170.予定を確認しておきましょう
申し訳ございません。なんと1か月ぶりの更新です。
とりあえず本日は6話更新いたします。
まずは1話目の更新です。
とにかく、この甘くて香ばしい匂いに耐え切れなくなる前に、私たちは客間へと避難、じゃなくて移動することにした。
ヒューバルトさんもさすがに、このまま厨房に居続けるのは無理だと思ったみたいですぐに同意してくれたんだけど、その前にひとつ、と言い出した。
「こちらの布を、何枚かゆずっていただけませんか。魔法省魔道具部の弟に、実験用として届けてやりたいのです」
「あら、もちろん構いません。何枚でも持っていってください」
そりゃーもう、ハンバーガーを包んだ蜜蝋布も、フルーツサンドを包んだ蜜蝋布も、プリンの瓶のふたに使った蜜蝋布も、それぞれ何十枚もあるんだから。
私はロッタとカールに指示を出して、手早く洗った蜜蝋布を何枚か、乾いた布巾できれいに水気を拭きとってもらった。
「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」
ヒューバルトさんが嬉しそうに、蜜蝋布を何枚も、時を止めないほうの収納魔道具に収納している。
「それで、申し訳ないのですが、近いうちにこの布の作り方を教えていただけませんか。もちろん、魔法省魔道具部と正式に契約を結んでからで結構ですので」
「それでしたら、一度わたくしが魔法省魔道具部におうかがいして、直接ご説明差し上げたほうがいいかもしれませんね」
魔道具を作ってるところを見学させてもらえるかも!
と、ちょっと期待を込めながら私がそう答えると、ヒューバルトさんもうなずいた。
「そうしていただければ、非常に助かります。ただ、ゲルトルードお嬢さまはもうすぐ学院が再開されると思うのですが……」
うん、それなんだよ。
学院にまた通い始めたら、日中はずっと学院に居ることになっちゃうからね。
「そうですね、作り方自体はとても簡単ですので、学院が早く終わった日の放課後などでもよろしければ……」
「ありがとうございます。本当に助かります」
そう言って頭を下げるヒューバルトさんは、なんか本当に弟さんのことをかわいがってるんだなあって感じがあふれてる。
「公爵さまとも相談して、日程を調整させていただきます。ゲルトルードお嬢さまも、この日なら訪問が可能という日がおわかりになりましたら、ご連絡ください」
「わかりました。布など材料も用意しておきますね」
「助かります。本当にありがとうございます」
それから私は、ヒューバルトさんとお母さまと一緒に客間へと移動した。もちろん、ヨーゼフとナリッサも一緒よ。この辺、貴族は必ず執事や侍女が付いてきてくれるのよね。
アデルリーナはシエラと一緒に子ども部屋へ。なんでも、リケ先生から課題が出ていて、本を読む必要があるらしい。リケ先生、食いしん坊なだけじゃなく、ちゃんと家庭教師してくれてるのよね、やっぱりいい先生よね、なんかこう、リケ先生の立ち位置にはイロイロ、思うところがないでもないんだけど。
客間へ入って腰を下ろすと、ヒューバルトさんがすぐに説明を始めてくれた。
「今後の予定といたしましては、まず国軍との携行食糧採用の契約と、魔法省魔道具部との魔道具加工契約ですね。こちらは近々関係機関から書類が届きますので、ゲンダッツ弁護士が確認の上、ゲルトルードお嬢さまと公爵さまの承認をいただく形になります」
「わかりました」
うーん、ホントにちゃんと契約すんのね。と、私がうなずくと、ヒューバルトさんが続ける。
「そして、商会店舗の改装です。こちらは、エグムンドさんが業者を選定していまして、ゲルトルードお嬢さまと公爵さまの承認をいただき次第、取りかかることになります。基本的に1階部分、厨房を中心とした改装となりますので、まずは業者が引いた図面を確認し、細部を検討の上発注することになります」
「やはり、大掛かりな改装になりそうですね」
とりあえず、店舗の運営は年明けからってことにしてるけど、こっちの道のりも結構長そうだわ。
そう思っちゃった私に、ヒューバルトさんがうなずく。
「そうですね、改装の具合にもよりますが、年内には終えるよう手配を進めております。まずは、店頭でプリンの販売からと考えておりますので」
「ええ、いきなり飲食店は少し難しそうですものね」
まずは店頭で瓶入りプリンの販売と……パウンドケーキならプリンに比べれば日持ちもするし、蜜蝋布で包んで販売すればかごに入れて持ち帰れるんじゃないかな?
