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164.おもしろいですか?

本日3話目の更新です。

 正直もう私は、馬車の座席にぐったりと倒れ込みたい気分だった。

 でも、遠足は家に帰るまでが遠足なのよね。

 だいたい、目の前に公爵さまがすっと背筋を伸ばして座ってらっしゃるのに、私がぐにゃぐにゃになるわけにはいかない。

 それに、帰りは一緒に馬車に乗り込んできたアーティバルトさんがミョーににこにこしてるのも、なんとなく油断ができない感じがするし。

 なんとか家に帰りつくまでは、ナリッサと並んでお行儀よく座っていなければ。


「ゲルトルード嬢、本日はよくやってくれた」

 馬車が動き出すと、おもむろに公爵さまが口を開いた。

「ベル姉上……王妃殿下が突然やってこられたというのに、料理をすべて召し上がっていただけただけでなく、土産までお渡しできたのは上出来だった」

 いやー、公爵さまってば絶対、王妃さまに今日あの場所でお茶会するんだよーって自慢してたんだと思うんだけどね。そんで絶対、王妃さまもやって来るに違いないって思ってたと思うんだけどね。

 それでも一応、私は笑顔を貼り付けて応えておく。

「とんでもないことでございます、公爵さま」


 公爵さまが、わずかに口の端を上げる。

「いや、ベル姉上はたいへん満足してくださった。それにおそらく、土産にお渡しした料理についても、ギュスト義兄上……国王陛下を始め、王家のかたがたにも気に入っていただけると思う」

「そうであればいいと、わたくしも思います」

 うーん、国王陛下がハンバーガーにぱくついていらっしゃるお姿なんて、ちょっと想像するのが難しいんだけど。でも、ホントに気に入っていただけるといいなー。


 なんて、思いながら私が返事をしたら、公爵さまは意外なことを言い出した。

「正直なところ、陛下は本当にお忙しいかたでな。晩餐もゆっくり席に着いて召し上がる時間がないことが多いのだ」

「そうなのですか?」

 そりゃまた、びっくりだわ。

 王家のみなさまなんて、毎日豪勢な晩餐をお上品に召し上がっておられるものとばかり思ってたわよ。


 公爵さまがうなずく。

「賓客を招いての晩餐はまた別だが……夜会に参加されても晩餐の席には着かれないことも多い。政務の状況によっては、まともに食事を召し上がれないようなことも珍しくない」

 一国の王さまって、そんなに忙しいんだ?

 いや、まあ、専制君主じゃないとはいえ、国のトップだもんね、国王陛下の裁可が必要な仕事がいっぱいあるんだろうな。


 驚きながらもなんか納得した私に、公爵さまはまた口の端をちょっと上げて言った。

「そういうこともあって、陛下はおそらくハンバーガーやホットドッグは非常に気に入られると思う。忙しいときも手軽に食べることができ、しかも食事としての満足度も高いからな」

 はー、そうなんだ。

 なんか、執務室で書類に目を通しながらハンバーガーを頬張っている国王陛下、のお姿がちょっと想像できてしまったわ。

 でも、それだったら。

「それほどにお忙しくていらっしゃるのであれば、ハンバーガーのほかにもベーコンや卵のサンドイッチなども、国王陛下にお届けできればいいのですけれど」


「本当に、その通りだな」

 公爵さまは深く息を吐きだした。「王城の料理人にそれを求めるのは、いまのところ難しいのだが……本日、ベル姉上が直接出向いてきみの料理を味わってくださったのだから、今後に期待したいところだ」

 なんか……なんか、今日王妃さまが私のお料理を召し上がってくださったのって、なんか結構深い意味があったっぽい……? えっと、あの、もしかして、王城に納品してもらいたいとか、王妃さまがおっしゃってたの、実はガチな話だったの?


