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159.衝撃の事実が続きすぎる

本日2話目の更新です。

 さわやかな秋空のもと、私はイヤな汗をだらだらとかきまくっております。

 どどどうしよう、なんかもう遅きに失したとはいえ、やっぱり『迷惑などと、とんでもないことでございます』くらいは言うべき?

 と、私が口を開きかけたとき、公爵さまがムスッとした口調で言った。

「ええ、ベル姉上。ゲルトルード嬢がこのような令嬢だからこそ、私は安心して後見を引き受けたのです」


 このような令嬢って!

 え、あの、このような令嬢って、公爵さま、どういう意味で言ってんの?

 さらに焦っちゃった私の耳に、王妃さまの快活な笑い声が飛び込んできた。

「いや、まさにその通りだな。このような令嬢であれば、其方に毒も媚薬も盛るようなことはないであろう」


 ど、毒薬とか、び、媚薬?

 えええええ、公爵さま、毒薬だけじゃなくて媚薬まで盛られちゃうの?

 えっと、あの、それってつまり、公爵さまとこう、既成事実的なナニかをどうにかして、公爵さまの夫人に収まろうと画策するご令嬢がいるってこと、だよね? いや、ご令嬢本人じゃなくて、娘を嫁がせたい親?

 いやもうそんな、えげつないことまでしてくるような人たちがいるの?

 そこまでしても、公爵家夫人っていう地位が欲しいっていう、そういうことだよね?


 すっかり私は呆気にとられちゃったんだけど、公爵さまにしてみれば本当に大真面目な話だったらしい。

「おっしゃる通りです、ベル姉上。ただそのぶん、ゲルトルード嬢本人に危機感が非常に乏しく、それについても後見が必要だろうと思いまして」

「ふむ」

 うなずく王妃さまに、公爵さまはさらに言った。

「貴族令嬢は、ほんのささいな醜聞が命取りになることがあります。ゲルトルード嬢には、うかつな行動は慎んでもらいたいのですが」

 公爵さまは眉間のシワを深くする。「ご存じの通り、彼女はこれまでずっと、貴族社会から切り離された環境に置かれておりましたので」


 うう、それを言われると、私には返す言葉がまったくございません。

 私はこのところ、自分が貴族社会の常識っていうものに、どれだけ疎いのかさんざん思い知らされております。ええ、いまもまさにそうです。

 なんかもう、身を縮めちゃいそうになった私に、王妃さまがひどく沈んだ声で言った。

「ああ、そうであったな……」


 その声が本当に痛ましげに沈んでいて、私は思わず王妃さまの顔をまっすぐ見上げちゃった。

 王妃さまは、その私をなんだかとてもやさしい目で見てくれた。

 そして王妃さまはその目を、お母さまに向けた。

「リア。こちらへ」

「はい、王妃殿下」

 お母さまがすぐに応え、公爵さまの後ろを回って私の横にやってくる。

 って、お母さま、リアって……王妃さまからリアって呼ばれてるの?


「王妃殿下にはご機嫌麗しく、長らく無沙汰をいたしましたわたくしにもお声がけいただき、心より感謝申し上げます」

 お母さまがていねいに頭を下げる。

 そのお母さまに、王妃さまが言った。

「いや、リア。われが本日こちらに立ち寄らせてもらったのは、其方に一言なりとも詫びさせてもらうためでもあるのだ」


 わ、詫び?

 詫びって、えっ、あの、王妃さまが詫びるって?

 ぎょっとしちゃったお母さまと私に、王妃さまは静かに言った。

「其方が、そして其方の娘たちが、どれほどつらい目に遭っているのか、我も陛下も十分承知していた。それなのに、我らは其方らにはなんの力にもなってやれなんだ。それどころか、其方らの苦しみを深めてしまった。どうか許しておくれ」


 ぽかん、と……本当にただもうぽかんと、私は口を開けちゃった。

 だ、だ、だって、王妃さまが、いや、あの、国王陛下も? 私たちの苦しみを深めた? いや、あの、これって、いったいどういう状況なの?

 なんか私、また全然違う汗が噴き出してきちゃったんですけど!


「と、とんでもないことでございます、王妃殿下!」

 お母さまもびっくりして、本当に慌てて叫ぶように言った。

「そのような、王妃殿下には何をそのような……!」

「いや、正直に言おう。クルゼライヒの前伯爵が、ある時期から其方をいっさいおおやけの場へ出さなくなってしまったのは、我らの失策によるものだ」


 王妃さまの言葉に、私もお母さまも完全に固まった。

 沈痛な表情で、王妃さまはさらに言ってくれた。

「あの男は、其方を見せびらかすためにだけ、其方を夜会に連れ歩いていた。其方は夜会に出ても常にあの男の監視下に置かれ、自由に友人たちと話すことすらできなかった。其方に文を送っても、それが其方の手に届いていないことも明白であった。それも、何年にもわたってだ。我も陛下もそのことを非常に憂え、あの男に命じたのだ。其方を、我の茶会に出席させるように、と」


 って、あの、もしかして、お母さまは王妃殿下のお茶会に出席をするようにって、王命を拝しちゃったんですか? 単なるご招待ではなく?

