171.料理人の義務と権利
本日2話目の更新です。
さてどうしたものかと、私とヒューバルトさんが無言で笑顔の応酬をしてると、お母さまが言い出した。
「あら、でも、それならどうしましょう、明後日は新居の下見も予定しているのだけれど。レオもメルも、本来そのために来てもらうのだし」
「あっ、そうでした!」
そうだよね、新居へ行ってそっちも改装の相談をして、メルさまに業者さんを紹介してもらうんだっけ。
それに、栗のおやつの試食となれば、まあ間違いなくリドさまとユベールくんもくっついてくるだろうし、それだけのお客さまをお母さま1人に丸投げして私は公爵さまと商会店舗へ、というのはかなり微妙な気がする。
うーん、正直、新居の改装に関してはもう、お母さまに全部お願いしたいんだけどな。
私の希望である対面式ダイニングキッチンについてはもう伝えてあるし、客室をひとつつぶして図書室にすることも伝えてあるし。自分の部屋とか執務室とか、私は特にこだわりもナニもないから、お母さまの好きなようにしてもらって全然大丈夫だしね。
「では、まずご来客のみなさまのご意向を、おうかがいいたしましょうか」
ヒューバルトさんが言い出した。「レオポルディーネさまとメルグレーテさまがいらっしゃるのであれば、リドフリートさまとユベールハイスさまもご一緒にいらっしゃる可能性が高そうですし」
うん、ヒューバルトさんもわかってますね。
と、いうことで、結局その場でお手紙を書き、みなさんのご意向を確認することになった。まあ、いずれにせよ栗のおやつの試食会へのご案内は出す必要があったわけだし。
「とにかく、明日1日は栗のお料理のために使わせてもらいます」
私はヒューバルトさんに釘を刺しておく。「栗は、調理に手間も時間もかかるのです。美味しいおやつをご希望でしたら、試食会は明後日以降でお願いしますね」
「かしこまりました」
ちょっと苦笑気味にヒューバルトさんがうなずいてくれた。
「それから、みなさまにご試食していただいて、その翌日くらいに子どものお茶会も開催したいと考えています」
続けて私がそう言うと、ヒューバルトさんはすぐに納得してくれた。
「ああ、はい、それはもう、ジオラディーネさまもハルトヴィッヒさまも、栗のおやつを楽しみにしていらっしゃるでしょうから」
「そうなのです。大人のお茶会と同日に開催してしまうと、我が家の手が足りませんので。別の日にお願いしたいのです」
「かしこまりました。それについても、レオポルディーネさまへのお手紙に書き添えていただけばよろしいかと」
その場で相談しながら、お母さまにお手紙を書いてもらった。
公爵さま宛とレオさま宛、それにメルさま宛で3通。それらをヒューバルトさんが届けて、返事をもらってきてくれることになった。
なんかもう、試食会ってめっちゃ大ごとだわ。あれだけ大量に栗をもらったけど、試食会で全部使い切っちゃいそうなんですけど。
そう思って、私は気がついた。
も、もしかして今後は、新作のお料理を何か作るたびに、コレをやんなきゃいけないってこと……?
冗談抜きでちょっと血の気が引いちゃった私を置いて、ヒューバルトさんは3通のお手紙を手にサワヤカに去っていった。
いやーもう、こっちはすでにぐったりなんですけど。
だってね、昨日の今日よ? ホンットに、昨日の話なのよ、あの超一大イベントになっちゃった栗拾いお茶会は。
それがまた、明後日には同じ規模、いやいや、商会員の試食会もすることになっちゃったからアレ以上よ、その規模でまた高位貴族家勢ぞろいのお茶会込み試食会プラスアルファをするって、いったいどういうことよー。
そう思って……思って、さらに私は、フラグが立ちそうな気がして……か、考えちゃダメ! 絶対に考えちゃダメだよ、私!
