160.間違いなく姉弟でした
本日3話目の更新です。
それから、可及的速やかに王妃さまのお席が用意された。
つまり、アーティバルトさんが席を立ち、お母さまがアーティバルトさんの座っていた席へと移動し、お母さまが座っていた席に公爵さまが移動。そんでもって、公爵さまが座ってた席に王妃殿下が悠然と腰を下ろされた。
って、わわわ私の左隣が王妃さまなんですけど!
「しかし、久方ぶりにリアの顔を見ることができて本当によかった」
テーブルを見回して、王妃さまが満足そうに言った。
「それに、レオ、メルも、其方ら3名がこうしてそろっている姿をまた見ることができて、それについても本当によかった」
うん、どうやらお母さまもレオさまの学友として、学生時代に王妃さまと交流があったみたいね。学生時代、この3人は本当にずっと一緒にいて、そのことをレオさまの姉君である王妃さまもよくご存じだったと。
まあ、当時は王妃さまもまだ王太子殿下の婚約者っていう立場で、しかも学生だったことを思えば、それもアリだよね。でなきゃ、いきなり王妃さまがお母さまに対してリアなんて、親し気に呼びかけられちゃうなんてあり得ないもんねえ。
「ええ、ベルお姉さま。わたくしもこうしてまた3人、親しく語り合うことができて本当に嬉しく思っております」
レオさまが応え、メルさまもていねいに頭を下げる。
「もったいないことでございます、王妃殿下。わたくしがこうしていまこの場に居れますのは、ひとえに両陛下のお力添えによるものでございます。誠にありがとうございました」
メルさまのとなりでは、ユベールくんも神妙に頭を下げてる。
「いや、とんでもないことだ」
そのメルさまに、王妃さまは少し困ったように苦笑した。
「メル、其方にももう少し早く、何か手を打つことができればよかったのだが」
「いいえ、両陛下には、多くのご配慮をいただきました」
メルさまが即座に応える。「我が家の離婚に際し、わたくしが望んだそのままの条件を認めていただきました。さらには、息子ユベールハイスを、ヴォルデマール王太子殿下の側近として取り立てていただけることまでお約束くださいました。本当に感謝の言葉もございません」
うひゃー、やっぱユベールくんてば王太子殿下の側近になっちゃうんだ。
いや、確かにそういうお話はされてたけど……これはもうホンットにユベールくんには申し訳ないけど、学院ではできる限り距離を取らせてもらうわ。
それでなくてもこんな見た目も肩書も煌々しい美少年侯爵さまに、さらに王太子殿下の側近ってプレミアまでついちゃうって、もうナニをどう考えても学院中のご令嬢が放っておくわけがないもの。
そんでもって、そのご令嬢たちの集中砲火的視線に、私が耐えられるわけがないもの!
それに正直、これからいろんなレシピを売り出すにあたって、なんで私が目新しいお料理を次々と出せるのかってことも変に突っ込まれちゃうと困るから、できれば目立ちたくないのよね。
いや、それについてはもう、手遅れ感があるのは、自分でもわかってるんだけどさ……いまのこの流れで、王妃さまにも食べていただかないわけにいかないしね、プリンとかプリンとかプリンとかを。
「いや、メル、王太子の側近という話については」
王妃さまがなぜかまた苦笑してる。「其方の令息ユベールハイスには、苦労してもらうことになるやもしれぬぞ。なにしろ、王太子はどうにも無骨でな」
そう言って、王妃さまはその目をユベールくんに向けた。
「ユベールハイスよ、其方も臆することなく、王太子には率直に意見してくれることを、我は望んでいる」
「もったいないお言葉にございます、王妃殿下」
さすが美少年侯爵さまはソツがない。神妙な顔でさっと頭を下げてる。
そういうユベールくんを、王妃さまは口の端を上げ、やや細めた目で見つめてるんだ。
「ユベールハイス、其方は王都を知らぬと言っておったが、王太子は逆に地方を知らぬ。其方の領地のことなど、王太子にとってはすべてが貴重な意見となるだろう。よろしく頼むぞ」
「ありがたきお言葉にございます、王妃殿下。ご期待に添えますよう尽力いたしますことをお約束申し上げます」
うん、やっぱソツがなさすぎるよ、美少年侯爵さまは。
