188.そ、それでいいの?
本日3話目の更新です。
いや、いやいや、なんなのソレ、確かに公爵さまはこういう、ちょっと青みのある黒髪だけど、私の髪なんてこんなきれいな金色じゃないよね? もっとくすんだ黄土色だよね?
てか、そういう問題ぢゃなくて、公爵さまの髪の色に私の髪の色とか、そういうのってなんかこう、いや、ホントにいいの、そんなことしちゃって?
思ってもいなかった方向から飛んできたツェルニック商会の重すぎるだろ攻撃に、私はすっかりうろたえちゃったんだけど、公爵さまはなんか悠然としちゃってる。
「ほう、なるほど。この色合いにはそのような意味が込められていたのか」
「さようにございます、閣下。我らツェルニック商会は未来永劫、ゲルトルードお嬢さまとエクシュタイン公爵閣下にお仕えさせていただく所存でございます。その意志をこの図案に込めさせていただきましてございます」
ロベルト兄、絶好調すぎる。
だから、未来永劫ってなんなの、未来永劫って!
私も公爵さまも不老不死とかじゃないんだよ!
それでなんで、公爵さまはまんざらでもない顔しちゃってんの?
「うむ、其方らの意志は非常によく伝わった」
鷹揚にうなずいた公爵さまは、その顔を私に向けた。
「ゲルトルード嬢、これは非常によい図案であると私は思う。このまま意匠登録、ならびにツェルニック商会の商会紋として登録するに十分ではないだろうか?」
「え、ええ、さようにございますね、公爵さま」
って、この状況で私が反対できるとでも?
ツェルニック商会ってば、こないだその図案を私に見せてくれたときは、そんな髪の色とかの話なんてしてなかったじゃない。なのになんでこの場で……。
そう思って、いきなり疑念が湧いた。
もしかしてツェルニック商会は、私に先に言うと私がいい顔をしないの、見越してた? だからこうやって公爵さま同席の、この場で言い出したってこと?
思わず目をすがめちゃいそうになっちゃった私の視線の先で、ツェルニック商会一同がそろってとってもイイ笑顔を浮かべてくれちゃってる。
しかも、さらに私の視界の端ではエグムンドさんまでミョーにイイ笑顔で……。
なんか……なんか、なんなの、このしてやられた感は?
「それでは、この図案をツェルニック商会の商会紋とし、意匠登録も行うようにしよう」
すっごく満足げに公爵さまが言ってくれちゃって、ツェルニック商会一同感激の体でお礼を口にしてる。
ええもう、そういうことなら私も、心置きなく利用させてもらいますからね。
「公爵さまにお認めいただけてよかったですね、ツェルニック商会さん」
私がにこやか~に言うと、もうここぞとばかりにロベルト兄もリヒャルト弟も言い出した。
「まことにありがたいことにございます! それもこれも、すべてゲルトルードお嬢さまのおかげでございます!」
「我らツェルニック商会、もはやゲルトルードお嬢さまには子々孫々に至るまで、どれだけお仕えしてもお返ししきれないほどのご恩をいただいております!」
ホンットに絶好調だわね。
やっぱり私はにこにこしたままうなずき、そのにこにこ顔を公爵さまに向けた。
「公爵さま、本当にこのツェルニック商会さんの図案は、意匠登録はもちろん商会紋としてもたいへんすばらしいと存じます」
「うむ、まったくだな」
「そこでわたくし、思ったのですけれど」
うなずいてくれちゃう公爵さまに、私はさらににこやかに言った。
「当ゲルトルード商会も、商会紋を作るというのはいかがでしょうか?」
私の言葉に、公爵さまは上機嫌で答えてくれる。
「うむ、私もいまそれを考えていた」
よっしゃ!
このままツェルニック商会に丸投げしちゃうからね!
いや、いますっごく頑張ってくれててツェルニック商会が忙しいのはよくわかってるけど、でももうこのさい丸投げ! たとえ文句を言ってきても、私は笑顔で流しちゃうからそのつもりで!
