174.栗の調理開始
本日5話目の更新です。
厨房の中が、朝からめちゃくちゃ甘ったるいです。
私が起き出して厨房に下りたときにはもう、マルゴもモリスもせっせとパウンドケーキを焼きまくってくれてました。
昨日、あれからすでに何個か焼いてくれてたんだけどね、モンブラン用とは別にドライフルーツ入りも焼いて一緒にお出しすることにしたので、ホントにフル回転でパウンドケーキを焼いてもらうことになっちゃって。
「おはようございます、ゲルトルードお嬢さま、コーデリア奥さま、アデルリーナお嬢さま」
私たちがそろって厨房へやってきたことで、みんながいっせいに挨拶をしてくれる。
「おはようございます。みんな、朝からがんばってくれているわね、本当にありがとう」
そして流れるように私たちは厨房で着席し、流れるように朝食が並べられていく。うん、なんかもう、朝食室を使わないことに誰も疑問を感じていないらしいです。
今日の朝ごはんは、昨日の晩ごはんと同じメニュー。ジャーマンポテトっぽい感じの、じゃがいもとベーコンと玉ねぎを炒めたおかずに、スープとパン。
このジャーマンポテトっぽいお料理、すっごい美味しいんだ。味付けに何か、ハーブか香辛料が使ってあるらしくて。
昨日の晩ごはんにマルゴが手早く作ってくれたんだけど、ホントに美味しかったので朝も同じメニューでいいってマルゴに言ったの。どのみち、新しい鉄鍋4つに油をなじませるために、何か炒め物を大量に作る必要があったんだし。
でもホントになんだろうこれ、スパイス? ハーブ? ちょっとピリッとしてるんだけど、刺すような感じじゃないから、リーナみたいな小さい子でも美味しく食べられるのよね。リーナもにこにこ顔で食べてるもの。
いまはマルゴも忙しいから問うのは控えてるけど、またそのうちどんな調味料を使ってるのか訊いてみよう。なにしろ、唐揚げに使える調味料が必要だからねー。お醤油がないんだから、スパイスかハーブでいい感じのものがあればいいんだけど。
そんなことを思いながら、美味しく朝ごはんを平らげると、マルゴが進捗を報告してくれた。
「ゲルトルードお嬢さま、パウンドケーキ2種類は、1個目が焼き上がったところでございます。さきほど、3個目を天火に入れまして」
「ありがとう、マルゴ。順調に準備は進んでいるようね」
焼き型に使える鉄鍋が合計6個になったおかげで、2個ずつ3つの天火をフル回転で焼ける。
それに、一晩水に漬けておいた栗もカールとロッタがすでに剥き始めてくれていて、鬼皮が剥かれて渋皮だけになった栗がテーブルの上に積み上がり始めていた。
「昨日打ち合わせた通り、栗の半分は渋皮煮にして、残り半分で栗クリームを作りましょう。クリームにする栗は、茹でるのと蒸すのと、マルゴはどちらがいいと思う?」
私の問いかけに、マルゴは少し考えこむ。
「栗のクリームは、裏ごししたものにお砂糖と生クリームを混ぜるのでございますね?」
「ええ、そのつもりだったのだけれど……バターとお砂糖にしようと思うの。そのほうが、絞り袋で絞れる硬さにしやすいと思うのよね」
そうなのよ、うっかりしてたけど、ミキサーもなしに生栗から作るんだから、裏ごしした栗に生クリームじゃ、絞り袋が使える硬さに加減するのがちょっと難しい。
「では、蒸したほうがいいかもしれませんです。茹でますと、どうしても栗が水っぽくなりますので」
「蒸すほうが茹でるより手間がかかりそうだけれど、大丈夫かしら」
「おまかせくださいませ」
うん、まかせるよ、マルゴ!
そこで、朝食を終えたお母さまとアデルリーナが席を立った。
「では、わたくしとリーナは部屋へ戻りますね」
リーナは課題もあるんだけど、一昨日ジオちゃんと話した本も読んでおきたいらしい。ホンットに私の妹はかわいいだけじゃなくて賢くてかわいくてかわいくて賢くてかわい(以下略)。
いっぽうお母さまは、やっぱり何か書きものをされているようだ。お母さまの書きものって、ホントになんなんだろう? ナリッサによると、お母さまは昨夜も夜更かしして何か書いていたらしいんだけど、あんまり根を詰めてしまうのはよくない気がする。
でも、お母さまはなんだかとっても元気で、むしろイキイキしちゃってるのよねえ。
厨房の扉を出かけたお母さまが、くるっと振り向いてにっこり笑った。
「そうそう、もし今日も料理人のお味見があるのなら、たまたま、私たちも居合わせたいのだけれど、いいかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
私も笑っちゃう。「たまたま、お母さまもリーナも、居合わせていただけるようにしますね」
「ええ、お願いね、ルーディ」
お母さまはリーナを連れて、いたずらっぽく笑いながら厨房を後にした。リーナもさすがにもう、たまたま、の意味がわかってるのでにこにこしちゃってたし。ホンットに、私のお母さまと妹はどうしてこんなにもかわいくてキュートでチャーミングでかわいくてかわいすぎ(以下略)。
そして、私はお料理に参戦である。
カールとロッタの横に座り、栗の鬼皮剥きだ。
なんかロッタが恐縮しちゃってるんだけど、カールはもう慣れてるからふつうに作業を続けてる。いやもう、ロッタも早く慣れてね。
マルゴとモリスは大きな蒸し器を取り出してきて、蒸し栗に取りかかってくれてる。このペースなら、皮を剥いてる間に蒸しあげられるかな?
