192.目立ちたくない理由
本日2話目の更新です。
商会店舗内の人口密度が一気に下がりました。
てか、ツェルニック商会一行が退出しちゃうと、室内の体感温度もちょっと下がった気がするんですけど。
なんかどこか気が抜けちゃったようになってる私に、エグムンドさんが言った。
「ゲルトルードお嬢さま、ご報告がございます」
えっ、何? と慌てて顔を向けると、エグムンドさんが書類を1枚出してきた。
「先日尊家の厨房で拝見しました、絞り袋ですか、あの品の形状意匠登録が完了しました」
おお、早っ! さすがエグムンドさん、仕事が早いよ。
私は書類を見せてもらってもよくわからないんだけど、これで絞り袋、というか絞り袋のようなものを製造販売する権利は、ゲルトルード商会が独占的に持ってるっていうことになるらしい。
エグムンドさんはさらにもう1枚、書類を出してくる。
「そしてこちらが、口金ですか、星抜き草を使っている絞り口の金具の発注書です」
こっちは、口金の形やサイズが書き込まれているので、私が見てもそれなりに理解できる。星抜き草と同じ六角形の口金にちゃんとなってる。
「何種類か素材を変えて試作してもらいますので、その中から最もお気に召したものを選んでいただければと思います」
「ええ、助かります、エグムンドさん」
笑顔でうなずいた私に、エグムンドさんはちょっと思案するように告げる。
「ただ、袋のほう……露集め草の袋ですが、あれだけの薄さで、しかも水分や油分をはじく素材というのがなかなかに難しいようです」
「それでは、当面は露集め草をそのまま使いましょう。とりあえず口金があれば、絞り出す形状そのものは安定して使えますから」
「そうおっしゃっていただけると、こちらも助かります」
それから私は、試作する六角形の口金の修正を頼んだ。だってね、切込みがこう、内側に深く入っていたほうが絞り出したときのエッジの立ち方がいいんだもん。
「ほう、このように内側に切り込むように……わかりました。発注書をそのように変更しておきます」
「お手数かけて申し訳ないですけれど、よろしくお願いしますね」
と言いつつ、さらに私は六切以外の型も試作をお願いしちゃう。
今回のモンブランには間に合わなかったけど丸口金とか、六切より多い八切口金とか、ほかにも片目口金があると変化がつけられて楽しいのよね。サイズも、丸口金は大きいのと小さいのを2種類頼んでみた。
私はそれらの口金の絵を、クラウスが渡してくれた紙にざっと描いてみせたんだけど、エグムンドさんは本当に興味深げにのぞきこんでくる。
「なるほど、こういうふうに絞り出す口の形を変えると、また違った不思議な形のクリームが作れるのですね?」
「そうなの。いろいろ試してみようと思っているのです」
口金自体は、試作ができ次第マルゴに渡しちゃえばいいと思う。それでマルゴが使ってみて、使い勝手のいいものを選んでもらえばいいと思うのよね。
それにマルゴなら、新しい口金を使っていろんなデコレーションを試してくれると思うし。
「あと、これももし可能ならお願いしたいのだけれど」
私はもうこの際だからと、四角いパウンドケーキの型を描いてみせた。
「今日みなさんに試食してもらったあのパウンドケーキは、丸い鉄鍋を使って焼いたのだけれど、切り分けるときのことを考えると四角く焼きたいの」
「ふむ、鉄鍋ですか……それよりも薄い金属がいいのですね?」
「そうです。もう少し軽くて薄くて、扱いやすい角型が欲しいのです」
うーん、ブリキがあればいいんだけど、この世界にブリキがあるかどうかわかんないし。
「わかりました、試作を発注してみましょう」
「お願いしますね、エグムンドさん」
はー、なんかもう久々の店舗訪問はテンコ盛りの内容になっちゃったわ。いろいろ、衝撃的な事実まで突き付けられちゃったしねえ。
それでも、最後に絞り袋の口金とパウンドケーキの焼き型をお願いできたのは収穫だったかも。
私はまた公爵さまの馬車に乗せてもらい、帰途についた。
毎度のことながら、私の前に座ってる公爵さまはピンと背筋を伸ばし、これっぽっちもその姿勢を崩さない。だから私も、お家に帰りつくまでが遠足よとばかりに、すっかり疲れ果ててぐんにゃりしちゃいそうな体をなんとか引っ張り上げてお行儀よく座ってる。
