175.ちょっと黒いことを考えてみた
本日6話目の更新です。
「それでは、本日のお衣裳はこのまま納めさせていただきます。次のお衣裳も整い次第、お届けに上がりますので」
「ありがとう、本当に助かります」
ええもう、明日の栗のおやつ試食会に着る服もこれでバッチリよ。
「ゲルトルードお嬢さまにそのようにおっしゃっていただけるとは、我らツェルニック商会至上の喜びにございます」
うん、通常運転もセットでね。
とか思ってたら、ほかにも用件があるらしい。
頭取であるロベルト兄が言い出した。
「恐縮でございますが本日は、ゲルトルードお嬢さまにご相談と申しますか、お願いがございまして」
「あら、何かしら?」
「先日ゲルトルードお嬢さまよりご教示いただきました、我が商会の意匠登録なのですが」
ロベルト兄が取り出したのは、20センチ四方くらいの黒っぽい布地だった。
「こちらの模様にさせていただこうかと考えております。よろしゅうございますでしょうか」
その布地を受け取ったヨーゼフが、私とお母さまのところに持ってきてくれる。
「まあ、とっても素敵だわ!」
一目見たお母さまが声を上げ、私は布地に描かれた模様に目を見張っていた。
いや、マジですっごいおしゃれ。青みのある黒い生地はビロードのように滑らかな手触りで、そこに金色というか黄金色のコードで円形の模様が縫い付けてあるんだけど。
布地の中央、楕円形の中に大きな花のような模様がふたつ、左上と右下にあり、そのふたつの花をつなぐように蔓草の模様が描かれている。またところどころに小さな真珠色のビーズも散らしてあって、それがすごく上品なアクセントになってるし。
本当に、細いコードが絡み合うように縫い付けられているのにごちゃごちゃした感じがまったくなく、複雑でありながらすっきりと整理されたデザインになってる。
これ、最初に見せてもらったレティキュールに使われてた模様がベースになってるよね? 花と蔓草のモチーフで、それがさらに洗練された感じだわ。
「素晴らしいです」
私が顔を上げて率直に言うと、ツェルニック商会一行の顔がいっせいにほころぶ。
「ありがとうございます。ゲルトルードお嬢さまにそう言っていただけるとは、我ら一同誇りに思います」
「ええ、これは本当に素晴らしいです。とても美しい意匠だわ」
言いながら、私がお母さまに視線を送ると、お母さまも大きくうなずいてくれる。
「本当に素晴らしいわ。華やかなのに不思議な落ち着きもあって。これは、そのまま紋章としても使えそうな意匠ね」
お母さまの言葉に、ロベルト兄が我が意を得たとばかりに言い出した。
「さすがでございます、コーデリア奥さま。実は、この意匠を我がツェルニック商会の商会紋としても登録させていただきたく、それについてもお伺いいたしたく存じておりました」
商会紋!
なるほど、そういう使い方もあるのね。確かに、このデザインならたとえ貴族家の紋章として使っても遜色ないと思うし、何よりコード刺繍で紋を描くっていう発想がいい。
「それは、非常によい案だと思います」
私はすぐにうなずいた。「意匠そのものも素晴らしいですし、さらにこの意匠を商会紋にすることで、コード刺繍ならツェルニック商会、という認識が広まりやすくなると思います」
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま! ありがとうございます!」
ツェルニック商会一同、大喜びである。
しかし、商会紋か。
ちょっとゲルトルード商会にも欲しいかも。一目見てウチの商会だってわかる模様で、カフェの店員にはその紋章の入った制服を着てもらうとか、すごくおしゃれじゃない?
