158.フラグ回収
またもや間が空いてしまいましたが、本日は4話更新します。
まずは1話目です。
新居の改装の話、盛り上がってます。
意外とレオさまがこういうお話はお好きみたいで、どんな壁紙にどんな家具を合わせるといいのか、結構具体的に意見を言ってくださってます。
それにメルさまからは執務室の改装について、自分も小柄な女性だから執務室の机や椅子はこういう配置にしていて、それに手近に置ける書類ワゴンを別に作っておくとすごく便利よ、なんてもうめちゃくちゃ参考になるお話をしてもらっちゃったし。
公爵さまとリドさまも、外壁の鉄柵を高くすることや勝手口の扉に覗き窓を作ることなど、防犯関係についていろいろ話してくれてる。ユベールくんも、とりあえず表面上は、なのかもしれないけど、それでもちゃんと話題に参加してくれてるし。
あー、でも公爵さまはやっぱり厨房関係ね。厨房と朝食室の間に大きな窓を作ってカウンターを取り付けて、っていうのがすごく気になってるみたい。
「ご当家の新居は厨房がいささか狭く感じたのだが、ゲルトルード嬢の言う通り朝食室との壁をくり抜いて大きな窓を作るというのは、非常によい案だと思う」
公爵さまは機嫌よさそうに言う。「厨房のようすもその窓から窺えるし、試食もできたてのものを味わえる。ゲルトルード商会の新たな商品作りにも大きく役立てられそうだ」
いや、だから、カウンター式ダイニングキッチンにしたとしても、そこに公爵さまをお招きはしませんからね?
ホント、親族同等だのなんだのいっても、他家の貴族男性が厨房にやってくるって、あり得ない話でしょ? それに、いくら試食の場が厨房内から朝食室に変わるったって、タウンハウスの朝食室にも他家の貴族男性なんてお招きしないものなの!
それなのに、公爵さまがもう決定していることのように、それもすっごく自慢げに話してくれちゃうんだもん。
なんだかすっかり我が家の新居では厨房で調理しているようすを見学できて、しかも作りたての新作お料理がその場で試食できるっていう、なんかそういう認識がレオさまやメルさまやリドさまやユベールくんにまで浸透しちゃったような気が……気が……気が、したくないんですけどー。
いや、レオさまメルさまはいいの。どのみちメルさまにはレシピの絵を描いてもらうために、厨房には入ってもらうつもりだし。それに、女性の場合は親族や親しい友人であれば、他家にうかがって晩餐会にお出しするお料理の相談をすることも、それなりにあるそうだし。
でもね、さすがに公爵さまは勘弁してほしい。それにどうにも曲者なリドさまも油断ができない。
やっぱりここは、商会店舗の厨房もオープンキッチン方式にしておくべきか。
そしたら、そっちでモリスに実演調理してもらって、店舗で試食してもらえばいいんだもんね。
とか思ってたらアーティバルトさんが……にこやかにフルーツサンドを頬張っていたアーティバルトさんが、ぴくっと何かに反応した。
ナニ、どうしたの?
と、アーティバルトさんの反応に気がついたのは私だけじゃなかったようで、公爵さまがすぐに低い声で問いかけた。
「どうかしたか、アーティバルト?」
「あ、いえ……」
一瞬、アーティバルトさんが視線を泳がせ、言葉を濁した。
それから彼は、なんだかちょっと申し訳なさそうな顔で私をチラッと見てから、公爵さまに言った。
「どうやら、飛び入り参加のお客さまがいらしたようです」
飛び入り参加のお客さま、って……?
私はすぐに反応できなかったんだけど、公爵さま以下全員にサッと緊張が走った。
そしてようやく私も、事態が飲み込めた。
外宮とはいえ王宮内でも最奥に位置する、この場所に断りもなく入って来れるような人っていうのは……。
全員が一斉に立ち上がった。
いや、私はホントにすぐに反応できなかったんだけど、座ってる椅子が後ろからぐっと引かれて思わず飛び跳ねるように立ち上がった。
椅子を引いてくれたヒューバルトさん、グッジョブ!
だって、立ち上がった公爵さま以下男性陣はパッとその場に片膝を突いて跪拝し、レオさま以下女性陣はカーテシーの中でも最も膝を深く折る最敬礼をしたんだもの。
私も慌てて同じ礼をとったわよ!
