177.では召し上がっていただきましょう
本日2話目の更新です。
と、いうことで、全員ゾロゾロと客間へ移動開始。
一応また私というか我が家が主催なので、私は公爵さまにエスコートしていただく。うん、こういうときはホント助かるわ。また両手に侯爵さまと伯爵さまなんて事態は避けたかったもの。
一番奥の主賓席に公爵さまが優雅に腰を下ろされたところで、私は笑顔で言った。
「では、早速ではございますが、お茶にさせていただきますね」
いきなりお茶でも、みなさん誰も反対なんてしませんとも。
我が家の優秀な侍女たち、ナリッサとシエラがすぐにワゴンを押して入室してくる。
同時に、アーティバルトさんやマクシミリアンさん、ザビーネさんやディアーナさんという近侍さん侍女さんたちもすっと立ち上がって、お給仕に向かった。
優雅かつ速やかに、まずは全員にお茶が配られ、続いておやつが配られる。
「まあ、このくるくると巻き上げてあるのが、先ほどルーディちゃんが言っていた栗のクリームね?」
「てっぺんに載せてあるのも栗よね?」
「なんとも甘く香ばしい匂いがします」
「この一緒に添えてあるものが、先ほどきみが言っていた焼き菓子なのか?」
さすがみなさん、質問の嵐です。
ふふふふ、なんちゃってモンブランだけど、見るからに美味しそうでしょー?
メレンゲを別仕立てにしたふんわりパウンドケーキを土台にして、栗クリームを六角の絞り袋を使ってくるくると巻き上げながらこんもりと絞り出してあるの。そしてそのクリームの山の上に、つやつやと蜜をまとった栗の渋皮煮が1個、載せてあるっていうね。
さらには、干し葡萄と干し杏を混ぜ込んで焼いたしっとりパウンドケーキも一切れ、お皿には一緒に盛りつけてある。それも、結構な厚切りで。
私はにこやかに説明した。
「はい、今回初めて試作しました焼き菓子に、栗のクリームを合わせてみました。焼き菓子は、栗クリームと合わせたもののほかに、干し果実を混ぜ込んだものもご用意しました。また、栗クリームの上に載せてあるのは、栗をお砂糖で甘く煮たものです」
となりに座っているお母さまと目を見かわせ、私たちはまずティーカップを持ち上げてお茶を口に含んだ。
そして、主催者である私たちがお毒見の意味を込めて最初におやつを口にする。
あーーーーたまらん!
栗! 栗だよ、秋の味覚!
もちろん、昨日もたまたま、料理人たちがお味見をするときにたまたま、私たちも厨房にいたから、私もお母さまもすでに味は知ってるんだけどね。
でもホンットにマルゴは天才。この栗の美味しさがぎゅっと詰まったクリームのなめらかさ。ほんのり感じる塩気が栗の甘さを引き立ててるし。そのバターで仕立てたちょっと重めの栗クリームの奥は、ふわっと軽いホイップクリームと二層になっていて、そのバランスも抜群。もちろん、口の中でほろりとくずれるほど軽い口当たりのパウンドケーキもたまらん。
横を見ると、ドライフルーツ入りパウンドケーキを口にしてるお母さまもにっこにこだ。
「どうぞ、みなさまもお召し上がりください」
私が笑顔で言ったとたん、全員がすちゃっと紅茶を口にし、そして次にまた全員がすちゃっとフォークを手にした。
「まあ、とってもなめらかだわ」
「それにコクがある。栗の味わいが凝縮されているような」
「栗をこんなふうにクリームにすると、こんなに美味しいのね」
「奥のほうには泡立てクリームも入っているのがまた」
「このお砂糖で煮たという黒い栗も美味しいです」
みなさん目を見張りながら、口々に感想を言ってくれちゃいます。
「この焼き菓子? クリームの土台にしてある部分も、とっても美味しいわ」
「本当にクッキーともパイとも違う、不思議な口当たりですね」
「お口の中でほろほろと崩れるような感じが不思議ねえ」
「クリームを絡めて食べると、さらに美味しいですよ」
「こちらの干し葡萄と干し杏が入った焼き菓子も美味いな」
なんちゃってモンブランをペロっと食べちゃった公爵さまが、ドライフルーツ入りパウンドケーキにも目を見張ってる。
「確かにこれなら、あの布で包めば店頭で販売もできますね」
アーティバルトさんもうなずきながら、ドライフルーツ入りパウンドケーキを頬張ってる。
