186.当初のイメージとは離れちゃうけど
みなさま、書籍化についてのお祝いの言葉、本当にありがとうございます。
で、相変わらず更新が滞っておりますが(;^ω^)
本日は5話更新します。
まず1話目です。
粛々と、おやつの準備が……いや、お茶の準備が進んでおります。
ナリッサは公爵さまの収納魔道具を使えないんだけど、ヒューバルトさんとアーティバルトさんは使えるからね。私が収納したモノであっても、ちゃんと取り出せたらしい。お茶の道具もおやつもしっかりがっつり積み込んだワゴンを2台そのまんま収納しといたから、ワゴンをまるごと取り出すイメージでOKだったみたい。
でも、収納魔道具って中をのぞき込んでもナニを収納してるかまったく見えないから、自分でもナニを入れたか忘れちゃったらどうすればいいんだろう。入ってるものをまとめて全部取り出す方法とかあるのかな?
そう思って、私は気がついた。
もし私がそういう、収納魔道具にナニが入っているかわからなくて、とにかく全部取り出してみなきゃいけない状況になるとしたら……我が家の収納魔道具を取り返せたときだ、ということに。
あのゲス野郎が収納魔道具にナニを収納してたかなんて、私にはまったくわからないからね。
血族契約魔術のおかげで、私にはその収納魔道具を使えるんだとしても、中にナニが入ってるのかわからない状態で使うわけにはいかないでしょ。
まあ、完全に身ぐるみ剥がれちゃってたから、大したものは入ってないとは思うけど……なんかでもあのゲス野郎がしまい込んでたモノだと思うと、かなり気持ち悪いよね……。
うーん、でもそういうことは、実際に取り返せてから考えることだわ。後で、ヒューバルトさんにその後どうなっているのか訊いてみよう。
なんてことを考えているうちに、お茶とおやつが配り終えられた。
とにかく本日二度目のおやつタイムとまいりましょう。
「こちらは、新しく考案したおやつになります」
私はにこやかに説明を始めた。「大きな型を使って作る焼き菓子なので、こうやって切り分けて配ることができますし、数日なら日持ちもします。今日は、栗のクリームをあわせたものと、干し果実を混ぜたものを用意しました。これもまた、店舗での販売を考えています。みなさんも試食して感想を言ってください」
紅茶を一口飲んでから、私はなんちゃってモンブランを口に運んだ。
公爵さま、それにリドさまも、澄ました顔で本日二度目のおやつを口にしてる。
そんでもって、初めてなんちゃってモンブランとパウンドケーキを口にするメンバーは、やっぱりちょっと目を見張って口々に感想を言ってくれた。
「ああ、これはなんとも……栗の味が濃厚で美味しいですね」
「この土台になっている焼き菓子はいったい……パイともクッキーとも違う不思議な味わいです」
「甘くて口当たりも軽く、ほろほろと崩れていくような」
「クリームを絡めて食べるとさらに美味しくなりますよ」
「干し果実が入っているほうも、しっとりとしていて本当に美味しいです」
ツェルニック商会一行は、自分たちまで試食をいただいてしまっていいのですかと、すごく恐縮してたんだけど、いいんだよ、むしろアナタたちにこそ労いの意味を込めて食べてもらいたかったんだから。
とっても美味しそうに食べてくれているツェルニック商会一行のようすに、私も満足よ。
で、そのツェルニック商会一行にお給仕をしてるの、クラウスなんだよね。
どうやらクラウスってば、お給仕の練習をさせられているらしい。ヒューバルトさんからちょこちょこチェックを入れられながら、お茶とおやつを配ってたわ。
そりゃあもう、今後も店舗でお客さまを迎えることがあるだろうし、飲食店として営業するなら当面クラウスにウェイターをやってもらう必要があるだろうし。特に貴族相手のお給仕は、これからクラウスにとって必須だもんね。
いまは見学状態のエーリッヒくんも、お給仕についてはできるだけ早く覚えてもらわないと。
それにしてもクラウス、今日は膝丈ズボンにロングブーツっていう、平民には珍しい衣装なのよ。完全に乗馬スタイル。もしかして、乗馬も練習中なのかな?
