166.予定は変わったけど変えずに行こう
またもや更新期間が開いちゃってすみません。
本日、遅い時間になりましたが4話更新します。
まずは1話目の更新です。
今日は、たっぷり朝寝坊するはずだったの。
なのに、なんで私は、朝からきっちり着替えて厨房に居るんでしょう?
ええもう、言うまでもありません。
いつものごとく、公爵さまが、厨房の丸椅子に優雅に腰を下ろしておられるからです。
「昨日収穫した栗はこれですべてだ」
収納魔道具からどばーっと転がり出た栗が、厨房のテーブルの上に山を作ってる。
続いて、アーティバルトさんは収納魔道具から素焼きの大きな壺をドンッと取り出した。
「砂糖は、とりあえずいま用意できたのがこれだけだ」
公爵さまの言葉に、アーティバルトさんがにっこりと素焼きの壺のふたを外し、中を見せてくれた。もちろん、お砂糖がぎっちりと詰まってる。
「砂糖の追加については、手に入り次第ご当家に届けよう」
って、公爵さまがどや顔で言ってますけど。
私は、はーっとため息をこぼしたいのをぐっと我慢して、口の両端を無理やり引き上げた。
「公爵さま自らわざわざお届けいただき、まことにありがとうございます」
「うむ」
満足そうにうなずく公爵さまの顔には、さあどんな栗のおやつを食べさせてくれるんだと言わんばかりの、期待感がにじみ出てちゃってる。
だからもう、私はばっさりと笑顔で言った。
「お届けいただいた栗は、これから一晩水に漬けて虫を出します。どのように調理するかは、その間に考えますので」
「は?」
公爵さまの眉が跳ね上がった。「一晩水に漬ける? 虫を出すというのは――」
「収穫した栗を選別する必要があるのです」
やっぱりばっさりと私は言う。「見た目はきれいでも、中に虫が入っている場合がありますので。調理した栗の中から虫が出てきてしまうようなことは、やはり避けたいですから」
だから、そんなショックを受けた顔をしてもダメだよ、公爵さま。栗のお料理ってかなり面倒なんだってば。
「栗は調理に時間がかかる食材なのです。一晩水に漬けるのは、虫を出すのと同時に、皮をやわらかくして剥きやすくするためでもあります。けれどこれだけ大量ですと、皮を剥くだけで1日かかりきりになる可能性もございますね。そして煮る場合は、何度も何度も茹でこぼして灰汁を抜く必要があります。栗のお料理が調うのは、早くても明後日になるかと存じます」
とりあえず、イガを全部はずしてきてくれた点については感謝するけどね。
はいはい公爵さま、そんな絶望的な顔をしない。
って、こっちもいつも通り、アーティバルトさんが肩をひくひくさせてくれちゃってるし。
まあ、少しだけ先に使って試作はするつもりだけど。
ちゃんと水に沈む栗だけをいくつか蒸して、モンブラン用のマロンクリームを作ってみようとは思ってるの。
でも、そんなこと教えてあげなーい。
だって、本当に今日はもう1日朝からダラダラする気満々だったのよ?
昨日あんなに頑張ってお茶会を成功させてくれたナリッサとシエラに、たとえ半日でもお休みをあげたかったし。
マルゴたち厨房チームは昨日1日お休みを取ってもらったけど、今日も本当に軽く私たちの食事だけ作ってもらって、早めに帰ってもらう予定だったし。
それなのに、朝っぱらから公爵さまがいらっしゃいましたってことで、一気に我が家に緊張が走ってくれちゃったのよ、ホントになんてことをしてくれちゃうのよ。
栗とお砂糖だって、本人がわざわざ持ってきてくれなくったって、誰かに届けてもらえば済むことだったと思うんだけど。
もう絶対、その場でパパっと何か栗のおやつを作ってくれるに違いない、って決めつけてたんだよね?
