165.変えないし変えられません
本日4話目の更新です。
「なるほど、そういうことか」
公爵さまは眉を上げ、そして眉を寄せた。
「難しいところだな。貴族社会で生きている以上、身分や地位についてはわきまえておかなければならないが……あまりそちらに傾きすぎると、きみの美点を潰しかねない」
おおう、美点ですか。
そこまで言っちゃいますか、公爵さま。でも、いいんですか? 私は公爵さま相手にいっぱいやらかしてるだけでなく、今日なんか王妃さま相手にやらかしましたよ?
なんだか、公爵さまは考えこんじゃってる。
「きみのそういう態度を、不敬だと感じる貴族も間違いなく居るだろうからな……そういう相手に目を付けられてしまった場合は……」
「あの、公爵さま」
私が声をかけると、公爵さまがハッと私に顔を向けた。
そこで私はもう正直に、申告しておくことにした。
「あの、身分や地位については、わたくしもこれからわきまえていかなければと思っています。でも、あの、なんというか……わたくしの根本的な部分は、変わらないと思います」
不思議な藍色の目を瞬いてる公爵さまに、私はさらに言った。
「公爵さまもご存じでしょう? その、どれだけ立派な身分や地位をお持ちのかたであろうと、その内面も立派であるとは限らない、と」
公爵さまの目が見開く。
そうだよね、こう言っておけば公爵さまは理解してくれるはず。
だってさ、あのゲス野郎だって肩書は名門伯爵家の当主だったんだよ? でも、やっていたことは本当にゲスの極みだった。
それに、公爵さまのお父上だって……自分の妻が、自分の息子を殺害しようとしていたのをずっと放置してたんでしょ? 公爵家の当主だっていう、そのご立派な肩書の意味って何? もう人として問題ありまくりなのに、公爵家の当主だからって、ただそれだけで無条件に敬い従うなんて、どう考えても無理だよね?
「わたくしは、その、少し特殊な生育環境だったことも影響しているとは思いますが……身分や地位といったものに、あまり意味を見出せないのです。どれだけ立派な身分や地位におられるかたでも、中身は決してそうではないことがあると知ってしまっていますし、同時に、身分や地位などなくてもすばらしく充実した内面を持っている人もいると、知ってしまっていますから」
たぶん間違いなく、公爵さまもそのことをちゃんと知ってるから、私みたいに身分や地位にひれ伏さない相手を、おもしろいと感じるんだよね?
公爵さまは、身分も高く地位もある自分の父親から虐げられ、そして自分自身が高い身分や地位を手に入れてしまったいまでは、ほかの人たちから一方的にひれ伏されたり媚びへつらわれたりしちゃってるんだと思う。
そういう状況を、公爵さま本人が皮肉に感じてないわけがないと思うんだよね。
そこでたまたま、その身分も地位もひょいっと踏み越えてきちゃう私に出会っちゃったから、すごくおもしろがってくれちゃってるんだと思うわ。
食いしん坊だからってだけでなく、そういうところでも公爵さまは私にちょっかいかけたがってるってことよね?
うん、なんか、またちょっといろいろ腑に落ちた。
安心してください公爵さま、私は態度を変えません。
てか、変え方がわかんないよ。
いまさら、公爵さまを一方的に敬い奉ったり、媚びへつらったりなんて、ナニをどうやっても私には無理だから。
なんかちょっとすっきりして、思わず笑顔になっちゃった私に、公爵さまはまた眉を上げた。
そして公爵さまはすぐ、口元をほころばせて言ったんだ。
「きみは、本当に稀有な存在だな」
ええもう、珍しいっちゃあ珍しいでしょうよ、私はある意味、純粋な身分社会の落とし子じゃないもんで。
笑顔がちょっと苦笑になっちゃった私に、公爵さまはなんだかしみじみと言う。
「そうだな、できれば今後もその態度を変えずにいてもらいたい。それはおそらく私だけでなく、リド……リドフリートもそう思っているはずだ」
「え、リドさまも、ですか?」
なんでリドさま? という私の疑問に、公爵さまは真面目な顔で言った。
「今日、リドフリートはきみに、ずいぶんと救われたと思う」
は、い?
