187.そんな意図は聞いてない
本日2話目の更新です。
と、いうことで、飲食店部門の方向性が決まりました。完全予約制の超高級路線になります。いや、お出しするお料理はプリンとかサンドイッチとかなんですけど。
でもって次の問題は、その予約をどうやって取るか、ってことよね。電話もネットもない世界なんだから。直接店舗に来てもらって、口頭で予約してもらうしかない。
ただ、その口頭で予約、っていっても……。
「ではどのように、予約を取ればいいだろうか?」
同じことを考えてたらしい公爵さまの問いかけに、やはり同じことを考えていたらしいリドさまが答える。
「基本は先着順でしょうが……それでも揉めるでしょうねえ」
そうなの、無理無体を言って強引な予約をねじ込んできそうな上位貴族がいらっしゃる気が、すごーくします。
だからここはやっぱアレよ。一見さんお断りシステムで。
「では紹介制にするのは、どうでしょうか?」
「紹介制?」
私が言ったとたんに、公爵さまが眉を上げた。
「紹介制とは、どのような方法なのだろうか?」
「言葉の通りです。どなたかがご紹介してくださったかたのみ、ご予約をお受けするのです。そうですね、当面は顧問に就いてくださっているエクシュタイン公爵さま始め、ガルシュタット公爵家とホーフェンベルツ侯爵家のご紹介があるかたのみ、ご予約をお受けしましょう」
「なるほど。私たちが間に入った者のみ、予約が可能になるというわけか」
公爵さまは私の説明をすぐ理解してくれたらしい。
「はい、そういうことです。そして、公爵さまがたからご紹介のあったかたにご来店いただいたのち、そのかたがまた別のかたをご紹介くださる、という形で、お客さまを増やしていけばいいと思うのです」
そりゃもう、公爵家や侯爵家のご紹介で来店されるのであれば、そうそう無体なことはされないでしょう。それに、もし自分が紹介した人がお店でトラブルなんか起こしてくれちゃったら、それは紹介した自分にも責任があるってことになるんで、これまたそうそう変な人を紹介したりはしないと思うのよね。
もちろん、客層が広がっていけば、下位貴族に紹介自体を強要するような上位貴族も出てくるだろうけど。
「そうしてお客さまが増えていくと、その、急なご予約をお求めになられるかたも出てこられると思うのですが、その場合も『その日時にはすでに公爵家からご紹介いただいたお客さまのご予約が入っております』とお伝えすれば、お断りしやすいのではないかと思いますし」
このさい、公爵家の権威を笠に着まくらせてもらいましょう。
だってそういう場合は、まず相手のほうが、自分の身分を笠に着て無理無体を言ってくるんだと思うからね。対抗するなら、さらに上の身分を振りかざすのがいちばん確実。いやーもう、四家しかない最上位貴族の公爵家のうち二家がバックについてくださってるって、本当にありがたいわ。
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」
エグムンドさんが立ち上がって、深々と頭を下げた。
すぐにヒューバルトさんも立ち上がり、クラウスと一緒に頭を下げる。
「そのようにしていただけると、我ら商会員は非常に助かります」
「貴族の方がた、特に上位貴族の方がたに対し、私どもがお断りの言葉を口にしますのは、なかなかに難しいことですので」
なんか、慌ててエーリッヒくんも頭を下げてるし。
そこでまた、リドさまがにこやかに言い出した。
「それでは私も、ガルシュタットの義母からの紹介ということで、予約を取らせてもらえるわけですね?」
「もちろんですわ、リドさま」
私もにこやかに答える。
「非常にありがたいです。完全予約制、しかも紹介がなければ足を踏み入れることもできない人気店での会合となれば、間違いなく有利に取引を進められます」
あ、なんかリドさまが悪い笑顔になってます。
「ふむ、確かにリドの言う通りだ。このゲルトルード商会店舗に客として入れること自体に価値がある、という状況になるわけだからな」
おっと、公爵さまもちょっと悪そうな顔になっちゃってるし。
「リドのような貴族男性はもちろん、レオ姉上たちのような貴族女性にとっても、利用のしがいがある店舗になりそうだ」
ええまあ、最初に思ってた方向性とはずいぶん違っちゃいましたけどね。
なんかもう公爵家が二家も関わってきてくださった時点で、プレミア感っていうかステイタスがくっついちゃうのはしょうがないのかも。
それでも、この方向性でしっかり店舗運営をしていけば、ちゃんと利益はあげられるはず。商会員も増えちゃったんだし、みんなにお給料が払えないなんてことには絶対したくないもの。
確かに私としては、気がついたら頭取にされてました状態ではあるんだけど、とにかくやるからにはしっかりがっつり稼がなければ!