ほかにも、蜜蝋布にもその模様を入れたり、なんならプリンの瓶に入れてもらってもいいかも。
この国では、平民はまだまだ文字が読めない人が多いようだから、一目でどこの商会かわかる紋ってアピール度高いよね。
これはちょっと本気で、公爵さまに相談案件かも。
私がそんなことを考えてると、嬉しそうにロベルト兄が言ってきた。
「それでは、明日にでもエグムンドさんを訪ね、登録の相談をしてまいります」
「あら、明日は……」
面接があるのよ、と言おうとして、私は思い至った。
このさい、ツェルニック商会のこの商会紋を公爵さまに実際に見てもらったほうが、話が早いかも。
「明日は、わたくしも公爵さまとご一緒に商会店舗を訪れる予定にしています。もしよければ、この意匠を公爵さまにお見せしてはどうかしら?」
「公爵さまに、でございますか?」
ロベルト兄以下、ツェルニック商会の面々にちょっと緊張が走った。
すでにご挨拶を済ませているとはいえ、さすがに平民のツェルニック商会一行にとって公爵さまというのは、軽々しくお会いできる立場のかたではないということなんだろう。
そりゃそうだわ、私だって雲の上のおかただと思ってたもん。ええ、つい最近までは。
でもね、あのレティキュールをお見せしてコード刺繍のお話をしたとき、公爵さまってばものすっごく熱心にレティキュールのチェックしてたじゃない? 間違いなく、公爵さまはファッション関係に明るいと思うのよ。
ええもう、その場で自分の衣装、お披露目の『新年の夜会』で着用する衣装にもコード刺繍を入れてくれって言ってきたくらいだし。
だから私は笑顔で言った。
「公爵さまは服飾品に関して造詣が深くていらっしゃるようですし、きっとご興味をお持ちになると思うの。それに、その場で公爵さまのお好みについてもおうかがいできれば、公爵さまのお衣裳に施すコード刺繍に生かすことができると思うのよ」
と、言いつつ、そこからの流れでゲルトルード商会にも商会紋があるといいと思いませんか、って公爵さまにお話を持っていって、さらにそのデザインについてもツェルニック商会に丸投げできないか……と、私はちょっと黒いことも考えてるんだけど。
だって、ツェルニック商会って本当にめちゃくちゃセンスいいんだもん。キャラは濃いけど。
「確かに……確かに、ゲルトルードお嬢さまがおっしゃる通りです」
ロベルト兄が唸るように言い、その兄にリヒャルト弟が小声で話しかける。
「兄さん、公爵さまに直接見ていただける機会なんてそうそうないよ。それにゲルトルードお嬢さまが同席してくださるのなら、おっしゃる通り公爵さまのお好みについてもおうかがいできるかもしれないよ」
ベルタお母さんも小声で言ってる。
「そうだよ、公爵さまはゲルトルード商会の顧問でいらっしゃるのだし、商会紋についても先にご確認いただけるのなら、そのほうがいいに決まってるよ」
うなずいたロベルト兄が、私に言ってくれた。
「承知いたしました、ゲルトルードお嬢さま。それでは明日、我らツェルニック商会もゲルトルード商会店舗へお伺いし、こちらの意匠を公爵さまにご確認いただきたくお願い申し上げます」
「ええ、よろしくお願いしますね」
私は笑顔で答え、それから訪問の時間について相談した。
その結果、明日は公爵さまが我が家にいらっしゃったときにすぐ、おやつの後の予定を確認させていただき、何時ごろ商会店舗へ向かうのか、カールにツェルニック商会へお使いに走ってもらうことになった。カールには、ついでに商会店舗へも寄ってもらえば、ヒューバルトさんやエグムンドさんも準備しやすいと思うし。
「そのようにご連絡までしていただけるのであれば、本当に助かります。ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」
では明日、商会店舗でまたお目にかかります、と言ってツェルニック商会一行は深々と頭を下げて退出していった。
うん、明日、場合によってはまたお仕事増やしちゃうかもしれないけど、よろしくお願いします、と私も心の中でちょっと頭を下げておく。
そんでもって、私のほうも仕事が増えた。
明日、商会店舗にツェルニック商会一行も来る。
ということは、栗のおやつがまたそれだけ必要になるということだー!
ええ、ええ、ツェルニック商会一行にも栗のおやつ、出してあげますとも。
だってね、ドレスのお仕立て直しの料金も受け取ってくれないのよ。新作おやつのおすそ分けくらい当然でしょ。
もう手元の栗は全部使い切るからね、それでも足りるかな、なレベルになってきた。いや、栗だけじゃなくお砂糖が足りるのかが不安になっちゃうくらいだけど。
とりあえず、今日作れる分はもう全部作っちゃおう。
私は気合を入れなおして厨房へと戻ったのであった。