救われた? なんかますます意味がわからなくて、私は思いっきり頭の上にクエスチョンマークを浮かべちゃった。
あ、でも……もしかして、アレのこと?
「あの、固有魔力を持つ、持たないというのは、それほど重要なことなのですか?」
「そうだな」
公爵さまは深く息を吐きだす。「一部の貴族にとっては……なにより重要なことらしい。それこそ、廃嫡の理由として挙げられてしまうほどに」
「廃嫡って……!」
ええええ、あの、固有魔力がなかったら爵位の継承権もナシにされちゃうの? ホントにそんなことがまかり通っちゃうの?
唖然としちゃった私に、公爵さまはさらりと言った。
「きみの身近なところにも居るではないか。エグムンド・ベゼルバッハは固有魔力がなかったために、ドレングラッド伯爵家から廃嫡された」
「えーーーーッ!」
仰天しちゃった私に、公爵さまもびっくりしちゃったらしい。
「知らなかったのか? まったく?」
「知りませんでした!」
エグムンドさんって貴族だったんだ? それも、伯爵家の嫡男だったってこと?
「かなり、有名な話だぞ? 貴族の間では特に」
「そうなのですか?」
「うむ。私も実際に彼と会ったのは、きみとの件があってからだが……以前から話には聞いていた。エグムンドは、いまでは貴族位自体を返上して、完全に平民身分になっているそうだ」
はー……びっくりだよ。
でもなんか、言われてみれば確かにしっくりくるかも。エグムンドさんのあの黒幕感っていうか、只者じゃなさそう加減っていうか、独特だもんね。
「まあ、エグムンドの場合は、平民身分になってからあのように、王都商業ギルドの幹部になるほどに身を立てたがために、廃嫡に関しても有名になってしまったということもあるかもしれないが」
公爵さまがため息をこぼす。「彼のように目立つ立場になることもなく、ひっそりと廃嫡されその後がわからなくなっている者もいるようだ」
なんか……なんか、エグムンドさんのことにもびっくりだけど、そんな、固有魔力がないってことだけで廃嫡とか……しかも、その後がわからなくなってる? いや、お貴族さま怖すぎるんですけど!
でも、本当に、固有魔力がないって、そんなに深刻な問題なんだ……。
「リドフリートの父君、つまりガルシュタット公爵家当主であるゴドフリート義兄上はもちろん、そのようなことはまったく考えてはおられない。けれど、リドフリートのほうはおそらく、自分で自分が許せないのだろう」
公爵さまはまた、深く息を吐きだした。
「だから彼は、公爵位を継がぬと宣言してしまった。ゴドフリート義兄上は、それでもとにかくまず領地経営を経験するようにと、リドに予備爵である伯爵位とヴェントリー領を与えたのだが」
うーん、そんな事情があったんですね。
思わず私の眉も寄っちゃったんだけど、公爵さまの眉もがっつり寄っちゃってる。
「私はリドとは比較的歳が近いからな。彼が貴族社会においてどのように扱われてきたか……公爵家の嫡男だからとすり寄ってきた者が、彼に固有魔力がないと知るやいなや掌を返したことなど、本当に数えきれぬほどあったことも知っている。だから、リドの気持ちもわからぬでもないのだ」
ああ、だからリドさまは、いきなり私にも自己申告してくれちゃったんですね?
後から、ほかの誰かから、リドさまに固有魔力がないってことを知らされて、それで私の態度が変わるくらいなら最初から自分で言っちゃえ、と。
でも、自己申告しても私の態度はなんにも変わらなくて……固有魔力がない? それがどうかしました? ああ、でも、魔力制御がうまくできないなら日常生活はちょっと大変ですよね、だったもんねえ。
「きみはこれからも、リドフリートにもエグムンドにも、態度を変えたりなどしないだろう?」
少しばかり口の端を上げてそう訊いてきた公爵さまに、私は堂々とうなずいた。
「もちろんです。いったい何をどう変えればいいのかすら、わたくしにはさっぱりわかりませんから」
公爵さまと、それにアーティバルトさんの笑い声が響き渡った公爵家の馬車は、とっくに我が家の玄関前に到着していた。
話し込み過ぎだよ。
いやもう、ホンットに今日も長い1日だったわ。
ようやく栗拾い編が終わりました(;^ω^)