172.進捗と積み残し
本日3話目の更新です。
私はパウンドケーキのお味見について全員に口止め、げふんげふん、この場にいなかった人には話さないように言ってから、お母さまと一緒に居間へと移動した。
ええ、ヒューバルトさんにいじわるしてるんじゃないのよ? だって、ほんの一口だけのお味見とはいえ、公爵さまより先にヒューバルトさんに食べさせてあげちゃったら、どう考えても後々面倒なことにしか、なりそうにないんだもん。
だからごめんね、ヒューバルトさん。
居間ではまず、新居の改装について私はお母さまと相談することにした。
公爵さまのご都合によっては、私はレオさまメルさまとの新居の下見に同行できない可能性もあるからね。
「お母さま、できれば、その、新居の改装については、お母さまにお任せしたいのです」
私がそう言うと、お母さまはちょっと考えてからうなずいてくれた。
「そうね、ルーディ、貴女は商会店舗の改装もあることですし、何より学院へ通う必要があるものね」
「お願いできますか、お母さま?」
「ええ。ただ、わたくしもあまり詳しくはありませんから、レオやメルに相談して進めることになると思うわ。それでもよくて?」
「もちろんです!」
そして、厨房を対面式ダイニングキッチンにすることに関してだけは、改装業者が図面を提示してくれた段階で私もチェックさせてもらうことを、お母さまと確認した。
「後は、先日お話しした通り客室をひとつつぶして図書室にすることと……うーん、それくらいだと思います」
「執務室はどうするの?」
「お任せします。メルさまがお詳しいようですし」
「ああ、確かにメルがそういうことを言っていたわね」
それから、このタウンハウスから持ち出す品についても、お母さまに決めてもらうようお願いした。
「家具でも調度品でも、お母さまがそのままお使いになられたいものを選んでくだされば、収納魔道具に入れて簡単に運べますから」
「あら、そうね、お引越しが終わるまでは収納魔道具を貸してくださると、公爵さまがおっしゃってくださったものね」
「はい、わたくしの私物は、自分で収納魔道具に入れておきますので」
「わかったわ。運び出したいものを選んでおきますね」
「お願いします」
うん、これなら、新居の改装が済み次第、すぐにお引越しできそうな感じになってきたわ。私もだけど、お母さまもリーナも、いま自分の部屋で使っているものをそっくりそのまま、収納魔道具に入れちゃって運んでしまえばいいんだもんね。荷造りする必要、まったくナシよ。
収納魔道具から取り出した大きな家具を新居に設置するのだって、私が【筋力強化】でちょいちょいっと動かせば済むことだし。
ホンット、便利すぎるわ、収納魔道具。
ホントにホンットに、我が家の収納魔道具を取り返したーい!
なんか、私がちょっと心の中でじたばたしてると、ヨーゼフがにこやかに手紙を2通持ってきてくれた。
受け取ったお母さまが、立派な紋章入り封筒の差出人を一目見て声をあげた。
「ヨアンナからだわ!」
思わず、私も身を乗り出しちゃう。
封筒はレットローク伯爵家のもので、紋章入り封筒の中にヨアンナの手紙も同封してあるらしい。
ヨーゼフがすぐに封を切ってくれて、私はお母さまの手元を覗き込み、一緒にヨアンナからの手紙を読んだ。
「やはり、公爵家の馬車がお迎えにきたことに驚いたようですね」
「それはもう、間違いなく驚いたでしょうね」
お母さまと2人でくすくす笑いながら読み進める。
「ああでも、公爵さまがおっしゃっていた通り、ヨアンナは公爵家の侍女頭でいらっしゃるマルレーネさんとは何度もお会いしていて、親切にしていただいたそうよ」
「ではきっとヨアンナも、公爵さまがわたくしの後見人になってくださったことを、喜んでくれていますね」
「ええ、とても驚いたけれど、とても嬉しく思いましたって書いてあるわ」
基本的に、貴族家の使用人は本人が辞めると言いさえすれば、すぐに辞められるものだ。その貴族家から特に慰留されない限りは。
それでも一応、レットローク伯爵家のご当主には、ヨアンナとその夫を我が家でもらいうけます、という内容のお手紙を届けてもらったのよね。ええ、公爵さまの馬車でヨアンナたちを迎えに行った御者さんに。
そりゃーもう、公爵家のお抱え御者が持ってきた手紙であれば、たとえそこに記された紋章がクルゼライヒ伯爵家のものであっても、レットローク伯爵家としては断るなんて絶対できないわよね。
