168.まあ当然こういう流れになるよね
本日3話目の更新です。
パウンドケーキっていうのは、小麦粉とバターと卵とお砂糖を1パウンドずつ、すべて同量で混ぜて作ることからそう呼ばれてるんだって、何かで読んだわ。もちろん、前世での話だけど。
そんでもって、とにかくお砂糖を大量に使いまくることもあって、まだこの世界にはなかったんだろうなとも納得しちゃう。
実際、小麦粉200グラムと卵4個はいいとして、バター200グラムとお砂糖200グラムって、本気で目を剥く量だもんね。マジでこれ全部1回で使うんかい、カロリー爆高過ぎるでしょ、ってちょっと気が遠くなりそうだもん。
案の定、マルゴもびっくりしてる。
「ゲルトルードお嬢さま、あの、お砂糖をこんなにもたくさん、1回で使うのでございますか?」
「ええ、本当にぜいたくでしょう?」
4種類の材料を計ってボウルに入れて並べて、これを全部混ぜて天火で焼くのよ、と私は説明したんだけど、マルゴだけでなくモリスもロッタもカールもぽかんとしちゃってる。
お母さまとリーナもテーブルの向こうから身を乗り出して見てるんだけど、やっぱりあっけにとられちゃってるみたい。
「それで、ええと、ゲルトルードお嬢さま、天火で焼くとおっしゃいますと……」
「これに流し込んで焼こうと思うの」
私が取り出したのは、スキレットのような丸い鉄鍋だ。持ち手も鉄製で、直径は20センチくらい。しかも割と深さがある。これなら、パウンドケーキの丸型としてそのまま天火に入れられると思う。
それに、同じサイズのものが2つあるので、シュガーバッター法とフラワーバッター法の両方を試せそう。フラワーバッター法のほうは、バタークリームサンドで使った干し葡萄と干し杏も混ぜちゃうもんねー。
では、早速始めましょう。まずは、天火の予熱を開始。
私はマルゴとモリス、それぞれに指示を出した。
「同じ材料でも、手順を変えると焼き上がりが違ってくると思うのよ。試作なのだから、いろいろ試してみましょう」
などと言いつつ、マルゴにはメレンゲを使うシュガーバッター別立て法で、そしてモリスにはフラワーバッター法で、パウンドケーキのタネを作ってもらうことにした。
2人とも真剣に、またがっつり力を込めて、私が言った通りの手順で材料を混ぜてくれる。
いやーホンットに、おやつ作りって腕力勝負よね。がっしがっしと混ぜる・泡立てるの連続だもん。
そう言えばヒューバルトさんに、電動ならぬ魔動泡立て器を依頼したけど、どうなったかな。珍しく、今日はヒューバルトさんが顔を出してきてないのよね。
それにつけても、やっぱマルゴはすごいわ。
私が指示した通り、材料をまったく分離させず、しかもふんわり空気を含ませたなめらかな仕上がりにしてくれた。これなら、ふわふわほろほろの焼き上がりになること間違いナシよ。
そしてモリスのほうも、しっかりなめらかに混ぜ合わせてくれた。そこに、バタークリームサンドでも使った、甘いお酒に漬けこんでおいた干し葡萄と刻んだ干し杏を混ぜちゃう。こっちは、しっとりとした焼き上がりを期待、だわ。
「これは……まったく同じ材料を使いましたのに、手順を変えただけではっきり違いが出ておりますね」
2つのボウルをマルゴが覗き込んで感心してる。
モリスもその横で、熱心に覗き込んでる。
「ええ、やっぱり卵の白身を分けてメレンゲにしてから混ぜたほうは、ふんわり焼き上がりそうよね」
私はそう言って、それぞれのタネを薄く油を塗った丸い鉄鍋に流し込んでもらった。それから気泡を抜くために、タネを流し込んだ鉄鍋を1回だけトンっと落とす。
予熱しておいた天火にタネを流し込んだ鉄鍋2つを入れて、あとはじっくり焼くだけ!