ううう、でもとりあえず、お土産が渡せるくらいの準備はしておこう……ホントにあの大量の栗がすぐに全部なくなっちゃうこと間違いナシだわ……。
「なんだかまた、大ごとになってしまったわね……」
お母さまも、さすがにちょっと眉を下げちゃってる。
思わず私もげんなりと言っちゃった。
「そうですね。今後、試食会をどのようにしていくのか、少し考える必要があるようですね……」
私の言葉に、お母さまも気がついちゃったらしい。
ハッと目を見張り、そしてうーんとばかりにお母さまは額に手を当てて目を閉じた。
「そうね……本当に今後、何か新しいお料理ができるたびに、こういうことになりそうですものね……」
ええもう、唐揚げ試食会にポテチ試食会にコロッケ試食会までやってたら、我が家の日常生活が回りませんわ。てか、私、学院へ通う時間がなくなっちゃうわよ、冗談抜きで。
これはもう、本気で何か対策を立てねばならぬ。
私はため息をひとつこぼし、それでもすぐに気持ちを切り替えた。
「ヨーゼフ、急いでリーナとシエラを厨房へ呼んでもらえる?」
「かしこまりまして」
ヨーゼフは理由なんか訊かずにさっと動き出してくれた。
「お母さま、わたくしたちも厨房へ戻りましょう」
「厨房へ? まだ何かあったかしら?」
「ええ、あるのです。急ぎましょう」
厨房へ戻ると、私はまたカールに頼んでハンスを呼んできてもらう。リーナとシエラもすぐにやってきた。
全員がそろったところで、私は重々しく口を開いた。
「それでは、本日の新作おやつのお味見をいたしましょう」
「えっ、ルーディ、今日はもう試食はないと、さっき……」
「試食ではありません、お味見です、お母さま」
思わずという感じで声を上げちゃったお母さまに、私はビシッと大真面目に言った。
「料理人が、自分の作ったお料理の味を知らない、などということがあってはなりません。作ったからには、必ずどのようなお味なのか確かめておく必要があります。そうやって初めて、自信をもってお客さまにお勧めできるのです」
私の前に並んでいたマルゴたち、厨房スタッフの顔が一気にほころぶ。
そりゃもう、当然のことを私は言ってるだけよ。自分が作ったお料理に責任を持たなきゃね、料理人は。
で、さらに私は言っちゃう。
「お料理のお味見をすることは、料理人の義務であり権利です。そして、料理人以外の人たちは、たまたま、お味見をするその場にたまたま、居合わせたために、おすそ分けをもらってしまうにすぎません」
「ええ、たまたま、居合わせたのよね、わたくしたちは」
お母さまもパーッと嬉しそうに笑ってくれちゃった。
リーナはまだよくわかってないのか、きょとんとしてるんだけど。
私はさくさくとマルゴを促した。
「マルゴ、ヒューバルトさんがお使いに出てくれたのだけれど、また戻ってくることになっているの。この隙に、いえ、この時間に、みんなでパウンドケーキのお味見をしてしまいましょう」
「よございます、ただいまご用意いたしますです」
マルゴも、めっちゃ嬉しそうです。
テーブルの上には、私が指示をしておいた通り、型から抜かれたパウンドケーキがふたつ、固く絞った濡れ布巾に包まれて鎮座している。
マルゴがその濡れ布巾を外すと、ふわーっと甘い香りが広がった。
「お味見なのだから、本当に一切れずつにしておきましょう」
「わかりましてございます、ゲルトルードお嬢さま」
丸いパウンドケーキに、さっくりとナイフが入る。
マルゴの手によって薄く切り分けられた2種類のパウンドケーキが、お皿に並べられていく。おまけに、ヨーゼフとナリッサが素早くお茶まで淹れてくれた。
「さ、お母さま、それにリーナも、お味見をどうぞ」
私がケーキの載ったお皿を差し出すと、もうお母さまもリーナも目をキラキラさせちゃって、ホントにホンットに私のお母さまと妹はどうしてこんなにもかわいくてかわいくてかわいくてかわい(以下略)。
お母さまが、フォークに乗せたケーキを口に運んだ。
「まあ、なんて美味しいの!」
アメジストの目を真ん丸にしたお母さまが、一口食べたとたん、言い出した。
「クッキーともパイとも違うわ、お口の中でほろっとほどけるような感じで……それにあんなにお砂糖を使っていたのに、甘すぎるなんてことも全然なくて」
「お母さま、干し葡萄と干し杏を混ぜたほうも、召し上がってくださいませ」
私が笑顔で促すと、お母さまはうなずいてもうひとつのパウンドケーキも口にする。
「こちらはさきほどのものと比べると、しっとりとしているわ。同じ材料で作ったのよね、なんて不思議なの。こちらもとっても美味しいわ」
リーナもお母さまと同じアメジストの目を丸くして、でもすぐに次の一口をフォークで運んじゃってる。
「とっても美味しいです、ルーディお姉さま!」
マルゴも目を丸くして言い出した。
「ゲルトルードお嬢さま、これはまたなんとも美味しゅうございます! それに、まったく同じ材料でしたのに、こんなにも口当たりが違うのでございますね!」
「ええ、手順を変えてみたのは成功だったわね。どちらも美味しく焼けているわ」
モリスは無言で噛みしめるように食べてるし、ロッタとカールとハンスは美味しい美味しいと言いながらもうペロっと食べてしまった。
シエラも目を丸くしてるし、ナリッサは澄ました顔をしてるけど最初の一口のときはちょっと目を見張ってたし。ヨーゼフもにこにこしちゃってる。
私は厨房を見回して言った。
「おそらく明後日になると思いますが、おおぜいのお客さまがこのおやつの試食にいらっしゃることになったの。大きな催しが終わったばかりだというのに、本当に申し訳ないけれど、またみんなで美味しいおやつを作って、お客さまを驚かせてあげてちょうだいね」
「もちろんでございます、ゲルトルードお嬢さま!」
うん、みんな頼んだわよ!