179.保護者が必要
本日4話目の更新です。
えーと、公爵さまがうなずいてるだけでなく、みなさん納得顔でいらっしゃるんですが……あの、私が相手を選んでお茶会を開くって……そんないきなりめちゃくちゃ高いハードルを設定してもらっても困るんですけど!
そこで、お母さまが公爵さまに問いかけてくれたんだ。
「公爵さま、その場合、お茶会の場所はいかがいたしましょう? 学内のゲルトルードの個室では給仕がナリッサしかおりませんし、その……」
そうです、お母さま! 学内の私の個室で、ナリッサと2人だけでお茶会を主催するってハードルが高すぎるの!
あのね、王都中央学院に通う上位貴族家の子女は全員、学内に個室を与えられてるの。
一応学生はみんな平等っていう建前がありながら、そこんとこはやっぱりエグくて、地位が高い貴族家の子女ほど広い部屋が与えられてる。そんでもって、爵位のない名誉貴族家の子女だと個室じゃなくて、数名が共同で使用する控室しかないのよね。
私は一応伯爵家の令嬢なので、そこそこ広さのある個室をもらってる。
個室の中には、自習用のライティングデスクや本棚のほか、着替えを置いておけるクローゼットなんかもある。ほら、ダンスや乗馬の実技授業のときは、着替えが必要だから。
いや、これもまたエグくて、ダンスの授業は基本的に制服のまま参加していいんだけどね、上位貴族家のご令嬢はたいていみなさん、ダンス用の華やかなお衣裳に着替えて参加されます。私はもちろん、制服のままモブ状態でダンス授業に参加してるわよ。
乗馬は、男子女子全員乗馬服に着替える。特に令嬢は横鞍用の特殊なスカートじゃないと馬に乗れないので、着替えは絶対必要。だから下位貴族家の子女でも控室はあるってことなんだけど。
ちなみに、王都にタウンハウスを持っていない貴族家の子女は、寮に入ります。寮生ではない、通学組の貴族家子女には個室や控室がある、っていうことね。
で、問題はナニかというと、学生同士のお茶会は基本的に、その学内の個室で開催されるってこと。
個室の中にお茶会セットが常備されてるのよー。お湯を沸かしたり洗いものができたりするミニキッチンと小型の冷却箱、それに数人が座れるテーブルと椅子が、ちゃんと室内にあるのよー。
ちなみに、私が参加したそのおとなり領主のご令嬢のお茶会も、もう1件別の侯爵家ご令嬢のお茶会も、ご令嬢本人の個室での開催でした。
個室が与えられてる上位貴族家の子女、特に女子生徒だけのお茶会であれば、自分の個室で開催するのが当然、という暗黙の了解があるっぽいのよ。男女両方の生徒が参加するお茶会の場合は、またちょっと違うんだけどね。
でもね、はっきり言いましょう。
この私に、保護者ナシでお茶会の主催は無理です。
どんな恐ろしいことをやらかしてしまうか、自分でも想像がつかないんですけど!
せめてお母さまも一緒に、できれば保護者枠で公爵さまにも参加してもらえれば、そんでもって給仕にヒューバルトさんにも来てもらえれば、かろうじてなんとかなるかな、ってレベルだわ。
とりあえず、ご令嬢を招いてのお茶会ならイケメン給仕は重要よ。それだけで結構ごまかしが効くもん。公爵さまに来てもらえれば、公爵さまのご威光にアーティバルトさんもセットだしね。
あとはもう、おやつでごまかす。ほら、プリンとかプリンとかプリンとかで。
どうしても私にお茶会を主催しろと言われるのなら、使えるものはすべて使わせてもらわないと!
そうするとやっぱり、我が家での開催……いまのこのタウンハウスで開催するよりは、新居のほうがいいかな、でも新居に引越して落ち着いてからっていうとちょっと時間がかかりすぎるかな……と、私も考えちゃったんだけど。
公爵さまがさくっと言いました。
「それならば、商会店舗を使用すればよい」
「え、あの、商会店舗も改装がまだで……」
思わず私はそう言っちゃったんだけど、公爵さまは平然と言う。
「数名程度の茶会であれば、改装が済んでいなくとも体裁を整えることはできる。もともと小型の厨房もあることだし、道具やおやつは収納魔道具で運べば済むだろう」
「あの、でも、収納魔道具は……」
私はまた思わず言っちゃった。「その、時を止めないほうの収納魔道具は、引越しが終わるまで公爵さまがお貸しくださるわけですが、おやつを運ぶとなると……時を止める収納魔道具でないと、出来立てをお出しすることが難しくなります」
いや、大事なことよね?
そりゃあね、新作のパウンドケーキとかバタークリームサンドとかメレンゲクッキーとか、出来立てでなくて大丈夫なおやつも何種類かあるけど。
でも、大事なことよね?