渋皮煮のほうは、重曹なんてないから何度も何度も茹でこぼさないとアクが抜けないだろうね。ホントに1日がかりだわね。
3人で黙々と鬼皮を剥きまくり、ぜんぶ剥き終えたところで大鍋3つに分けて1回目の茹でこぼしを開始。
鍋が沸くまでの間に、蒸しあがった栗を何個か取り出し、ナイフで半分に切って中身をスプーンでほじり出す。ほじり出した栗をマルゴがていねいに裏ごししてくれる。
そして、モリスがバターとお砂糖をなめらかになるまで混ぜ合わせたところに、裏ごしした栗と牛乳を少しずつ加えながらしっかり練り混ぜた。
「蒸した栗は、残りも全部こうやってクリーム状にしてほしいの」
「かしこまりました、ゲルトルードお嬢さま」
「このくらいの硬さなら、絞り袋できれいに絞り出せると思うのよ」
いかにもモンブランな細い丸の絞り口はないから、星抜き草の六角形の絞りになっちゃうけど、それでもそれっぽくはなると思う。
「パウンドケーキの上に、この栗のクリームを絞り出すのですね。想像するだけでも美味しそうでございます、ゲルトルードお嬢さま」
マルゴが嬉しそうに言い、モリスも横でうんうんとうなずいてる。
それから渋皮煮の茹でこぼし1回目をして、渋皮の繊維を剥がしてきれいにしながら、灰汁が出なくなるまでこの作業を繰り返すのよ、と説明をしていたところで呼び出しがかかった。
ツェルニック商会がお直しドレスを届けにきてくれたらしい。
私は、厨房メンバーに作業を続けてくれるよう指示をして、客間へと向かった。
「クルゼライヒ伯爵家ご令嬢ゲルトルードさま、本日もご機嫌麗しく、私どもツェルニック商会、お目通りをお許しいただき恐悦至極に存じます」
ああ、通常運転のツェルニック商会にホッとするようになっちゃったよ、私。
相変わらずの兄弟と、それに今日もベルタお母さんも一緒に勢ぞろいだ。ベルタお母さん、今日もやっぱりちょっと目の下のくまが気になっちゃうけど。
客間にはすでにお母さまと、アデルリーナも到着していた。
お母さまもリーナも、すでにツェルニック商会から挨拶を受けてたようなんだけど、ちょっと気もそぞろな感じがする。
だってね、客間にまで匂いが……パウンドケーキを焼きまくってる甘くて香ばしい匂いが漂ってきてるんだもんねえ。
でも、通常運転のツェルニック商会は、そんな甘く香ばしい匂いをまったく気にしたようすもなく、さくさくとドレスの試着へと進んでくれた。
私が衝立の陰でささっと着替えさせてもらったのは、先日再度お直しになったベージュとアイボリーのドレスだ。背中を深紅のリボンで絞るヤツね。
「肩回りの具合はいかがでございますか、ゲルトルードお嬢さま」
ベルタお母さんの問いかけに、私は両肩を軽く動かしてみた。
「まったく問題ないわ。どこも突っ張らないし、とても着心地がいいわ」
「それはようございました」
私の言葉に、ベルタお母さんがホッとしたように笑顔を浮かべる。そしてベルタお母さんはすぐお針子さんに指示を出し、大きな鏡を私の前に掲げてくれた。
鏡をのぞいてみると、確かに前回より肩回りがすっきりしているように見える。袖に膨らみがほとんどなくて腕にぴったり沿ってるんだけど、全然きつくないのよね。しかも、伸縮性のない生地なのに、本当に突っ張った感じもない。
ベルタお母さんとお針子さんが微調整をしてくれて、私は新しいドレスを着たまま衝立の陰からでた。
「ルーディ、そのお衣裳もとってもよく似合っているわ。上品でかわいらしくて」
「ルーディお姉さま、背中のリボンがとってもかわいいです」
お母さまもリーナも大喜びしてくれる。
うん、ホントにいい仕事をしてくれるわ、ツェルニック商会は。キャラは濃いけど。