そんでもって、いったいどうやって王太子殿下とのダンスを回避すればいいのか、公爵さまにどう言えばいいのか、もうくたくたになってる頭でもなんとか考えてたりする。
「ゲルトルード嬢」
「はい」
その背筋がピンな公爵さまが、おもむろに問いかけてきた。
「きみは、それほどまでに王太子殿下と踊るのが嫌なのだろうか?」
えー、いや、だからそういうことじゃなくて。
私の疲労感がドッと増しちゃったんだけど、ここで変な誤解をされちゃったらものすごく困る。それに、公爵さまのほうから切り出してもらえたのは正直にありがたい。
だから慌てて答えたんだけど。
「いえ、あの、王太子殿下に対して何か含みがあるとか、そのようなことはいっさいございませんで」
「もちろんそれは、わかっている」
いやいや、わかってんなら察してよー。
そう思いつつも、私はもう正直に申告しちゃう。
「その、わたくしのダンスがどうにも見劣りしてしまいますので、王太子殿下に申し訳なく存じますし……それに、王太子殿下のような尊きご身分のかたと踊らせていただくというのは、どうにもわたくしの分に過ぎるのではございませんか。その、変に耳目を集め過ぎるのも、王太子殿下に申し訳ございませんし」
要するに、目立ちたくないんです。
伯爵家ごときの令嬢が、王太子殿下と踊るっていうだけでも注目の的になること間違いなしなのに、さらにそのダンスが残念過ぎるって……はっきりいって大惨事以外のナニモノでもないわ。
そりゃあね、できることなら公爵さまとだって踊るのは勘弁してほしい。でも、公爵さまは私の保護者って立場なんだから、まだ言い訳はたつじゃない?
でも王太子殿下は無理でしょ。いや、どう考えても無理! だって、ただ単純に踊るっていう以外の意味が、こっちの意思に関係なく勝手に籠められちゃう相手なのよ?
さすがにここまで正直に言うと、公爵さまも理解してくれたっぽい。
だから公爵さまも、率直に訊いてくれた。
「きみは、自身が注目を集めたいとは思わないのだな?」
ぶんぶんと、私は反射的に首を振ってしまう。
「注目だなんて、とんでもないことです」
「何故だ?」
いや、速攻で理由を訊かれても。
そりゃ確かに、注目されてしまうことで私が前世の記憶を持っていると周囲に知られてしまうリスクが高まるのは、どう考えてもまずいだろうと思う。でもそれより前に、その前世の記憶があるからこそ、ものすごく困ってることがあるわけで。
「公爵さまは、その、わたくしが貴族の常識にひどく疎いことはよくご存じでしょう?」
「まあ、そうだな……」
そんな、遠慮がちに肯定してもらわなくていいですよ、事実なんだから。
「多くの人から注目を集めてしまうと、わたくしが、その、常識を知らないということが、それだけ多くの人に知られてしまう可能性が高まるということではないですか?」
公爵さまの眉間のシワが深くなった。
私はさらに言った。
「わたくし自身が恥をかくことは、別にいいのです。ただ、わたくしが常識知らずであることで、わたくしの母を責める人が必ず出てくるだろうと思うと……それが、耐えられないのです」
だってね、絶対そういうこと言う人っているでしょ?
よくまあこんな常識知らずな娘に育てたものだ、母親はいったい何をしていたんだ、って。
それでなくてもお母さまは、私を子どもの社交に出してあげられなかった、家庭教師すらつけてあげられなかった、って気に病んでるのに。
加えて、アデルリーナのことだってある。
「それに、これから妹も社交を始めます。妹の最初の社交のお相手になってくださったガルシュタット公爵家は、我が家の事情をよく汲んでくださっているので本当に感謝しているのですが……ほかのかたは恐らくそうはいきません。姉のわたくしが常識知らずであることで、妹まで辱められるようなことになれば……」
リーナが、私のかわいいかわいいかわいいかわいい妹が、私のせいで恥をかくようなことになっちゃったら……それにもし、そのことで、本当にもし、リーナが……お姉さまなんて嫌い、なんて言い出すようなことに、なっちゃったりなんかしたら……!
私、ショック過ぎてその場で息絶えちゃうよ!





