180.教育的指導入りました
本日5話目の更新です。
なんだか、お母さまの真剣さに、その場の誰もが気圧されてしまったような感じだ。
お母さまは私の手をにぎったまま、公爵さまに向き直る。
「公爵さま、たいへん申し訳ございませんが、今後はこのような試食会もできる限り控えさせていただきたいのです」
うっ、と公爵さまのあごに力が入っちゃったのがわかる。
そのままお母さまは、たたみかけるように言うんだ。
「本日の試食会、お茶会の準備のため、ゲルトルードは昨日も朝から晩まで厨房に入り、料理人たちの指揮を執っておりました。ゲルトルードは優しい子ですから、みなさまに喜んで召し上がっていただけるよう、本当に心を配って頑張っております。ただ、今後も何か新しいお料理をゲルトルードが試作するたびに、これだけの試食会を催させていただくのは、難しいとお考えいただきたいのです」
そしてお母さまは、とどめの一言を告げた。
「そもそも、あの栗拾いのお茶会から、まだたったの3日しか経っていないのです。あのお茶会のために、ゲルトルードがどれほど気を遣って準備をしたのか、おわかりでございましょう? それからまた休む間もなく、ゲルトルードは今日のためにずっと厨房にこもっていたのです」
お母さま、本ッ当にありがとうございます。
さすがに私も、この流れはちょっと勘弁してくれ、だったのよね。だから、自分でそのことを言わなきゃダメかなって思ってたんだけど……よかった、お母さまが言ってくれて。
真正面からお母さまに指摘され、公爵さま始めみなさんさすがにシーンとしてくれちゃったもの。
「……そうね、わたくしたち、ルーディちゃんに甘えすぎてしまったわ」
しゅんとうなだれたようにレオさまが言った。
メルさまも、改まった口調で言ってくれる。
「本当だわ。ごめんなさい、ルーディちゃん。貴女があまりにも優秀なので、わたくしたちは肝心なことを見落としてしまっていたわ。心からお詫びします」
「レオ、メル、わかってくれてありがとう」
お母さまが笑顔で応える。「わたくしは、わたくし自身が経験した、あの本当に楽しくて幸せな学生時代を、ルーディにも経験させてあげたいの」
「そうね……本当に、そうだわ」
しみじみと、メルさまが言う。「わたくしも、領地にずっとこもっていた間、貴女たちとのあの楽しかった学生時代の思い出が、どれほど心の支えになったことか」
「わたくしもよ、メル」
笑顔でお母さまがうなずき、レオさまもうなずいた。
「ええ、本当にそうね。わたくしも、またわたくしたち3人で活動できる日が来ると信じて、ここまでやってきたのだもの」
「すべては、あの本当に楽しくて幸せだった学生時代に始まったのよね」
お母さまたち3人が、笑顔でうなずきあってる。
そしてメルさまが、私に言ってくれた。
「ルーディちゃん、貴女が学院に戻れば、おそらく状況は一変していると思うわ。貴女が爵位持ち娘になったこと、それも特に豊かな領地を持つ名門伯爵家の爵位を継承するということは、すでに貴族社会では知れ渡っているのだから。貴女の持つ地位や財産に群がる人たちが、一気に増えることは間違いないの」
メルさまのすみれ色の目が私の目をのぞき込んでる。「だから、何か困ったことがあれば、なんでも相談してちょうだい。わたくしも爵位持ち娘として、本当にさまざまな利害関係に巻き込まれていたのよ。打算も駆け引きも、いくらでもご相談にのってさしあげるわ」
「ありがとうございます、メルさま。ぜひご相談させていただきます」
いやもう、侯爵家の爵位持ち娘だったメルさまに直接相談できるなんて、こんなラッキーなことってある? 私はもう心からお礼を言っちゃった。
その私に、今度はレオさまが言ってくれる。
「ルーディちゃん、貴女には、ヴォルフのエクシュタイン公爵家と、わたくしのガルシュタット公爵家が後見についているということを、対外的にも存分に使ってちょうだい。貴女より上位の、侯爵家の方がたがどんな無理難題を押し付けてきても、すべて断って大丈夫よ。それこそ、後見人のエクシュタイン公爵さまにご相談させていただきます、と言ってにっこり笑っておくだけでいいですからね」
「ありがとうございます、レオさま。本当に助かります」
それに関しても、本当に本気で助かります。これから両公爵家の威をガンガンお借りいたします。
と、私はレオさまにお礼を言ってから公爵さまに顔を向けたんだけど、公爵さまってば眉間にがっつりシワを寄せて視線をちょっと泳がせちゃってます。
ええ、もうこの際、たっぷり反省してください。
さすがに、いきなり栗とお砂糖を持って自ら厨房に乗り込んできて、さあおやつを作れ、なんてのはちょっとひどすぎますよね?