「それではリドさま、当商会の店舗を利用していただくにあたりまして、ほかにはどのようなご要望がございますでしょうか?」
私の問いかけに、リドさまが笑顔で応えてくれる。
「そうですね、まずおやつや軽食に関してですが……」
リドさまは自分がどういうふうにこのお店を利用したいのか、どんなことを期待しているのか、具体的に話してくださいました。
まあね、まずおやつや軽食に関してって言いながら、ずっとおやつや軽食に関する要望ばっかりだったような気がしないでもないけど。
そしてリドさまは、サワヤカに去っていかれました。
うん、食べるだけ食べて言うことだけ言って、満足されたんでしょう。なんつーか、ホントにマイペースな人だよねえ。
リドさまがお帰りになって、やっぱりなんとなくみんなホッとした雰囲気になってます。
お客さまが、それも貴族のお客さまがいらしていると、どうしても緊張しちゃうよね。特にツェルニック商会は完全に巻き込まれ事故なので、無駄に緊張させてしまった気がする。
とりあえず彼らは早めに解放してあげようと、私は笑顔で言ってみた。
「では、店舗に関するお話はいったん置いて、今度はツェルニック商会さんのお話をさせてもらおうかしら?」
「あっ、はい、ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま!」
ロベルト兄が答えるのと同時に、エグムンドさんもうなずいた。
「そうですね、意匠登録は早めに済ませておくに越したことはございませんから」
いそいそとロベルト兄が、先日私に見せてくれたアレを取り出している。
「まことに僭越ではございますが、ぜひとも公爵さまにもご確認いただきたく」
アーティバルトさんがそのコード刺繍が施された黒っぽい布を受け取り、軽くチェックをしてからそれを公爵さまへと手渡した。
「ほう、これは……!」
公爵さまの目が見開いている。
ねー、すてきでしょ? めっちゃオシャレなデザインでしょ?
と、なんとなく私までちょっとどや顔になっちゃうんだけど。
あの20センチ四方くらいの青みを帯びた黒っぽい布を手に、公爵さまはものすごく熱心に確認してる。ホントにこの人、見た目や手触りだけじゃなく、金色のコードがたっぷり縫い付けてあるその縫い目とかまでチェックしてるよね。
「この図案を、意匠登録するのだな?」
じーっくり確認しまくった公爵さまが、ようやく顔を上げて言った。
ロベルト兄が緊張したまま答える。
「はい、閣下。そのように考えております」
「この図案であれば、登録にまったく問題ございません」
続いてエグムンドさんがしっかりとうなずいてくれた。
しかも、エグムンドさんはさらっと続けてくれる。
「なお、ツェルニック商会さんはこちらの図案を、商会紋としても登録することを考えているそうです」
おっ、ツェルニック商会ってば、ちゃんとエグムンドさんと打ち合わせしといたのね?
ツェルニック兄弟とお母さん、3人そろってピシッと背筋を伸ばしてる。そして頭取であるロベルト兄が言った。
「はい、先日ゲルトルードお嬢さまにもご相談申し上げたのですが、こちらの図案を我が商会の商会紋としても登録いたしたく考えております」
そう言ってから、ロベルト兄はさらにとんでもないことを言ってくれた。
「まことに不躾ではございますが、今回意匠登録ならびに商会紋登録させていただく図案を作成するにあたり、このように公爵閣下の御髪の色に、ゲルトルードお嬢さまの御髪の色を重ねさせていただきました。我が商会にとって大恩ございますお二方には、ぜひお許しをいただきたくお願い申し上げる次第にございます」
って!
ちょ、待って、この配色って、そういう意味だったのー?