176.おやつの試食のその前に
たいへん申し訳ございません。前回の更新から1か月以上あいてしまいました……気がついたら1か月なんてあっという間に過ぎちゃってましたよぅ(´;ω;`)
とりあえず本日5話更新いたします。
まずは1話目です。
「本日はようこそおいでくださいました」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「ルーディちゃんのおやつ、今日も期待しているわよ」
「本当に楽しみね、どんな栗のおやつを食べさせてもらえるのかしら」
玄関ホールに、次々とお客さまが到着してる。
相変わらず寝不足っぽいお母さまも、レオさまメルさまと顔を合わせると本当に嬉しそうだ。さっそく3人で集まって、女子学生的ノリで楽しそうに話している。
で、私はというと、リドさまにさらっと手を取られちゃってるんですけど。いや、例の手の甲に鼻の頭ちょんをされないだけマシかもしれないけど。
「ルーディ嬢、今日のお衣裳もよくお似合いですね」
「まあ、ありがとうございます、リドさま」
とりあえずにこやかに私が応えると、すかさずユベールくんが割り込んできた。
「本当に、ルーディお姉さまは先日の濃い緑色のお衣裳がとてもお似合いでしたけれど、今日のこういう淡い色合いのお衣裳もとってもお似合いですね」
言いながら、ユベールくんもさらっと私の空いていたほうの手を取ってくれちゃう。
「ユベールさまも、ありがとうございます」
やっぱり私はにこやかに応えるしかないんだけど、なんでこのお2人の間にはずっとこう、緊張感が漂ってるかな……リドさまも、中学生男子を相手に張り合わないでくださいってば。
両手に花ならぬ両手に侯爵さまと伯爵さま状態になっちゃって、どうにも私の顔が引きつっちゃいそうになったとき、メルさまがこちらに参加してくれた。
「本当にそうよね。ルーディちゃんはこういう淡い色も似合うのね。背中の紅いリボンもとってもかわいらしくて素敵だわ」
「ありがとうございます、メルさま」
いやー、絵師でセンス抜群って感じのメルさまに褒めてもらえると、さすがに本気で嬉しいです。
そこにレオさまも参加してきた。
「本当ね、先日の濃い緑色のお衣裳もルーディちゃんはとっても似合っていたわ」
レオさまはそこでちょっと苦笑する。「濃い色のお衣裳って、学院に通っているような年齢の令嬢はあまり身に着けないでしょう? でもルーディちゃんがとっても素敵に着こなしていて、わたくし本当に感心したのよ。その上、今日の淡い色合いのお衣裳もとっても似合っていて」
「レオは苦労していたものね」
メルさまがそう言って、お母さまと顔を見合わせてくすくすと笑った。
「本当にレオは、パッと目を引く鮮やかな色しか似合わないのですもの」
「そうなのよ」
レオさまはなんだか悔し気に言った。「若い令嬢らしい装いだといわれている、ふんわりとやわらかそうな色合いが、わたくしはまったく似合わないのだもの」
ちなみにレオさま、本日は目の覚めるようなロイヤルブルーのドレスをお召しです。
「でも、レオが卒業式で着ていたあの銀色のお衣裳は本当に素敵だったわ」
お母さまがうっとりと言い、レオさまもちょっと嬉しそうに答えた。
「そうね、実はあの衣装を見たててくれたのは、ヴォルフなのよ」
おおう、公爵さま、ガチじゃん。ガチでファッション関係お得意ですか、公爵さま?
いや、でも待ってレオさまの卒業式って……レオさまと公爵さまっていくつ歳が離れてるんだっけ? 6つ? 7つ違い? ってことは、11歳とかそんな年齢でお姉さまのドレスを見立てたってこと?
私だけじゃなく、メルさまとお母さまもびっくりしてる。
「まあ、公爵さまが?」
「あの銀色のお衣裳って、そうだったの?」
「そうなの、ヴォルフがね――」
「私がどうかしましたか、レオ姉上?」
って、真打登場よろしく、公爵さまが到着されました。
もちろん、後ろに控えながら肩をひくひくさせちゃってるアーティバルトさんもセットです。
で、さすがに公爵さまご到着で、私だけでなくリドさまもユベールくんも挨拶が必要なため、ようやくそろって私の手を放してくれた。
「ようこそお越しくださいました、公爵さま」
私がさっとカーテシーでご挨拶すると、リドさまもユベールくんもご挨拶する。
「閣下、本日もご一緒させていただきます」
「本日もよろしくお願い申し上げます、公爵閣下」
続いて、お母さまとメルさまもカーテシーで挨拶してる。
でもさすがに実姉のレオさまは気安い感じだ。
「ヴォルフ、いまルーディちゃんのお衣裳がとっても素敵でお似合いねっていう話をしていたのよ」
公爵さまの眉がちょっと上がり、その藍色の目が私を検分してくれちゃう。
「ふむ。確かに本日の衣装もよく似合っている」
「そうでしょう」
レオさまが嬉しそうにうなずき、それからちょっと首をかしげた。
「でもヴォルフ、貴方のその口ぶりでは、ルーディちゃんのお衣裳を見立てているのは貴方ではないのね?」
レ、レオさま、なんか恐ろしいことをおっしゃっていませんか?