その辺はレオさまもしっかり心得てくださっていたようです。
「ヴォルフ、わかっているわね? いちばん慎まなければならないのは、貴方よ?」
ビシッとレオお姉さまに言われちゃった公爵さま、さらに視線を泳がせちゃってます。
「後見人になったのだからと、なんでもかんでもルーディちゃんに要求するのは止めなさい。むしろ後見人である貴方のほうが、ルーディちゃんに便宜を図ってあげなくてどうするの? とにかくまず、いまお話ししていた隣接領地のお茶会も、すべて貴方が段取りをしなさい」
「……もちろん、そのつもりです。レオ姉上」
なんかものすっごく不服そうではあるんだけど、公爵さまはぼそっとお返事してくれてます。
その不服そうな公爵さまに、レオさまはちょっとため息をこぼしちゃったりしてる。
「ヴォルフ、貴方だって学生時代にどのような交友関係を持てるかが、その後の人生にどれだけ大きな影響を及ぼすのか十分わかっているでしょう? 貴方、アーティにどれだけ助けてもらっているの?」
アーティって……アーティバルトさん?
ん? と思わず視線を送っちゃうと、アーティバルトさんはにっこり笑って小声で教えてくれた。
「私は閣下の同級生だったのですよ」
「えっ、そうなのですか?」
同級生が、近侍になっちゃうんだ?
思わず問い返しちゃった私に、アーティバルトさんはやっぱりあのちょっとうさん臭い笑顔で答えてくれた。
「ええ、学院に入学した15歳のときから、すでに人生の半分くらい、閣下とのお付き合いが続いていますね」
「アーティ」
公爵さまがとがめるように呼ぶんだけど、アーティバルトさんはうさん臭い笑顔のまんまだ。
あー……なんかこのお2人の関係が、ちょっと見えた気がする。
「わたくしたち上位貴族家の者は、学院で出会った信頼できる同級生や上下級生にお願いして、卒業後に自分の家に入ってもらうことが多いのよ」
レオさまが説明してくれる。「わたくしの侍女をしてくれているこのザビーネは、ベルお姉さまの同級生だったの」
へーっ! と、ばかりに私はその侍女ザビーネさんを見ちゃったんだけど、ザビーネさんはにこやかな笑みを返してくれた。
さらにレオさまが言う。
「わたくしも先日知ったのだけれど、ユベールくんの近侍はヒューの同級生なのですって?」
うなずいたユベールくんが、レオさまに促されて答えてくれる。
「はい。僕もつい先日マクシミリアン本人から教えてもらったのです。自分の近侍が、ルーディお姉さまの近侍として栗拾いのお茶会に参加する人と同級生だと知って、僕も驚きました」
私だけじゃなく、その場のみんなの視線がユベールくんの近侍さんに集まっちゃう。
視線を集めちゃったその近侍マクシミリアンさんは、ユベールくんに促されて答えてくれた。
「私は、エクシュタイン公爵閣下の近侍を務めておられますアーティバルトさんの弟であるヒューバルトとは学院で同級生でした。地位も同じ子爵家同士ですし、兄君であるアーティバルトさんとも学院時代から親しくさせていただいております」
「本当に狭い世界よね」
メルさまが苦笑しながら言ってくれる。「我が国の貴族社会って、本当に改めて驚くほどに狭いわ。みんな、誰かしらどこかでつながってしまっているのですもの」
「本当にそうよね」
レオさまも苦笑してくれちゃってます。
でもレオさまは、その苦笑をすぐに引っ込めて、またもやビシッと言ってくださいました。
「その狭い貴族社会の中で、同世代の者だけが集まるさらに狭い世界が、王都中央学院よ。学院に在籍している間に信頼できる関係をどれだけ築けるか、それがどれほど重要なことなのか貴方だってわかっているでしょう? ヴォルフ、ルーディちゃんがきちんと学院に通えるよう、貴方がしっかり手助けしなくてどうするの?」
「……承知しております、レオ姉上」
公爵さまはやっぱりちょっとむくれてるけどね。
この連休中に、もう何話か更新できればと思っています。