「むう……」
公爵さまの口が、への字になっちゃったよ。でもすぐ、気を取り直したように言ってくれた。
「それでは、必要に応じてまた、時を止める収納魔道具をきみに貸し出そう」
「はい、そうしていただけると本当に助かります」
よっしゃ、言質をとったからね。ホンットに、この時を止める収納魔道具があるかどうかで、おやつ作りの手順がまったく違ってくるんだから。
時を止める収納魔道具があって、しかも商会店舗での開催ならヒューバルトさんがお給仕してくれることは間違いないし、大助かりだわ。
で、もちろん公爵さまも保護者枠で参加のご予定よね?
と、私が公爵さまへと視線を送ったとき、思わぬ方向から声が聞こえた。
「では、隣接領地のお茶会にすればいいのではありませんか?」
リドさまが、にこやかに言い出したんだ。
「このたびルーディ嬢がクルゼライヒ領を相続されることになったわけですから、隣接領地の関係者を招き顔合わせをするというお茶会にすれば、デルヴァローゼ侯爵家のご令嬢もお断りはされないでしょう。それに、学内ではなく商会店舗での開催であれば、私も参加できますし」
さわやかな笑顔でそう言っちゃうリドさま、そのお茶会でおやつを食べる気満々ですね?
って、そうだったわ、リドさまのヴェントリー領もクルゼライヒ領と接してるおとなりさんだって、あのとき公爵さまが言ってたものね。
「うむ、そうだな、そうしよう」
公爵さまもうなずいちゃってます。
「では、最初の茶会にはデルヴァローゼ侯爵家の令嬢と、ヴェルツェ子爵家の令嬢を招待することにしよう。ヴェルツェ子爵家の令嬢もゲルトルード嬢と同学年のはずだ」
はい、たぶん、あのご令嬢です。
その問題のデルヴァローゼ侯爵家ご令嬢主催のお茶会に、1人だけ子爵家のご令嬢がいたのよね。確かヴェルツェ子爵家って言ってたと思うわ。
いやー、あのデー〇ン閣下みたいなお名前のデルヴァローゼ侯爵家ご令嬢のインパクトはとんでもなくすごかったけど、ヴェルツェ子爵家のご令嬢もなかなかだったからねえ。お名前もド〇ンジョ的な感じだったし。あのお2人をご招待するのか……。
そんでもって、当然のことながら公爵さまお約束の展開です。
「隣接領地の令嬢に、私がゲルトルード嬢の後見人になったことを伝えておく意味合いも込めて、商会店舗で茶会を開催するというのであればいずれも参加しやすいだろうし、周囲も納得するだろう」
「では、公爵さまもご同席くださるのですね?」
「もちろんだ」
うん、絶対そのつもりだと思ってたけど、確認させていただきました。
そりゃあもう、時を止める収納魔道具の貸し出しまでしてくれるんだもん、公爵さま自身もおやつ食べる気満々だよねー。
などと私が思っていたら、お母さまが深々と公爵さまに頭を下げた。
「お気遣いありがとう存じます、公爵さま」
眉を上げた公爵さまに、お母さまはさらに言う。
「お恥ずかしい話でございますが、我が家ではゲルトルードに子どもの社交さえもまったく経験させてやることができませんでした。それどころか、家庭教師すらつけてやることもできず……ゲルトルードは貴族令嬢が身に着けるべきたしなみをほとんど知らぬまま、学院に進んだのです。すべて母親であるわたくしの責任です」
「お、お母さま!」
慌ててお母さまを止めようとした私を、お母さまはそっと制した。
「ルーディ、貴女にはどれほど多くのことを我慢させてしまったか……いまでも貴女は、わたくしたち家族のために、多くのことを犠牲にしようとしているでしょう?」
いや、それは犠牲っていうか、私が自分でお母さまとリーナのために頑張りたいっていうだけで!
犠牲なんてとんでもない、って私が言う前に、お母さまが私の手を取った。
「貴女には、もっと自分自身が楽しめることをしてほしいのよ、ルーディ」
アメジスト色の目が私をのぞき込んでる。「近隣のご領主一族だからって、気の合わないかたと無理にお付き合いする必要なんてなくてよ。そんなことは、わたくしたち大人に任せておけばいいの。もちろん、学院の中でも、きれいごとではすまないこともたくさんあるわ。でも、本当に学院に通っているいまだけなのよ、ルーディ。貴女が、本当のお友だちと出会える、その機会が得られるのは」
お母さまの口調は本当に真剣で……それだけに、お母さまにとって学院での生活がどれほど大切だったのか、また学院で出会ったレオさまメルさまがどれほど大切なのかが、ひしひしと伝わってくる。
そりゃあね、ふつうに考えて地方男爵家の令嬢であるお母さまが、中央の公爵家や侯爵家のご令嬢とこんなにも仲良しになれちゃうだなんて、きっと本人もまったく考えてもいなかったんだろうな。
私の手をにぎり、そしてお母さまは私に言い聞かせるように言ってくれた。
「ルーディ、貴女はまだ成人もしていないのよ。貴女にはもっと子どもらしい、楽しい時間を過ごしてもらいたいの。せめて、いまからでも」