公爵さまに、その、私の衣装を見立ててもらうだとか……。
思わず挙動不審っぽくなりながら、私はおっかなびっくり公爵さまをチラ見してしまう。
でも公爵さまは淡々と答えた。
「私ではありません、レオ姉上」
そこで公爵さまとレオさまの視線が同時に私に向いてきて、私は慌てて言った。
「あの、わたくしの衣装は出入りの、いえ、専属になってくれましたツェルニック商会が見立ててくれております」
「あら、専属の商会がすでにあるのね、ルーディちゃん」
「あ、はい、わたくしの、ではなく、ゲルトルード商会の専属なのですが」
「ええ、ツェルニック商会は本当に見立てがいいのよ。ルーディの美しさを本当によくわかってくれていて」
お母さま、参戦です。
「わたくしの衣装のお直しばかりなのだけれど、本当に驚くほどルーディに似合う見立てをしてくれるの。色だけでなく形も、すっきり直線的なもののほうがルーディには似合うと言って、すべてお直ししてくれて。お衣裳に合わせる靴やレティキュールといった小物も、ぜんぶ見立ててくれるのよ」
「そう言えば、出入りの商会の見立てという話だったな……」
公爵さまがぼそりとつぶやくのが聞こえて、私はハッとした。そうだった、ツェルニック商会の話をしておかなければ。
「あの、公爵さま、先日お話ししました、ツェルニック商会の意匠登録の件なのですけれど」
「うむ」
銀の散った藍色の目が私の目をのぞき込む。
「登録用の意匠が仕上がってきましたので、ぜひ公爵さまにもご確認いただきたいのです。本日ご試食のあと、ツェルニック商会も商会店舗での面会を希望しております」
「そうか、それは楽しみだ」
やっぱ公爵さま、ガチっすね? だって眉間の縦ジワはデフォルトのまんまだけど、それでもやっぱり嬉しそうなんだもん。
「はい。ただ、そうしますと本日商会店舗では、商会員希望者の面接と下働きの顔合わせ、それにツェルニック商会との面談となります」
うなずく公爵さまに、私はさらに言う。
「そしてもうひとつ、新作おやつの試食も、商会員にしてもらおうと思っているのです」
「新作おやつとは、本日の栗のおやつのことだろうか?」
「そうです。ただし、栗を使わなくても美味しくいただける新しいおやつも考案しましたので」
「なんと」
「栗がなくても美味しいおやつですって?」
公爵さまだけでなく、レオさまも食いついてきました。
それに、メルさまユベールくん、リドさまもパッとこちらに向いて、興味津々です。
「はい。焼き菓子なのですが、そのままでも美味しいですし、干し果実やクリームなどを合わせてもさらに美味しくいただけます。本日は、その焼き菓子に栗のクリームを合わせておりますので」
「それでは、さっそくその新作おやつをいただこうではないか」
だから公爵さま、最後まで聞いて! すぐにおやつを食べたいの、わかるけど!
私は笑顔で公爵さまを押しとどめる。
「その焼き菓子を、商会店舗で販売できないかと考えているのです。そのために本日商会員にも試食をしてもらうとなりますと、商会店舗でかなりのお時間をいただくことになるのですが」
「ああ、うむ、そうだな」
やっと私が言いたいことを理解してくれたっぽいわ、公爵さまってば。
「いかがいたしましょう、当家で新作おやつをご試食いただいたあと、新居の下見にも行っていただけるとなりますと、さらにお時間のほうが……」
公爵さまはちょっと眉を寄せ、でもすぐに言ってくれた。
「そうだな、私はすでに下見をさせてもらっているので、今日はもうそちらは必要ないと思うのだが」
「では、わたくしも下見には同行せず、公爵さまとご一緒に商会店舗へ参ります」
「それでいいのか?」
「はい、新居の改装に関しては、母にお願いしました」
私は笑顔で答える。「それに、レオさまとメルさまも母の相談に乗ってくださるとおっしゃっていますし、わたくしは商会のほうに注力させていただきます」
よっしゃ、新居の改装は丸投げOKね!