だからわざわざレットローク伯爵家のご当主も、ヨアンナ一家の移籍を了承するお手紙を一筆したためてくださって、そこにヨアンナの手紙も同封してくれたという。
公爵さまの権威をちゃっかり笠に着ちゃったわけだけど、それでヨアンナたちがスムーズにこちらへ移れるのであればOKよ。
「それで、ヨアンナたちがこちらへ到着するのは……あら、もしかして明々後日かしら?」
お母さまが示した、手紙のその部分を私も覗き込む。
「ええ、どうやらそのようですね。もしかしたら、少し遅い時間の到着になるかもしれないと書いてあります」
答えながら、私はむしろ遅い時間に到着してもらったほうがいいかも、と思った。だって、明々後日は子どものお茶会を開く予定だものね。
お母さまもそう思ったようだ。
「そうね、明々後日の到着ならば、少し遅い時間のほうがよさそうだわ。すぐにお夕食にして、ヨアンナたちにはその日はもうゆっくりしてもらいましょう」
「はい、わたくしもそのほうがいいと思います」
うなずいて私は、ヨーゼフに言った。「ヨーゼフ、ヨアンナたち一家の部屋を準備しておいてもらえるかしら?」
「ゲルトルードお嬢さま、すでに準備は調っております」
さすがヨーゼフ、にこやかにそう答えてくれた。
でも、本当によかった。
私としては、よくぞ間に合ってくれた、という感じよ。だって、学院が再開すると、私はナリッサを連れて通学することになる。そしたら日中、我が家の侍女はシエラだけになっちゃうところだったんだもの。
シエラは本当によくやってくれているけど、それでも侍女になってまだ日の浅いシエラ1人で日中すべての仕事をこなしてもらうのは、どう考えても無理だもの。その点、ヨアンナなら侍女経験が長く、しかも以前このタウンハウスに勤めていたこともあるわけだし、安心して任せられるわ。
それでも、公爵さまに指摘されたように、やっぱりあと1人か2人、侍女を雇う必要がありそうなのよねえ。
これからお母さまもお出かけする機会が増えるだろうし、アデルリーナもジオちゃんチにご招待とかありそうだもんね。お母さまもリーナも、侍女を連れずに外出するのは貴族家の、それも伯爵家という上位貴族家の夫人や令嬢としては、『外聞が悪い』ことになっちゃうらしいのよ。
お母さまとリーナのお出かけにともなって、ヨアンナもシエラもお出かけになっちゃったら、お留守番をしてくれる侍女が誰もいなくなっちゃうっていうのはさすがに困る。
それに……と、思って私は、思わず頭を抱えちゃった。
「お母さま、御者問題がまだありました」
「あっ、そうね、そうだったわ」
私の言葉に、お母さまも思わず片手で額を押さえちゃう。
「確か公爵さまが、ご自分のところの御者を貸し出してくださるとおっしゃっていたと思うのだけれど……きちんとご相談しないといけないわね」
「はい。さっそく通学で困ってしまいます」
そうなのよ、我が家の紋章入り箱馬車はそのまま使えることになったんだけど、御者がいないのよ。ハンスではまだちょっと不安なのよね、何しろかなり大きな馬車だから。
それにいくらナリッサが馬車を扱えるとは言っても、まさか紋章付き箱馬車の御者を侍女にさせるわけにはいかない。
ほかにも、新居で護衛を雇うかどうかについても、公爵さまとちゃんと話し合っておく必要がある。
うーん、なんかやっぱ、いろいろとやらなきゃいけないことがテンコ盛りだわ。
昨日まで、とにかく栗拾いをなんとかしなきゃって、もうずっといっぱいいっぱいだったけど、その一大イベントが終わったというだけで、問題はまだ山積み状態なのよね。
その上、さらに大掛かりな試食会をまた開催することになっちゃったし。なんかもう、このまんまの調子で年末まで流されてしまいそうな気がするわ……。
またもや遠い目になっちゃった私だけど、それでももう一通のお手紙のほうは、ちょっとホッとする内容だった。
そちらは、ツェルニック商会からだった。明日、お直しのできた私のドレスを届けたいのですがご予定はいかがですか、っていう問い合わせね。
たぶん、再度お直しになっちゃったベージュとアイボリーの背中リボンドレスだよね。いやもう、新しいドレスを届けてもらえるなら大歓迎です。
ホンット、着々と私の衣装が増えていくことには感謝しまくりよ。まさかこんなに毎日毎日、誰かに会うためにちゃんとしたドレスを着なきゃいけなくなるだなんて、思ってもいなかったもの。
ありがとう、ツェルニック商会。頼りにしてるよ、ツェルニック商会。キャラは濃いけど、兄弟もお母さんも。