私は、さくっと笑顔でとどめを刺した。
「本日は、栗のお料理の下準備と、どのようなお料理にするか料理人と相談するだけで終わると思います」
悄然と去っていく公爵さまを玄関で見送り、私はホッと一息ついた。
厨房でも、みんなさぞやホッとしていると思うわ。マルゴを始め、モリスもロッタもすでに出勤してたからね。
ホンットに、こんなにしょっちゅう、それもなぜか厨房に、公爵さまが乗り込んでくるだなんて、新入りのモリスやロッタはもちろん、マルゴだってまったく想像もしてなかったはず。私だって完全に想定外よ。我が家で働いてくれる人たちを無駄に緊張させないでほしいわ。
「ルーディ、もしかしてお客さまがいらしていたの?」
階段の上からお母さまの声がして、振り向くとそのお母さまが慌てて降りて来るところだった。
「公爵さまが栗を届けにきてくださっただけです。いまお帰りになりました」
私が笑顔で答えると、お母さまは目を瞬き、それからちょっとホッとしたような顔になる。
「そう、それならよかったわ」
お母さまも今朝は起こさず、そのまま休んでもらってたんだけど、やっぱり家の中がバタバタするとどうしても目が覚めちゃうよね。ホンットにもう、お母さままで緊張させないでほしいわ、公爵さまってば。
そうこうしているうちに、アデルリーナも起きてきた。
昨日は本当に楽しかったようで、アデルリーナは帰宅してからもジオちゃんやハルトくんとどんなことをしたかたくさん話してくれていたんだけど、やっぱり体は疲れていたらしく、夜にはもうコテンと寝ちゃってたんだよね。
ホンットに、昨日送ってもらったときに公爵さまにちゃんと言っておくべきだったわ。翌日、つまり今日は家族全員の休息日にします、って。
いや、ちゃんと言っててもやっぱり、栗とお砂糖を持ってきてたかもしれないけど、あの公爵さまは。
まあ、今更言ってもしょうがないし、それにもうみんな起きちゃったんで、私はこれから今日の予定をさくさくとこなしていくことにした。
今日、いちばんの予定はなんてったってアレよね。昨日の夜のうちにヨーゼフと相談して、ちゃんと用意しておいたんだから。
ヨーゼフの顔を見ると、にこやかにうなずいてくれる。
よし、準備バッチリね、じゃあ厨房へ戻りましょう!
お母さまとアデルリーナと、それに準備したものをトレイに並べて捧げ持ってくれているヨーゼフと一緒に、私は厨房へ戻った。あ、ナリッサも、それにお母さまとアデルリーナに付いてきてくれていたシエラも一緒にね。
厨房へ入ると、ハンスが門に詰めてくれているとのことだったので、いまだけ門を留守にしていいからと、カールに呼びにいってもらった。
ハンスがカールと一緒に厨房にやってきて全員がそろったところで、私は笑顔で口を開いた。
「みんな、栗拾いのお茶会のためにたくさん働いてくれて、本当にありがとう。おかげで、昨日は大成功でした」
その場に並んでいた全員の顔が、パーッと明るくなる。
私もさらに笑顔になって言っちゃった。
「参加してくださったみなさま、エクシュタイン公爵さまをはじめ、ガルシュタット公爵家夫人レオポルディーネさま、ご令息でヴェントリー伯爵であるリドフリートさま、それにホーフェンベルツ侯爵家のご当主になられたユベールハイスさま、お母君で夫人のメルグレーテさま、全員がどのお料理も本当に美味しいとおっしゃってくださって、大好評でした」
そこで私は、アデルリーナに顔を向けて促した。
「リーナ、ジオさまやハルトさまも、とっても喜んで召し上がってくださったのよね?」
「はい!」
リーナが満面の笑顔で、とってもいいお返事をしてくれる。
「ジオちゃんもハルトくんも、どれも本当に美味しいって、たくさん食べてくれました! ジオちゃんはプリンがとってもとっても好きになって、おなかに入るなら百個でも食べたいって言ってました!」
おおう、ジオちゃん、すっかりプリンの虜ね。
「ジオさまというのは、ガルシュタット公爵家ご令嬢のジオラディーネさまです。それにハルトさまは、同じくご令息のハルトヴィッヒさまです。今回、アデルリーナと一緒に子どものお茶会として参加してくださったのよ」
私の説明に、マルゴたちも笑顔でうなずいてくれる。
そんでもって、もしかしたらもうナリッサやシエラから聞いてるかもと思いつつ、私は報告した。
「さらに、お茶会にはなんと王妃殿下が、飛び入りでご参加くださいました」
「お、王妃殿下でございますか!」
マルゴの大きな目が飛び出しそうなくらい見開かれちゃった。モリスもロッタも固まってるし、カールもハンスもぽかんと口を開けちゃってる。どうやら、まだ誰も聞いてなかったらしい。
「ええ、もう、私も驚いたなんてものじゃなかったわ。本当に、正直に、血の気が退いたわよ」
苦笑しながら私が言うと、みんなも心臓の辺りを手で押さえちゃって息を吐きだしてる。シエラなんか、思い出しちゃったのか両手で顔を覆っちゃってるし。
そこで私は、思いっきり明るい笑顔で言った。
「王妃殿下も、我が家のお料理を全部召し上がってくださいました。しかも、いずれも実に美味であったと、たいへん喜んでくださいました!」
おおーっ! っとばかりに、厨房に歓声が沸いた。
そりゃそうよ、まさか自分たちの作った料理を王妃殿下に召し上がっていただけるなんて、しかもご好評いただけるなんて、夢にも思ってなかっただろうからね。
そしてさらに私は、最大の笑顔で胸を張ってみんなに告げた。
「今日は、その王妃殿下にもご好評いただいたお料理を作るため頑張ってくれたみんなに、報奨金を支払います!」
その瞬間、さらに大きな歓声が上がったことは言うまでもないよね。