王妃さまに対し、変に愛嬌を振りまいたりしないで、神妙に真面目な顔で応えてるとこなんてもう、満点の対応だと思うよ。
やっぱこういう子は、王太子殿下の側近になっても上手く立ち振る舞えるんだろうなあ。
などと、ちょっと感心しながら思ってたら、公爵さまが言い出した。
「ではベル姉上、せっかくですから、ゲルトルード商会が提供する予定となっております料理のご試食をお願いいたします。ゲルトルード嬢、王妃殿下に本日の料理を」
うん、大好きなお姉さまにプリンを召し上がっていただきたいわけですね、公爵さま。
私も公爵さまの視線に応え、笑顔で言った。
「王妃殿下、よろしければぜひ召し上がってくださいませ。こちらのプリンなどは、いまみなさまに召し上がっていただき、大変ご好評をいただいたところでございます」
私がプリンを示すと、アーティバルトさんがさっとプリンを1個、王妃さまの前にお出ししてくれる。
席を立ったアーティバルトさん、実にスムーズにお給仕役に回ってます。まあ、公爵さまの近侍なんだから、姉君である王妃さまと接する機会も当然多いだろうしね。
「ほう、これが『ぷりん』か」
王妃さまは早速、物珍し気にプリンを手に取った。
「この、ふたになっている布は……」
「はい、その布が先日お話ししました、魔法省魔道具部が梱包魔道具にするために加工したいとしている布です」
さくっと公爵さまが応えちゃってます。
「なるほど、これはおもしろいな。瓶にぴったりと貼り付けることができるのか」
「そうです。それも、こうやって手で少し温めると、自由に形を整えることができます」
「こうやって……ほう、これはまた。なんとも不思議だ。特に魔力付与などはしていないのだな?」
「はい、本当にただの布地に、ありふれた素材を使って作製していると、ゲルトルード嬢は言っています」
なんかね、公爵さまってばやっぱりちょっと眉間にシワは寄ってるんだけど、ホントに楽しそうに、いやもうウキウキしてるって言っていいような感じで、ベルお姉さまに説明してあげちゃってるの。
で、やっぱりレオさまも黙ってはいませんでした。
「ベルお姉さま、その布もたいへん興味深いですが、まずは『ぷりん』をお召し上がりくださいませ。お味見も済んでおりますので」
「おお、そうであったな。ではいただこう」
うなずいた王妃さまが、スプーンを手に取る。
そんでもって、瓶の中からひとさじ掬い取ったぷるぷるのプリンを、王妃さまはためらいなく口に入れた。
とたんに、王妃さまのはちみつ色の目が見開いた。
うふふ、ホンットにみなさん、初めてプリンを口にするとこういう顔をされるのよね。
「これはまた……なんとも不思議な食感ではないか」
王妃さまが感嘆したように言ってくれる。「なんともなめらかで、素晴らしく口当たりが良い。しかも、この甘さは絶妙だな。しつこくなく、かといってぼやけてもおらぬ」
「ベルお姉さま、瓶の底に敷いてあります黒いソースを絡めて召し上がられても、また味わいが変わって美味しゅうございますわよ」
なんか、レオさまもどや顔で言っちゃってます。
公爵さまもレオさまも、なんだかんだ仲良く張り合ってるのって、要するにベルお姉さまに対して、みたいね。妹と弟が、大好きなお姉さまに構ってほしくて張り合ってるって感じが、すごくする。
いやー、でもわかるわ。
だってね、非公式の場とはいえ、ご自分の不手際をわざわざ申告して詫びてくださるようなかたなのよ? 国王陛下と並んで我が国のトップに立っているかたが、なかなかできることじゃないと思うの。
それがきっちりできちゃうなんて、本当の意味でカッコいいじゃない。その超カッコいいかたが自分のお姉さまだとしたら、私だって同じように構ってちゃんになっちゃうと思うわ。
「うむ、実に美味であった」
プリンひと瓶を食べ終えた王妃さまが、満足げに言ってくれちゃう。
「ヴォルフ、この『ぷりん』を王都で販売する予定なのか?」
「はい、商会店舗をすでに確保しております」
「いつから販売の予定だ?」
「年明けを予定しております」
「ううむ、まだ少し先だな。いや、販売が始まれば、毎日王城に納品してもらいたいほどだ」
王妃さまもプリンがお気に召しましたか。よかったですー。