20.ブリーチズとお祖母さま
ドカドカとでっかい衣装箱を運び出し続ける私のようすに慣れたのか、シエラはまた動き出した。そんでもって、なんと私にズボンを用意してくれたんだ。
そりゃあね、一応装飾の少ないデイドレスを着ているったって貴族令嬢の衣裳が力仕事にまるっきり向いてないのは、私もわかってたのよ。おまけに、私は荷物の重さはまったく問題ないんだけど、大きさが大問題なんだし。
つまり、馬鹿力になっても体のサイズが小さいままなので、でっかい箱を抱えるには腕の長さがまったく足りないの。だから担ぎ上げられるようナリッサが衣装箱に縄をかけてくれてるんだけど、それだけ大きなものを担いで階段を降りるのってやっぱ結構怖いのよね。
それでできるだけ足元が見えるようスカートの裾をまくりあげ、縄に引っかけてバランスを崩したりしないよう袖もまくったりしてたんだけど。
シエラはそんな私を見かねて、お母さまに断りを入れ衣裳部屋の奥からブリーチズ(膝丈ズボン)を引っ張り出してきた。
そして私には少し大きすぎるそのブリーチズを、私の体に合うようパパパッと手直ししてくれたんだ。
もちろん応急措置的なレベルのお直しなんだけど、いやもう十分! ゆるいウェストに何か所かタックを入れて縫い留め、ベルトじゃなくズボン吊りをどこからか探し出してきて調整してくれた。
裾も膝丈どころかクロップドパンツみたいになってたんだけど、これもバタつかないよう裾から何か所かダーツを入れて縫い留め、私の乗馬用ロングブーツの中へたくし込めるようにしてくれた。
上半身は私の乗馬服のブラウスを合わせ、さらにジレ(丈の長いベスト)をお母さまの衣裳部屋から引っ張り出してきて、私の体に合うようベルトで調整してくれる。
「このようにお召しになっていれば、お腰回りも隠せますので」
私にジレを着せてくれたシエラが、やりきった感あふれる笑顔で言ってくれた。
貴族女性がズボンを穿くというのはごく限られた場合のみで、しかも腰というかお尻の形がわかるような穿き方をするのははしたないと言われている。だから丈の長い上着でお尻を隠すようにするんだ。
「すごいわ! とっても動きやすいわ! ありがとう、シエラ!」
まじで感動である。
何枚もペティコートを重ねた上にヒラヒラフリフリのスカートという格好は、たとえ裾をまくり上げていようが足さばきが大変なのである。それがズボンになったんだから、もう楽なんてもんじゃない。
それに乗馬服のブラウスはヒラヒラフリフリのないすっきりした形だし、ジレも貴族らしく刺繍はたっぷりしてあるけど、騎馬用なのでこちらもすっきりした形にしっかりスリットも入っていて動きやすい。ベストだから肩回りが楽に動かせるのも嬉しい。
「このお姿でしたら、上に外套をお召しになるだけで、そのまま荷馬車に乗られていても大丈夫ではないでしょうか」
ナリッサも感心したように言った。
その言葉に私も手を打ってしまう。
「そうよね、あちらのタウンハウスでも荷運びは必要なのだから、この恰好で移動してしまえるなら、本当に助かるわ!」
お母さまの衣裳部屋にブリーチズや軍服があることは、こないだツェルニック商会が買取に来てくれたときに私は初めて知ったんだけど、まさかこんなふうに役立つとは思ってなかった。
お母さまもにこにこしている。
「ルーディが着て役立ててくれるのなら、ベアトリスお義母さまも喜んでくださったに違いないわ」
そう、騎馬用のブリーチズもジレも、そして前面にモールのブレードがずらっと並んだいわゆる肋骨デザインの軍服もすべて、お祖母さまが遺してくださった服なんだよね。
貴族女性が馬に乗るときは通常、横鞍という特殊な鞍を使う。足を広げて馬にまたがらなくていいように、横座り用の特殊なスカートを穿いてその鞍に座り、上半身だけ前に向けて馬を操る。
それでも、女性武官だけは背にまたがる形で乗馬するので、男性と同じくブリーチズを着用する。だから、女性用ブリーチズを持っている、イコール武官であると思って間違いない。
お祖母さまが武官だったなんて、これまたかなり意外である。
「ベアトリスお義母さまは礫弾を放てる固有魔力をお持ちだったのよ。実際に前線に出たことはないけれど、魔物討伐には何度か参加されたとうかがっているわ」