 思わず視線を泳がせちゃった私に、公爵さまは苦笑した。

「すぐにどうこうという話ではない。我々はとにかくまず、ゲルトルード商会の店舗を完成させ、開店することだな」

「あ、はい、そうですね」

 ええ、確かにおっしゃる通りです。

 とりあえず店舗を整えれば、おやつは店頭で売れるようになるものね。まあ、カフェはすぐできるかどうかわからないけど。

 それに、開店に合わせてレシピの販売も始めるんだし。レシピ販売が始まれば、お料理講習会も開始することになって、我が家のお料理がほかの貴族家にも広がっていきそうだもんね。


 でもホント、公爵さまってばベルお姉さまだけじゃなく、ギュストお義兄さまのこともかなり好きなのねえ。

 そのお姉さま、お義兄さまが、王妃殿下だったり国王陛下だったりするんだけど、公爵さまにとってはやっぱり、自分をかわいがってくれるお姉さまとお義兄さまだっていう意識が強いんだろうな。


 なんとなくほのぼのしちゃった私を、公爵さまはその不思議な藍色の目で見ている。

「きみは……本当に、態度を変えないな」

「は、い?」

 え、あの、態度を変えないって?

 も、もしかして私、自分で思っている以上に王妃さまに不敬を働いてちゃってた?

 ちょっと慌てちゃった私に、公爵さまはフッと口元を緩めて言った。

「私の生い立ちを知っても、きみは態度を変えない」


 あ、その話ですか。

 思わず目を見張っちゃってから、私は納得した。

 そうだよね、ああいうかなり悲惨な話を聞いちゃったら、態度変えちゃう人って結構いると思う。なんかこう、腫れものに触るような感じになっちゃったりとかしてね。

 だから、私は敢えて訊いてみた。

「態度を変えたほうがよかったですか?」


「いや、変えないでくれ」

 即答だった。

 公爵さまは即答して、さらに言った。

「きみは態度を変えないだろうと、思っていた。だから、私も話すことができたのだ」


 まあね、私も私で、自分が親に殺されかけた話とか、公爵さまにはしちゃったしね。

 それに、ああいう話は人づてに耳に入れちゃうより、本人から直接聞くほうが絶対いい。私が貴族社会で生きていく中で、おそらくいずれは耳に入るだろうって公爵さまも思ってただろうし。

「わたくしも、ご本人さまから聞けてよかったです」


 私がそう応えると、公爵さまはさらに口の端を上げた。

「きみは本当におもしろいな」

「おもしろいですか?」

 どういう意味で言ってますかー?

 と、ほぼ反射的に問い返した私に、公爵さまは喉を鳴らして笑った。

「そういうところだ。きみは最初から、私の公爵という身分や地位に対して、まったく恐れることなく、また媚びることもなかった」


 いや、まあ、恐れるとか媚びるとか、そんなことしてる余裕なんてなかったですしね。こっちはもう、公爵さまに対しては領地も家屋敷も全財産巻き上げてくれちゃった人っていう認識しかなかったし。

 私としてはとにかくお母さまとアデルリーナとの、私たち3人の生活を守らなきゃって、ただそれだけでいっぱいいっぱいだったんだし。

 それで、公爵さまにはずいぶんと失礼をしまくっちゃったわけなんだけど。


 でも、公爵さまはむしろ、それがおもしろかったらしい。またちょっと笑いながら言ってくれた。

「いまならよくわかる。きみが、親族でもなければ親しく付き合いをしてきたわけでもない相手を頼ろうとはしなかった、ということの意味が」

 ええもう、おかげで私も自分がいかにこの国の、貴族社会の常識から外れちゃってるのかを痛感させていただきましたわ。


 だから、私も言ってみた。

「わたくしは、どうやら、身分や地位というものが、よくわかっていないのだと思います。もちろん、貴族や爵位というものを頭では理解しています。けれど、実感としてよくわかっていないのだと、最近つくづく感じております」


 ホント、それ。

 頭では理解できてると思うの。でも、本当に実感としてよくわからない。よくわからないってことだけはわかってるから、正直あんまり身分や地位の高いかたがたとはお付き合いしたくない、っていうのがあるんだよね。

 だって身分社会では、自分より高位の相手から不敬だと思われてしまったら、切り捨て御免じゃないけど、取り返しのつかないことになる場合だってあるだろうから。

 いや、それももう、思いっきり今更感満載ではあるんだけどねえ……私、今日もやらかしちゃったもんなああああ。


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