「先ぶれもなく、すまぬな」
数人の足音とともに、ハリのある落ち着いた声が聞こえた。
「楽にしてくれ。我が弟妹がこの場で茶会を楽しんでいると聞き及び、顔を出させてもらった」
膝を折り深く頭も下げている私の横で、跪拝していた公爵さまが声を上げた。
「王妃殿下にはご機嫌麗しく、このような場にお運びいただきましたことまことに恐縮にございます」
ひーーーーーーッ!
やっぱり王妃さまだよーーーーーー!
「堅苦しいことを言うな、ヴォルフ。ここは宮廷ではないぞ? それに、みなも楽にしてくれ」
快活に笑う声が聞こえる。
公爵さまが立ち上がり、それを合図にほかの人たちも礼の姿勢を崩した。
「それでは楽にさせていただきます、ベル姉上。本日もご機嫌麗しく」
「うむ。其方もな」
満足げに応えた王妃さまが、さらに公爵さまに言った。
「よい機会であるから、其方の被後見人を紹介してもらおうと思ってな」
ひーーーーーーーッ!
私だよ、私のことだよーーーー!
なんかもう、めちゃめちゃイヤな汗が吹き出しちゃってんですけど、私!
「もちろんでございます、ベル姉上」
って、公爵さまは軽く応えてくれちゃってるし。
そんでもって、顔を上げられない私に公爵さまが声をかけてくる。
「ゲルトルード嬢、王妃殿下にご挨拶を」
私は、思わずごっくんと喉を鳴らしちゃいそうになったのを、必死で我慢した。
「王妃殿下には初めてお目もじいたします。クルゼライヒ伯爵家の長女、ゲルトルード・オルデベルグにございます。このたび、エクシュタイン公爵閣下ヴォルフガングさまに後見いただくこととなり、心より感謝申し上げております」
い、言えたよね?
私、ちゃんと噛まずに言えたよね?
いや、正直フラグ立っちゃってるかもとは思ってたけど、いきなりコレってどうなの!
「うむ。顔を上げなさい」
王妃さまの声が降ってきて、私はなんかもう恐る恐るって感じで顔を上げた。
顔を上げた私の目の前に立っていたのは……なんなの、この某歌劇団男役感満載の超カッコいいお姉さまは!
いや、男装よ、男装!
真っ白なテイルコートに金糸銀糸の刺繍たっぷりジレ、鹿革のブリーチズに黒いヘシアンブーツなんですけど!
またそれがめちゃめちゃ似合ってらっしゃるんですけど!
「レクスガルゼ王国王妃、ベルゼルディーネ・エシュテルヴァルドだ」
青みを帯びた黒髪に、黄金っていっていいようなはちみつ色の目。レオさまとよく似たお姿なんだけど、レオさまもゴージャスでファビュラスなんだけど、そのレオさまに輪をかけたような圧倒的な存在感。
ぽかんと口を開けてしまいそうになってた私の顔を、王妃さまがその長身をすっとかがめて覗き込む。
私は慌ててぎゅっと、口の両端を引き上げた。
王妃さまの細められたはちみつ色の目が私を見つめてる。
「ゲルトルード、話は聞いている。我の弟が、いろいろと迷惑をかけているようだな」
お、王妃さまーーーーーーー!
ありがとうございます、ありがとうございます、わかってくださってるんですね!
そうなんです、いえ、弟さんにはいっぱいお世話になっているんですけど、とりあえず我が家の厨房に乗り込んで来ることだけは止めさせてくださいませ!
ええ、おやつでもなんでもちゃんと試食はさせてあげますから、お行儀よく客間で待っていてくれるようにと、それに試食は自分が一番乗りじゃないと気に入らないっぽい態度をもうちょっと改めてもらえないかと!
思わず目で真剣に訴えかけちゃった私に、王妃さまは口元をほころばせ、クックッと喉を鳴らして笑い出した。
「いや、なるほど、話に聞く通りなかなかに稀有な令嬢のようだ」
えっ、あっ、あの、も、もしかしてここは、一応建前として『迷惑などと、とんでもないことでございます』(にっこり)って応えなきゃダメだった?
あああああ、公爵さまが拗ねちゃってる気配が……!
それに、イケメン兄弟が肩ヒクヒクを必死に堪えてるっぽい気配もするし、なんならリドさまも肩ヒクヒクを堪えてる?
テーブルの向こうのユベールくんのようすはわかんないけど、ユベールくんの近侍さんはやっぱり肩ヒクヒクを堪えてる気がするんですけど!
私、もしかして、やらかしちまったあー?
みなさまのご想像通り、やはりあのかたが!w