167.やっぱり新作に取り組みます
本日2話目の更新です。
私は、ヨーゼフが捧げ持っているトレイに並んでいるお財布サイズ革袋をひとつ取り、まずマルゴを呼んだ。
「マルゴ、本当にありがとう。貴女がいなければ、今回のお茶会は絶対に成功しませんでした。本当に貴女のおかげよ」
さすがにマルゴもすっごく嬉しそうだ。
「もったいないことでございます、ゲルトルードお嬢さま」
「お料理そのものもだけど、貴女が最初に言ってくれた通り、どのお料理もたくさん余分に作っておいたでしょう? そのおかげで本当に助かったの」
私は思わずマルゴの手をぎゅっと握った。「だって、王妃殿下がいらしたとき、もうお料理が何も残ってないなんてことになっていたら……考えただけでも背筋が凍るわ」
「そ、それは、さすがにそうでございますね」
マルゴも、ごっくんと喉を鳴らしてくれちゃった。
私はマルゴの手を握る自分の手にさらに力を込めて言った。
「それにね、王妃殿下にお土産をお渡しすることもできたの。残っていたお料理をかごに詰め込んで……おそらく、昨夜は国王陛下も王太子殿下も、我が家のお料理を召し上がってくださったと思うわ」
「こ、こここ、国王陛下でございますか!」
またもやマルゴの目が零れ落ちそうなくらい見開かれちゃった。
私はうなずく。
「ええ、エクシュタイン公爵さまによると、国王陛下はきっとハンバーガーがお気に召すだろうとのことで……実際のところはわからないけれど、もしかしたらそのうち、陛下のご感想が公爵さまを通じて届くかもしれないわ」
「なんという……」
マルゴが天を仰いだ。
いや、その気持ちはわかるよ。王妃殿下に召し上がっていただいたっていうだけでも十分仰天モノなのに、国王陛下だもんね。
でも、マルゴはすぐに私に向き直り、ぎゅっと私の手を握り返した。
「ゲルトルードお嬢さま、これはもう、今後はゲルトルードお嬢さまが考案なさいますお料理はすべて、王家のみなさまがたにも召し上がっていただけるものとして、このマルゴ、いっそう精進してまいりますです!」
お、おおう、マルゴ、その心意気は嬉しいけど、やっぱり変なフラグは立てないで!
いや、でも、そりゃ、公爵さまは絶対、今後も我が家で新作料理を試食したら、ベルお姉さまに自慢すること間違いナシだとは、私も思うけど!
「そ、そうね、これからもぜひよろしくお願いするわ、マルゴ」
って、私はそうとしか応えられないわよー!
それから、モリス、ロッタと報奨金を渡してあげる。
モリスは神妙な顔で受け取り、ロッタは自分ももらっていいのかと最初はびっくりしてたみたいなんだけど、当然だと言ってあげるともうニッコニコになった。
カールに続き、ハンスにも渡そうと呼ぶと、ハンスはぽかんとしてる。
「へ? オレ? いや、あの、私は……」
「確かにハンスは厨房での作業はなかったけれど、門番をはじめ外回りの仕事を全部こなしてくれていたでしょう? そのおかげで、みんなお料理に集中できたのよ」
そう言って私は、ハンスの手に革袋を握らせる。
ぽかんとしてたハンスの顔がみるみる紅潮していき、笑顔が隠しきれなくなった。
うんうん、当然だからね、本当に我が家の総力戦だったんだからね。
次はシエラだ。
「シエラ、昨日は本当にお疲れさまだったわね。ある意味、いちばん大変だったのはシエラかもしれないわね」
そう言ってお金の入った革袋を渡すと、シエラは泣き出してしまった。
「あの、あの、ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」
「本当によく頑張ってくれたわね」
言いながら、私はアデルリーナを促す。
「リーナ、シエラはよくやってくれたでしょう?」
「はい、もちろんです!」
リーナはやっぱりいいお返事だ。「お茶も美味しくいれてくれましたし、おやつもじょうずにわけてくれました」
「あ、ありがとうございます、アデルリーナお嬢さまぁ~」
シエラってば、ますます泣いちゃった。
私は、よしよしとばかりにシエラの肩をぽんぽんとたたいた。そして、ナリッサにも革袋を渡す。
「ナリッサも本当によくやってくれたわ。高位貴族家のかたばかりで、貴女も大変だったでしょう。最後は王妃殿下までいらっしゃったことだし」
「とんでもないことでございます、ゲルトルードお嬢さま」
ソツなく頭を下げて報奨金を受け取ったナリッサだけど、やっぱり嬉しそうよね。
最後に、ヨーゼフにも私は報奨金を渡した。
「ヨーゼフも、病み上がりなのにしっかり我が家の内向きの仕事を仕切ってくれたわ。これからもよろしくね」
「もったいないことでございます、ゲルトルードお嬢さま」