ヒューバルトさんは、クラウスにはいろいろと覚えてもらわないといけないことがあるって言ってたけど……うん、頑張れクラウス。賢くて何ごともソツなくこなせてる印象があるクラウスだから、きっと乗馬もすぐ覚えちゃうだろうな。
まあ、私の乗馬はダンスと同様、壊滅的だけどね……ホンットに、馬がまったく私のいうことをきいてくれないんだもん。学校の実技授業でも、ほかのご令嬢はみんな澄ました顔でとっても上品に馬を操ってるのに、私はホントにこう、馬にバカにされてるんじゃないかって感じちゃうほどなんだよねえ……はあ。
その、なんやかんや特訓中っぽいクラウスの指導教官らしいヒューバルトさんは、リドさまにお給仕したあとはちゃっかり自分の席に着いておやつを頬張ってる。
まあ、ヒューバルトさんは目の前でパウンドケーキが焼けてたのにおあずけ状態だったからね。しっかりと味わってくださいな。って、だからって即、クラウスにおかわりを要求しないでほしいんですけど。
ホントにもう、明日もアデルリーナたちの子どものお茶会があるんだってば。おやつが足りなくなったらどうしてくれるのよー。
「しかし本当に、ルーディ嬢が提供してくださるお料理はどれもこれも美味しいですね」
リドさまが言い出した。「このようなお料理が堪能できる飲食店があれば、貴族もみなこぞって来店しますよ」
「ありがとうございます、リドさま」
私はにこやかにお礼を言ったんだけど、リドさまはちょっと思案顔だ。
「こぞって来店と言いますか……場合によっては殺到しかねませんね」
「殺到、ですか?」
おおう、それはちょっと。
いや、でも、無言でおかわりを要求しまくるリドさまもだけど、公爵さまだってこの食い意地だし、レオさまメルさまもアレだしね。ここまでご好評を得ちゃうと、殺到するっていうのも冗談ではないかもしんない。
公爵さまも、眉間にシワを寄せて言い出したんだ。
「確かに、その恐れはあるな。もしそのような状況になった場合、上位貴族が無理を通そうとしてくるであろうし」
「やはり、先ほどルーディ嬢が提案されていた、完全予約制にされたほうが安全ではないでしょうか」
リドさまがうなずいてそう言い、公爵さまもうなずいた。
「うむ、店舗でいらぬ諍いを避けるためにも、完全予約制にするのはよい方策だと私も思う」
「僭越ながら、そのようにしていただけると、私どもも非常に助かります」
エグムンドさんも言い出した。「実はすでに何件か、上位貴族家のかたから当商会にお問い合わせをいただいておりまして」
「えっ、そうなの?」
思わず素で問いかけちゃった私に、エグムンドさんがうなずく。
「さようにございます。エクシュタイン公爵閣下がたいへん気に入っておられると聞き及んでいるおやつはいつ発売になるのかですとか、それらのおやつのレシピをいますぐ購入できないのかといったお問い合わせです」
おっと、ここでも公爵さまの食い意地がウワサに。
じゃなくて、あのエクシュタイン公爵閣下が、お姉さまたちのところ以外の訪問先では決して飲食をしないってことを誰もが承知してる公爵閣下が、他家で出されたおやつや軽食を喜んでお召し上がりになっているらしい、ってだけで貴族の人たちにとっては大ニュースなのね?
言われてみれば確かに、栗拾いのときのリケ先生とファビー先生もそういうノリだったわ。
てかもう、広告塔としての価値、あり過ぎでしょう公爵さまってば。
「みなさま非常に熱心にお問合せくださっておりますので、店舗が営業を始めたとたん、文字通りお客さまが殺到される可能性はおおいにあると、私も感じております」
エグムンドさんの言葉に、公爵さまもリドさまもうなずいてる。
「いらぬ混乱を招くのは得策ではないな」
「ええ、それに『新年の夜会』で実際にルーディ嬢のお料理を口にすれば、さらに大変なことになると思いますよ」
「うむ、レシピの販売についても対策が必要だな」
うーん、そりゃ殺到とまではいかなくても、上位貴族が店頭でゴネてくれたりしたら、たとえ貴族令息のヒューバルトさんが居てくれてもそれを納めるのは難しいよね? ヒューバルトさん、子爵家の三男なんだし。
それがさらにクラウスや、新入りのエーリッヒくんだったりしたら、とてもじゃないけど対応できないと思う。エグムンドさんだって、元貴族だっていっても、いや元貴族なだけに、いろいろ余計に難しいかもしれないし。
なんかもう、放課後に女子が気軽に立ち寄って美味しいおやつとおしゃべりを楽しめるカフェ、では全然なくなってきちゃったよー。
でも本当に、こればっかりはしょうがないわ。とにかくまず、外食産業っていうもの自体を広げていくことから考えないとダメっぽもんね。
だから私もきっぱりと言った。
「では当商会の飲食店部門は、完全予約制にしましょう」