 いや、でも、も、もしかしてあのゲス野郎、その王命をブッチしやがったとか……。

 なんかもう、サーっと血の気が退いていった私の目の前で、王妃さまはまさにその通りのことを口にされちゃった。


「しかしあの男は、其方が病に伏したと言い張り、我の茶会を欠席させただけでなく、以後は其方を公の場に出すことをいっさい止めてしまった」

 本気で忌々し気に王妃さまは言う。「まさかあの男が、あれほどに愚かなふるまいに走るとは。さらには前未亡人のベアトリスまであの男は領地に追いやり、其方をとことん孤立させてしまった。本当に悔やんでも悔やみきれぬ」


 そ、そんな事情が……。

 王妃さまが、いや、国王陛下までもが、籠の鳥にされていたお母さまの身を案じてくださっていたなんて……でも、そのことが完全に裏目に出ちゃって、いっそうあのクズ野郎を暴走させてしまってただなんて……ベアトリスお祖母さまに関しても、まさかそういう流れで領地へ送られてしまっていたとは。


 茫然としちゃった私の横で、お母さまが両手で自分の顔を覆っちゃった。

 いや、泣くよ、絶対泣いちゃうよ、こんなの泣かずにいられないよ。

 王妃さまがしてくださったことが裏目に出たということが悔しいんじゃない。ただただ、自分のことをずっと心配してくれていた人が居たんだって、その事実を知ることができたっていうだけで、もう泣かずにはいられないでしょう。

 それも、最初からあのデカいタウンハウスの中しか知らない私とは違い、お母さまには家族も友だちもちゃんといて、そういう人たちから完全に切り離されて閉じ込められていたも同然なんだもの。どれほど孤独だったか、考えるだけで胸が痛い。


 王妃さま主催のお茶会なら、基本的に女性しか参加しない。

 そういう席であれば、お母さまもゲス野郎の監視を逃れて自由に話ができる。いや、もしかしたら王妃さまはその場で何か理由をつけて、お母さまを保護しようと考えていたのかもしれない。

 さらにもし、王妃さまがベアトリスお祖母さまと結託して、お母さまと私をあのタウンハウスから逃がすことまで考えていたのだとしたら……そのことをゲス野郎が察知してしまったのだとしたら……いや、あのゲス野郎の場合、そういう疑いを持ってしまったというだけで……。


 私が物心ついたときにはもう、お母さまは公式な夜会などにはまったく参加していなかったと思う。たまにゲス野郎がお母さまを着飾らせて連れ出すときも、何か私的な集まりだとヨーゼフに教えてもらった記憶がある。

 本当に、王妃さまが手を打ってくださったことで、かえってあのゲス野郎は猜疑心を強め、王妃さまも国王陛下もどうにも手が出せない状況になってしまったんだろう。


 このレクスガルゼ王国は、いわゆる帝国や皇国とは違い、玉座は絶対的なものじゃない。実際に、国史の中で王朝は二度変わっている。王家は、数ある貴族家の中のトップではあるけれど、この国は専制君主制でもなければ中央集権制でもない。

 つまり、中央貴族は王というか国から領地を下賜されるのだけれど、いったん所有した領地に対してはかなりの権限、自治権を持っているってこと。それこそ、領主の一存で領地をまるごと借金の形にしたり、売り払ったりしてしまえるほどに。また、辺境伯家が独立戦争をしかけてしまえるほどに。

 だから、国王であっても各地の領主、領地に対して強制的に介入することは難しいんだ。


 それでも……まさか、王妃殿下と国王陛下が我が家のことを、お母さまの境遇を心配してくださっていただなんて。

 私は思わず言ってしまった。

「ありがとうございます、王妃殿下」

 眉を上げて私を見返す王妃さまに、私は深々と頭を下げた。

「母のことに、我が家のことにお心を砕いていただき、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます」


 王妃さまは、しばらくの沈黙の後、私ではなくお母さまに言ってくださった。

「リア、其方は本当によい娘を持ったな」

「はい……はい!」

 お母さまは両手で顔を覆ったまま何度も何度もうなずいた。

「わたくしの、自慢の娘にございます……!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 国から預かるはずの領地を賭けの対象にしていいのかという、一般的な国や領地のあり方についての疑問が解明されて良かったです。
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