昨夜、みんなの報奨金について相談したとき、ヨーゼフは、自分は必要ないって固辞したのよね。でもヨーゼフが、みんながお料理に集中できるようきっちり裏方をしてくれてたの、私やお母さまが気付いてないわけがないでしょ。
しっかり言いくるめておいたので、今日はヨーゼフもスムーズに受け取ってくれたわ。
私がお母さまと目を合わせると、お母さまも笑顔でうなずいてくれた。
「みんな、本当によく頑張ってくれましたね」
お母さまも声をかけてくれる。「公爵家や侯爵家のみなさまはもちろん、王妃殿下も本当に美味しい美味しいと喜んで召し上がってくださったのよ。わたくし、新しいお料理を考えたルーディのことだけでなく、貴方たち全員を誇りに思います」
「ありがとうございます、コーデリア奥さま」
みんなそろって笑顔で頭を下げてくれた。
それからようやく、私たちは朝ごはんである。
なんかもう、私もお母さまもリーナも流れるように厨房のテーブルに着いて、流れるようにお料理が並べられる。今朝は、ソーセージとお野菜がごろごろ入ったスープと、ほかほかの焼き立てパンだ。
うん、まあ、新居はカウンター式のダイニングキッチンにする予定だし、もうこのスタイルでいいよね。
すっかりうやむや、げふんげふん、すでに定着しちゃったスタイルで朝食をいただきながら、私はマルゴと相談する。
「早速で申し訳ないけれど、公爵さまがあれほど期待されているわけだから、何か栗のお料理をご用意しないといけないと思うの」
「さようにございますねえ」
テーブルに積み上げられた栗の山を、マルゴも思案するようにながめてる。
「マルゴが栗を食べるときは、どういうお料理にするの?」
「やはり焼き栗が多いです。あとは、茹でてつぶして裏ごしした栗にはちみつを加え、練ったものをパンに塗ったりもいたしますです」
「焼き栗も、はちみつで練った栗も美味しいわよね」
私はうなずきながら、栗の山の横に置かれている素焼きの壺を見た。
「そうね、でも今回は公爵さまがこれほど大量のお砂糖を届けてくださったのだから、たっぷりのお砂糖で栗を甘く煮ようかと思ってるのよ」
「たっぷりのお砂糖で栗を煮るとは、またぜいたくでございますね」
「本当に、ね」
思わず私は苦笑しちゃった。ホント、この世界ではまだお砂糖って高級品なのよ。
「それでね、栗が煮崩れてしまわないよう、渋皮をつけた状態で煮ようと思うの」
「渋皮を付けた状態でございますか?」
どうやらマルゴは渋皮煮を知らないらしい。
まあ、そうよね、本当に大量にお砂糖がないと渋皮煮も甘露煮も作れないもんね。
私はマルゴに、渋皮煮の作り方をざっと説明した。一晩水に漬けた栗の鬼皮だけを剥き、渋皮の灰汁を抜くために何度も煮こぼすこと、煮こぼしてからお砂糖を加えてまたくつくつと煮ることなどだ。
マルゴだけでなく、モリスも横ですごく熱心に聞いてくれている。
「しっかり灰汁を抜いてからお砂糖をたっぷりと入れ、甘く煮るといいと思うのよ」
「さようにございますね。やってみましょう」
うなずいてくれるマルゴに、私はさらに言う。
「それから、さっきマルゴが言っていた裏ごしした栗だけど、はちみつじゃなくて生クリームとお砂糖を加えてみましょう。栗のクリームが作れると思うわ」
「栗のクリームでございますか。それはまた、美味しそうでございますね!」
「ええ、それでその栗のクリームを……」
スポンジケーキの上に絞り出して、と言おうとして、私はハッとした。
あれ? も、もしかして、スポンジケーキ……って、ない?
そうだよ、ケーキに該当する単語がないよ! 揚げ物以来の大発見だわよ!
私は愕然としながらも、納得しちゃった。
だってベーキングパウダーがないんだもん。スコーンだって、あの縦に膨らんでぱかっと口を開けてるヤツじゃなくて、ホンットにずっしり重いスコーンだしね。
なんか、あんまりにも基本的なこと過ぎて、いままで気がついてなかったわ。そうだよ、クッキーやパイはあってもケーキはないんだよ!
うわー、モンブランを作るって……そっからかい! だよー。
「どうかなさいましたか、ゲルトルードお嬢さま?」
マルゴの問いかけに、私はちょっと頭を抱えそうになっちゃった。
いやでも、これもまたチャンスと言えばチャンスだよ。だって、ケーキがないなら作ればいいもん、そんでもってケーキも商会の商品にできるもん!
私は気を取り直して言った。
「マルゴ、これだけお砂糖があるのだから、ちょっとほかのおやつも作ってみようかと思うの。いま、美味しそうなレシピを思いついたから試作してみましょう」
「おや、ほかのおやつでございますか?」
マルゴの目がキラーンとしちゃってる。ホントにマルゴはお料理にはどん欲よね。頼もしい限りだわ。
「ええ、小麦粉とバターと卵とお砂糖で、パウンドケーキを作りましょう!」