそういうの関係なく、領主の座も放棄できるものなら放棄したいのよ。どう考えても私には荷が重すぎる。なのに、ホンットにそれが許されない立場に……あー、うー、それでもやっぱり、王太子殿下と残念ダンスを踊るのは無理なのよー。
なんかもう涙目になっちゃってる私に、公爵さまはまたひとつ息を吐いた。
「むしろ、その背負わなければならないものがよくわかっているからこそ、きみは王太子殿下と踊ることを避けたがっているのだろうとは思うが……」
そう言って、公爵さまはちょっと遠い目をした。
「なにしろ、デマールにはまだ婚約者がおらぬのだからな」
それなー!
御年十七になられるヴォルデマール王太子殿下は、絶賛婚約者募集中なのよ!
なんでも、幼い頃に隣国の公女さまと婚約していたものの、数年前に破談になっちゃったらしくて。
いや、幼くして婚約した場合、魔力が発現した後にその婚約が解消されること自体は、珍しいことではないらしいの。ただ問題は、それからずっと王太子殿下の婚約者っていう席が空いたままだってこと。
そういう話は、交友関係ゼロの私であっても、学院の教室に座っていればイヤでも耳に入ってきちゃうからね。
だいたい、いま中央学院の生徒数が多いのは、王太子殿下とご縁を得たいっていう各貴族家の思惑そのまんまだっていうし。
ぶっちゃけ、陛下の御子と縁づきたいってんで、王妃殿下がご懐妊されたとたん各貴族家が身も蓋もなく子どもを作りまくったってことなのよ。陛下の御子が男子でも女子でも、同じ年ごろの子どもがいれば学友として取り入りやすいから。
で、生まれた御子が男子、つまり王太子だったので、翌年以降上位貴族家の間ではとにかく娘を作れ状態だったらしい。あわよくばその娘を王太子妃に、ひいては王妃に、ってことだよね。
実際、王太子殿下の一学年下になる私の学年は、やたら侯爵家のご令嬢が多いらしい。
最高位の四公家は、その次期王太子殿下と同じ年ごろの子どもができる条件がそろってなかったらしくて、おかげでいま侯爵家はどこも子だくさん状態だっていうんだから。
なんかそれを思うと、さくっと入学前に王太子側近の座を射止めちゃったユベールくん、っていうかメルさまスゲー、ってしみじみ思うんだけどねえ。
私としては、そのスゲー侯爵さまであるユベールくんと踊るのさえ腰が引けるのに、よりによってご本尊である王太子殿下と踊れ、だなんて……ホントにホンットに勘弁してほしい。
そう思ってるのに。
私がそう思ってるのに、公爵さまは眉間のシワを深くしてぼそりと言うんだ。
「叔父である私が後見している令嬢であれば、デマールが最初に踊っても問題はないだろうと考えていたのだが……」
ちょ、ちょまっ、ちょっと待って、最初に踊っても? 最初に踊っても、っていま言ったよね?
もしかして、公爵さまってば私を、王太子殿下が踊る『最初のお相手』にするつもりだったの?
正気? 正気で言ってる?
どう考えても問題しかないでしょーがああああ!
私はもう憤然と言ってしまった。
「王太子殿下は、これまで2回の『新入生歓迎舞踏会』でも、それに昨年の『新年の夜会』でも、どなたとも踊られていないとうかがっておりますが?」
だからね、いままで一度も公の場で踊っていない王太子殿下が最初に手を取るその相手が、婚約者候補の筆頭だって誰もが考えてるのよ。
それくらいの話は、私の耳にだって入ってるの。てか、この交友関係ゼロの私の耳にだって入ってきちゃうほど知れ渡った話なのよ。
いくら私が地味顔ツルペタ体型の貧相なご令嬢だからって、それでも一応ご令嬢なのよ? 名門といわれてる伯爵家のご令嬢なんだから、こっちにもあっちにもまったくその気がないって思いっきり言い張ってみても、変に勘ぐってくる人が絶対いるに決まってるじゃない!
そりゃ確かに、私は自分の領地と爵位を維持するためにお婿さんを迎えなきゃいけない身なんだから、そういう意味でも安全パイだと公爵さまは判断してたのかもしれないけどさあ。
それで安全パイな私を踏み台にすれば、王太子殿下がほかのご令嬢と踊るハードルが下がると?
いやもう、ホンットに勘弁して!
そういう気持ち丸出しで、私は恨みがましく公爵さまを上目遣いで見上げちゃう。
さすがに公爵さまもちょっとは気がひけてるらしくて、視線を泳がせてるんだけど。
「ううむ、しかし、叔父である私の被後見人にダンスを申し込まないというのは、デマールも立場上好ましいことではないのだ」
そしてやっぱり眉間のシワを深くして公爵さまは言う。「それになにより、デマールがきみをダンスに誘わない場合、王家がきみを私の被後見人だと認めていないという印象を、周囲に与えてしまうことになる。それがきみにとって不利益になることは、きみにもわかるだろう?」
ぐぬぬぬぬ……!
わかった、わかりましたよ。
「じゃあ、せめて……せめてわたくしが、王太子殿下の『最初のお相手』にならないよう、なんとかしていただけませんか?」
「それは……ううむ」
公爵さま、唸ってばかりいないで!