でも、ハンバーガーやホットドッグはちょっと方向性が違う気がする。うーん、いっそカフェにしないなら、おやつと軽食のテイクアウト店っていう線もアリなんだけど。
飲食店としてのコンセプトについて、公爵さまとちゃんと話し合っておく必要がありそうよね。放っておくと公爵さま、自分が食べたいお料理を全部売り出すとか言いそうだもんなー。
「店舗の改装にも関わることなのですが」
ヒューバルトさんがさらに続ける。「コード刺繍の作品を展示する場所を設けるべきか、一度公爵さまともご相談したほうがよさそうですね」
「ああ、それは確かにそうですね」
私もうなずいた。もともと、私がイメージしたのは雑貨カフェなんだよね。コード刺繍の施されたレティキュールとかショールとか、そういう小物を展示して販売するのっていいなーって思ってて。
またそれを商品見本みたいな感じで扱って、ツェルニック商会にオーダーするっていう流れにすればいいかなって思うし。
「ツェルニック商会も非常に張り切っておりますし、今後のことも考えて刺繍工房をひとつ買い取るための選定にも入っています。『新年の夜会』でゲルトルードお嬢さまと公爵さまのお衣裳が話題になれば、注文が殺到する可能性が高いですからね」
あー、うん、私の残念ダンスは抜きにして、ドレスだけ評価してもらえたら、だわね。でもって、そのドレスっていうか衣装は、公爵さまとおソロっていう、ねえ。
それでもコード刺繍が話題になってくれて、それでツェルニック商会が潤うなら、少しは頑張ろうと思えるわ……うん、少しは、ね。はぁ……。
ちょっと遠い目になっちゃった私に、ヒューバルトさんがさらに言ってきた。
「それから、ゲルトルード商会に参加したいという者がおりますので、一度ゲルトルードお嬢さまと公爵さまに面接をお願いしたいのですが」
「あら、どんな人かしら?」
新入社員?
いや、確かにこれから人手はもっと必要になるから、どんどん人を増やしていかないと、なんだけど。
「商業ギルドでクラウスと同僚だった青年です」
ヒューバルトさんがにこやかに言った。「商家の次男坊で、なかなか如才ない男です。クラウスだけでなくエグムンドさんも、彼ならいいだろうと言っています」
おおう、そりゃまたよさげな人材じゃない?
「そうなのね。クラウスもエグムンドさんも評価しているような人なら、大歓迎だわ」
私が笑顔でうなずいたとき、ずっと黙って私たちの話を聞いていたお母さまが口を開いた。
「そう言えば、シエラから相談を受けたわ。シエラとハンスの弟を、ゲルトルード商会で雇ってもらえないでしょうか、って」
「シエラとハンスの弟ですか?」
私だけでなく、ヒューバルトさんも眉を上げた。
お母さまは笑顔でうなずく。
「ええ、カールと同じ12歳なのですって。だから、まずは下働きや使い走りでお願いしますと、本人がゲルトルード商会で働くことを希望しているのだとか。基本的な読み書きや計算もできるそうよ。特に計算は得意です、ってシエラが言っていたわ」
「それはまた、願ってもないことですね」
ヒューバルトさんがすぐに反応した。「いまは使い走りにいたるまで、すべてクラウスにしてもらっていますから。クラウスには、もっと覚えてもらいたいことがたくさんあります。使い走りや下働きをしてくれる子どもが欲しいと思っていたところなのですよ」
「そうね、しかもシエラとハンスの弟なら、言うことないわ」
私もうなずいちゃった。
カールと同い年だっていうし、シエラとハンスがいるから我が家と商会との行き来もしやすいと思う。お使いだって頼みやすいわ。
「では、いかがいたしましょう、クラウスの元同僚と一緒にその子の面接もなさいますか?」
「シエラとハンスの弟なら、特に問題はないと思うけれど」
ヒューバルトさんの問いかけに、私はお母さまと顔を見合わせてうなずきあった。
「それでも一度、顔を見せてもらっておきたいわね。公爵さまにも、念のため顔を覚えていただく必要があると思いますし」
そう答えた私たちに、ヒューバルトさんは笑顔で言い出した。
「そうですね、では、明後日の試食会の前か後に、ゲルトルードお嬢さまと公爵閣下に商会店舗へ出向いていただくというのはいかがでしょうか? そこで入会希望者の面接と、その子の顔合わせをしていただければ」
うん、さすがぬかりないね、ヒューバルトさん。
つまり、新作おやつを持って商会店舗へ来てほしい、と。そう言ってるのよね?
私がさっき、商会員にも試食してもらうつもりだって言ったもんね。だから、面接ついでにおやつを食べさせてほしい、と。そんでもって、同じメニューであっても1日に2回食べられるなら、公爵さまが反対するワケがない、と。
それに収納魔道具があれば、商会店舗へお茶会試食セットを持っていくのだって、難しくないしね。なんかもう、商会店舗での給仕はお任せください、とまでヒューバルトさんの顔に書いてある気がするわー。