と、私はさらににこやかに言った。
「それでしたら、この通りツェルニック商会さんは本当に素晴らしい図案を考案されますから、ツェルニック商会さんに当商会の商会紋の作成をお願いするのはどうでしょうか?」
「ふむ」
公爵さまはひとつうなずき、ツェルニック商会一行に顔を向けた。
「そうだな。ツェルニック商会、其方らに頼めるだろうか?」
さあ、公爵さまもその気になってくれた!
もう断ることは絶対できないわよ、ツェルニック商会!
って……なんで兄弟もお母さんも、完全に固まっちゃってるの?
ロベルト兄もリヒャルト弟もベルタお母さんも、なんか口を開けたまま完全に固まってる。
えっ、あの、どうしよう、そんなに困ることだった? いやもう、公爵さまからこうやって直々に頼まれちゃったら、断るなんて絶対できないのはわかってるんだけど……。
一瞬、焦っちゃった私の目の前で、ツェルニック商会一同がいきなりその場にひれ伏した。
「ありがとうございます! ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま、エクシュタイン公爵閣下!」
「まさか、まさか、我らにゲルトルード商会の商会紋をご依頼いただけるなどと……!」
「このような栄誉に浴し、我らツェルニック商会、どのように御礼申し上げればよいのかもはや言葉が出てまいりません!」
え、ええ、あ、あの、えっと……感激、してくれちゃってる?
なんか思ってたのと全然違う、っていうか……あの、いいの? ホントに? ホントに丸投げされちゃって、それでそんなに喜んでもらえちゃって……あの……?
なんだか挙動不審になっちゃってるのは私だけで、ツェルニック商会はなんかもう本当に泣きださんばかりに大喜びしてくれちゃってるし、公爵さまも満足そうにうなずいてるし、なんならエグムンドさんまで『よかったですね』なんて笑顔でツェルニック商会に声をかけちゃってる。
え、えっと、あの、こういうの、って……丸投げされたら、そんなに嬉しいものなの……?
「それでは、ツェルニック商会さんには早急に、当ゲルトルード商会の商会紋の図案を考案していただきましょう」
やっぱり笑顔でエグムンドさんが言う。「必要なのはまず印章です。近々、国軍ならびに魔法省から正式な契約書が届くことになっておりますので」
「ああ、それは良い。頭取であるゲルトルード嬢の署名に、ぜひ商会紋の印を添えなければ」
公爵さまもまたもや満足げにうなずき、エグムンドさんも応える。
「さようにございます。さらに、商会紋の入った便せん、封筒、封蝋のための印璽も早急にそろえましょう。それに可能であれば、我々商会員が身に着けることができるもの、そうですね、クラバットに使えるピンなども商会紋の入ったものをご用意させていただきたいのですが」
「それでしたら、正式紋のほかに、簡易紋もご用意させていただきます!」
ロベルト兄がガバッとばかりに身を乗り出した。「簡易紋でございましたら、店舗でお使いになられる什器などにも紋入れが可能になるかと存じます!」
「うむ、それはまたよい考えだ」
「確かに簡易紋であれば、店頭で販売する商品をお入れする木箱などにも使えますね」
公爵さまもエグムンドさんもすっごい上機嫌で応えてるし。
それに、さっきエグムンドさんが、商会員が身に着けられるもの、って言ったとき、クラウスもすっごく嬉しそうな顔をしたのよねえ。
なんか……なんか、思ってたのと全然違うんだけど……みんなこんなにノリノリになってくれたんだから、いいんだ、よね……?
う、うん、商会紋……あったほうがいいんだし、わかりやすいし……いいよ、ね?
みんなすっかり、アレにもコレにも商会紋を入れようって盛り上がっちゃってるし。
「簡易紋であれば食器、特に茶器などに紋入れをするとよさそうです」
「調度品まで紋を入れてしまうのは、少ししつこくなりますかね?」
「たとえばタペストリーを作って飾るくらいならいいのではないですか?」
「タペストリー! それならばぜひ、コード刺繍を使って商会紋を描かせていただきたいです!」
って、本当に大丈夫なの、ツェルニック商会? みんな過労で倒れちゃったりしない?
うーん、こんな展開になるとは、私ゃまったく思ってなかったよ……。