今回ももちろん、近侍さんや侍女さんの分もご用意してるからね。
アーティバルトさんだけじゃなく、レオさまの侍女さんのザビーネさん、それにメルさまの侍女さんのディアーナさんもにこにこ顔で食べてる。
そんでもって、今回初めて同席したユベールくんの近侍さんであるマクシミリアンさんも、なんかもう嬉しさが隠しきれてない顔で食べてくれちゃってるし。
「栗のクリームに使った焼き菓子と、干し果実を混ぜてある焼き菓子は、まったく同じ材料をまったく同じ分量で使っています」
私が説明すると、公爵さまがさらに目を見張った。
「そうなのか? ずいぶん口当たりが違うように感じるが」
「はい。調理の手順を少し変えたのです。それによって栗のクリームを使ったほうは軽い口当たりに、そして干し果実を混ぜたほうはしっとりとした口当たりに焼き上げることができました」
「そんなことができるのね」
やっぱり目を見張ったメルさまが言う。「手順を変えるだけで、こんなに味わいを変えることができるなんて。ルーディちゃん、先日お話ししていた料理人のための講習会、ぜひ開催してもらわないと」
「本当にそうだわ、我が家の料理人も絶対に参加させないと」
レオさまも意気込んで言ってくれちゃってます。
そのレオさまのとなりに座ってるリドさま、だから無言でヨーゼフにおやつのお代わりを要求しないでくださいってば。
「今回は、干し葡萄と干し杏を使いましたが、ほかの干し果実を使うとまた味わいが変わりますし、胡桃などの木の実を砕いて混ぜても美味しいと思います」
「そうね、木の実も香ばしくて美味しそうだわ」
私の説明にレオさまがすぐうなずいてくれる。
さらにメルさまが、ちょっと考え込みながらパウンドケーキを見つめて言った。
「それならほかにも何か、混ぜるものによって味わいを変えられるわね……ハーブやスパイスのようなものも使えるかしら?」
「そうですね、何種類か試してみようと思っています」
私はそう答えて、いま言ってしまっていいかどうかちょっと迷ったんだけど、そのまま言ってみた。
「実は、紅茶の葉を砕いて混ぜると美味しいのではと、いま考えています。また試作してみようと思っているのですけれど」
「紅茶の葉!」
「それって、紅茶の風味が焼き菓子で味わえるっていうことよね?」
レオさまメルさまがすぐに反応してくれて、公爵さまも身を乗り出してきた。
「それはなんともおもしろいな。干し果実に木の実、それに紅茶の葉とは。混ぜるものによって味わいを変えられるというのは、実におもしろい」
「はい、日によって混ぜるものを変えれば目先も変わりますし」
私は笑顔で応える。「それにこの焼き菓子は、数日なら日持ちもします。むしろ、焼いてから1日2日置いたほうが味がなじんで美味しいくらいですから、店頭で販売するにはちょうどいいのではないかと」
「ああもう、ルーディちゃんのお店の開店が、待ちきれないわ!」
レオさまが焦れたように言い出し、メルさまも力強く同意してくれちゃう。
「本当よ、冗談抜きでレシピだけでも先に販売していただけないかしら?」
「でもメル、貴女はすでにマヨネーズのレシピも購入できたじゃないの」
ちょっと口をとがらせてるレオさまが、なんかかわいい。
そして、メルさまもちょっと口をとがらせちゃうんだ。
「そうは言うけどレオ、貴女は『新年の夜会』のご祝儀用に、先にレシピを購入できるでしょう?」
「ああ、そうね、そうだったわ!」
パッと顔を明るくしちゃったレオさまに、メルさまがやっぱりちょっと口をとがらせてる。
「我が家はどう頑張っても、今年の『新年の夜会』に参加するのは無理ですもの」
そう言ってメルさまが向けた視線の先では、ユベールくんが真顔でヨーゼフにおやつのお代わりを要求してました。
「母上」
コホン、と咳ばらいしたユベールくんが、にっこりと笑う。
「それでも、来年度から僕はルーディお姉さまと一緒に学院へ通えますから。すべての行事に一緒に参加できますよ」
「ええ、もちろん、わたくしもそのつもりよ」
な、なんか、ユベールくんだけじゃなく、メルさまの笑顔も怖いんですけど。
ユベールくん、頼むから『新入生歓迎舞踏会』は諦めてください。お願いしますぅー。