「どれくらい焼きますですか?」
「そうね、四半刻(30分)だとちょっと焼き足りなさそうだし、半刻(1時間)だと焼き過ぎると思うわ」
マルゴの問いかけに、私は天火の火加減を確認しながら答えた。
「火力も強くなりすぎないよう、途中で扉を開けて熱を逃がしたほうがいいかもしれないわね。そうじゃないと、表面が焦げてしまいそう」
いやもう、自動温度設定なんてないからね、この世界のオーブンは。
「ルーディ、それでは半刻(1時間)後には、新しいそのおやつを試食させてもらえるのかしら?」
テーブルの向こうから、興味津々でようすを見ていたお母さまが声をかけてきた。
「そうですね、少し冷ましてからでないと鉄鍋から取り出せないと思いますし、味がなじむにはもう少し時間を置いたほうがいいとは思いますが」
振り向いて答えた私に、お母さまは思案するように首をかしげる。
「そうなのね。でも、試食ができるのであれば、公爵さまにお声をかける必要があるのではないかと思うのだけれど……」
それなー。
ホンット、頭を抱えたくなっちゃう案件なんだけど。でも、これだけ大量のお砂糖を提供していただいたことだし、そもそも試食に公爵さまを呼ばなかったなんてことになったら、後々ものすごく面倒なことになりそうな気しかしないのよね。
お母さまは、さらに思案しながら言ってくれちゃう。
「それに、公爵さまを試食にお呼びするのであれば、レオとメルも呼んで差し上げないと、と思うのよね……」
ますます、それなー、だわ。
昨日、しっかり約束させられちゃったもんね、試食にレオさまメルさまもお呼びするって。そんでもって、レオさまメルさまも試食にお呼びしたら……。
私は思わず言っちゃった。
「レオさまとメルさまもお呼びすれば、おそらくリドさまとユベールさまもいらっしゃいますよね……」
「その可能性は高そうね……」
お母さまもちょっと遠い目になっちゃってます。
これはもう、諦めるしかなさそう。
正直に息を吐きだしながら、私は言った。
「お母さま、みなさまにお声がけして試食会を開きましょう。栗のお料理の都合もありますので、できれば明後日にと思うのですが、どうでしょうか?」
「ええ、明後日なら、レオとメルが新居の下見に来てくれることになっているの」
お母さまがちょっと嬉しそうに言う。「下見の後に、試食会ということでお茶にお誘いすればいいのではないかしら?」
「そうですね、そうしましょう。そのさいに、リドさまとユベールさまもいらっしゃるのか、確認させていただければ……」
私がお母さまとうなずきあっていると、お母さまと並んで座っているアデルリーナが、なんだかちょっと泣きそうな顔で言い出した。
「あの、ルーディお姉さま、その、ジオちゃんとハルトくんは……」
おおう、リーナのお友だちも試食!
そ、それは確かに……確かに、外すわけにはいかなさそう。だって、このかわいいかわいいかわいい私の妹の、初めてのお友だちですもの!
「そうね、ジオさまとハルトさまもきっと、ご試食されたいわよね」
私がそう言うと、リーナはパーッと顔を輝かせた。
「はい、ジオちゃんもハルトくんも、きっと大喜びしてくれると思うのです!」
あああああもうダメ、このかわいいかわいいかわいいアデルリーナのお願いを、私が断れるわけがないでしょう! 本当に私の妹はもう罪なほどにまでかわいくてかわいくてかわいく(以下略)。
って、もうすでに十分過ぎるほどにかわいくてかわいくてかわいいのに、アデルリーナはさらに言い出してくれちゃった。
「あの、ルーディお姉さま、それに、あの、リケ先生と、ファビー先生も……」
ええもう、このさい、オールスターフルメンバーで試食会にしましょう!
リケ先生は、我が家を訪問してもらったときに当然新作おやつもお出しするけれど、ファビー先生もあんなに期待してくれちゃってたもんね。
子どものお茶会をするのならば、家庭教師の先生が同伴されることが当然のようだし、それにお勉強会の名目で我が家を訪問できないだろうかなんて、ファビー先生がリケ先生と相談してたことだし。
いやもう、みなさん超真剣に栗を拾い集め、しかもこうして翌日には山盛りの栗を公爵さま直々に届けてくださったわけだし、栗のおやつに対する期待感がすごいことはよくわかってます。
どのみち、やらないとダメなんだと思うわ、栗のおやつ試食会。
やりましょう。
パウンドケーキにマロンクリームと渋皮煮を添えて、なんちゃってモンブランを試食していただきましょうとも!
私はその場で、お母さまとマルゴと相談した。
その結果、明後日栗のおやつ試食会を開催し、アデルリーナの子どものお茶会は明々後日に開催することになった。
やっぱ、子どものお茶会も同時開催だと我が家の人員が足りなさすぎるし、できれば私とお母さまも一度、リーナと一緒に子どものお茶会に参加したいのよね。
「では、明日1日は、栗のおやつ作りにまるまる使えるというわけでございますね?」
マルゴの問いかけに私はうなずく。
「ええ、栗をお砂糖で甘く煮るにしても、灰汁抜きなどかなり時間がかかると思うの。それに、栗を蒸すか茹でるかして裏ごしして、栗のクリームを作るのにもやはりちょっと時間がかかると思うから……それで明後日に備えましょう」
「かしこまりました。そうしていただけると助かります」
ホントにね。昨日の今日でもうこんな状況だもんね。またもや2日後に試食会っていうかほぼお茶会だもんね。
「では、いま焼いております『ぱうんどけーき』でございますか、そちらも追加で焼いたほうがようございますね?」
「そうね、明日また2個ずつ焼きましょうか。いま焼いているぶんは……」
って、話している間にもケーキが焼き上がる甘くて香ばしい匂いが立ち込めてきた。いやーもう、ケーキを焼くこの匂いってたまんないよね。
なんて、思ってたら。
「これはこれは、とんでもなく美味しそうな香りがしていますね!」
来たな、ヒューバルトさんめ!