「恰好よくてすてきなお祖母さまだったのですね!」
お母さまの言葉に、アデルリーナが目をキラキラさせている。
ああもうアデルリーナは本当にかわいいかわいいかわいい(以下略)。だからお祖母さまも、アデルリーナにお会いになれないままお亡くなりになってしまったのは、さぞや残念だったに違いない。
お祖母さまは、私が3~4歳の頃まではこのタウンハウスで一緒に暮らしていたんだけど、その後、領地のカントリーハウス(領主館)に移られ、それ以降は一度もお会いできないまま5年前にお亡くなりになってしまった。
おまけにこのタウンハウス内にお祖母さまの肖像画は1枚もなく、私はだからうっすらとしかお祖母さまの記憶がないんだけど、物静かなかただったという印象なのよね。
紺色の厚手の生地に金モールのブレードがずらりと並んだ軍服を手に、お母さまは懐かしそうにしみじみと言った。
「この服は、もしルーディが武官クラスを選ぶことがあれば着せてあげてほしいと言われて、お義母さまは置いていかれたのよ」
あー……私は文官クラスを専攻するつもりだから、こんな立派な軍服を着ることはなさそうだけど……でもブリーチズはこうしてしっかり役に立ってます、お祖母さま。
お母さまはそれから私に視線を移し、目を細め静かに思い出すように言った。
「ルーディ、貴女が生まれたとき、ベアトリスお義母さまは、わたくしが自分の手で貴女を育てられるよう、あらゆる手を尽くしてくださったの」
思わず目を見張ってしまった私に、お母さまは続ける。
「お義母さまは、ご自分の手で我が子を育てられなかったことを、本当に後悔されていたわ。最初の息子を幼くして亡くされて、ようやく生まれた二番目の息子を跡継ぎだからと自分の手から取り上げられ、当主に媚びるだけの乳母や家庭教師たちに甘やかされ放題わがまま放題に育てられてしまったことを、どれだけ悔やんでも悔やみきれないと……」
お祖母さま……!
ごめんなさい、私は悪い孫でした。正直に言います。私は、あのゲス野郎の母親だっていうことで、お祖母さまにはいい印象を持っていませんでした。でもそんな事情があって、ご自分でもそのことをひどく悔いていらしたなんて。
しかも、嫁であるお母さまと孫である私のことをそこまで思い遣ってくださってたなんて……本当にごめんなさい。
お母さまはその優しい顔を、アデルリーナにも向ける。
「リーナ、貴女が生まれたときも、ベアトリスお義母さまは本当に喜んでくださったのよ。そして、ルーディのときと同じように、絶対に貴女を手放しては駄目だと言ってくださって……お義母さまは貴女にもとても会いたがっていらっしゃったわ」
やっぱり、お祖母さまが領地に移られたのはご自分の意思ではなく、あのゲス野郎に強制的に移されたんだ。たぶん、お祖母さまが何かと嫁であるお母さまの肩を持たれることを疎んじたんだと思う。
その証拠に、まだ幼かった私やアデルリーナはもちろん、お母さまですら、お祖母さまのご葬儀には参列させてもらえなかった。本当になんてわかりやすい嫌がらせだろう。
そしてこれもたぶん、お母さまもいままではあのゲス野郎の手前、お姑であるお祖母さまのこともご自分の実家のことも私たちに話すことができなかったんだろうな。だって、お母さまが何か言えば、あのゲス野郎に媚びへつらってた使用人たちがすぐ告げ口をする。
そのことでお祖母さまの立場がさらに悪くなったり、実家のマールロウ男爵家に圧力をかけられたりすることを、お母さまは懸念されてたんだと思う。
私はお母さまの気持ちも汲めず、自分の祖父母のこともよく知らないのに勝手に悪い印象を持ってしまってたんだ。
マールロウ男爵だったお祖父さまは、お母さまのことを心配して信託金を遺されただけでなく、そのお金を私の持参金にすることまで考えてくださっていた。
そしてクルゼライヒ伯爵家未亡人だったお祖母さまは、私がお母さまに育ててもらえるよう手を尽くしてくださった。それだけでなく、ご自分が着ていた大事な衣装を私に引き継いでほしいと望んでくださっていた。
ごめんなさい、私は本当に悪い孫でした。





