157.やっと楽しいお茶会に
本日5話目の更新です。
蜜蝋布のふたを外し、みんなそろって瓶の中へスプーンを差し入れる。
そんでもって掬い取ったプリンを口の中へと運んだとたん、これまたみんなそろって目を丸くしてくれちゃった。
ふっふっふっふっ、美味しいでしょー?
このとろーりなめらかな食感に、本当に口の中でほどけていくような優しい甘さ。
私はやっぱり笑顔で言っちゃう。
「底に敷いてあります黒いソースを絡めていただいても、美味しいですよ」
ええ、みなさん、いっせいに瓶の中をスプーンで掘り始めました。
今回は、ホイップクリームなしにしたんだよね。クリームとプリンとカラメルソースと3層にしようかって、最初は言ってたんだけど。クリームたっぷりのフルーツサンドもあることだし、シンプルにプリンとカラメルソースでいこうって、マルゴと話し合って決めたの。
それが成功したのかどうなのか、なんかもうみんなそろって無言で、無心に、プリンを食べてくださっております。
「本当に、ヴォルフが自慢するのがわかるわ」
ひと瓶食べ終えたレオさまが感嘆したように言った。「なんて不思議な食感なの。やわらかくてなめらかで、甘さも絶妙だわ。その上、底の黒いソースのほろにがさが加わると、さらに味わい深くなって」
「わたくしも、想像以上だったわ」
なんかもうメルさまもうっとりと言ってくれちゃう。「この口当たり、クセになりそうよ。お味も好みだし、レオが言うように黒いソースを絡めることで変化がついて、本当にいくらでも食べられそう」
だからリドさま、無言で2個目のプリンに手を伸ばすのはやめてください。
って、ユベールくんまで真顔のままプリン2個目に手を出してくれちゃってます。
「レオ姉上、メルグレーテどの。プリンはこの黒いソースを絡めるのもいいですが、クリームを絡めて食べても美味しいですよ」
公爵さまが、安定のどや顔で言い出しました。
「以前、クルゼライヒ伯爵家で試食させてもらったときは、瓶入りの状態ではなく、皿に果実やクリームと一緒に盛り合わせた状態でいただきました。それもまた非常に美味で」
「果実やクリームと一緒に盛り合わせて、ですって?」
レオさま、弟さんに煽られて色めき立たないでください。
てか、公爵さまもいちいちお姉さまを煽らないでください。
などと思ってたら、お母さまが言ってくれました。
「レオ、今日は果実とクリームのサンドイッチもあるわ。こちらもとっても美味しいから、プリンとは別になるけれど、ぜひ味わってちょうだい」
「そうね、この『さんどいっち』も、とっても美味しそう!」
パッとレオさまは切り替えたようで、木苺と藍苺のフルーツサンドに手を伸ばした。
メルさまも、思案するようにフルーツサンドを見つめてる。
「本当に、彩もよくて見るからに美味しそうよね。卵やベーコンをはさんだ『さんどいっち』もとっても美味しいのだけれど、はさむ具材でこんなに変わるのね」
それからメルさまは、バタークリームサンドとメレンゲクッキーにも真剣なまなざしを……どうやら気がついたらしい。
「あら、この白いクッキー、とっても不思議な形をしているわ」
メレンゲクッキーの入ったボンボニエールを手元に引き寄せ、メルさまは中から一粒取り出した。
「ルーディちゃん、こちらは前回お伺いしたときにいただいた、あの白いクッキーよね?」
「そうです、メルさま。今回は、ちょっとおもしろい形にしてみました」
私がにこやかに答えると、メルさまはピンと角の立った六角形のメレンゲクッキーをしげしげと見つめる。
「本当に不思議。どうやったらこんな形になるの? これって、焼いてあるのよね?」
メルさまが注目してくれちゃったおかげで、ほかの人たちもボンボニエールを手元に引き寄せ、中を覗き込み始めた。
そして、何気なく一粒つまんでメレンゲクッキーを口に放り込んだリドさまの目が、えっと言わんばかりに見開いた。
「なんですか、これは? 口の中で消えてしまいました!」
「おもしろいでしょう」
レオさまが笑いながら言う。「わたくしも、初めて味わったときは、本当におどろいたわ」
釣られたようにユベールくんもメレンゲクッキーを一粒口に入れて、そのすみれ色の目を真ん丸にしてる。
そしてやっぱり、メルさまも笑ってるし。
「ユベール、このクッキーも本当に不思議で美味しいでしょう?」
「はい、母上」
ユベールくんはメレンゲクッキーをまた一粒取り出し、本当に不思議そうな顔でその一粒と私の顔を見比べた。
「ルーディお姉さまは、お料理に魔術を施されているのではないですよね?」
「とんでもないですわ、ユベールさま」
私もちょっと笑っちゃった。「みなさまが、ふだんお口にされている食材を、ふつうに調理しているだけです。もちろん、食材の選び方や調理の仕方に、少しばかりコツはございますけれど」
「いや、でも、本当に魔法のような美味しさですね」
リドさまは2つめのメレンゲクッキーを口に放り込んじゃった。
私はもうこの際だから、いろいろ推しておくことにした。
「こちらのクリームをはさんだクッキーも、クリームの種類を変えてあるので少しばかり味わいが違いますよ」
言ったとたんに、みんなの目がバタークリームサンドに向く。
「それに、はさんであるクリームの形も、今回はちょっと趣向を凝らしてみました。少しお行儀は悪いですが、クッキーを剥がしてご覧いただいてもいいと思います」
うん、さすがというか、やっぱりメルさまがいちばんにバタークリームサンドを手に取り、クッキーを剥がしてクリームを確認しました。
やっぱり絵を描く人って、こういう造形にすごく反応してくれるよね。
「本当に不思議、どうやってこんな模様を描いてるの?」
今回は、星抜き草の六角形絞り袋で、小刻みに波を描きながらモリスが絞り出してくれました。
「少し変わった道具を使っています」
私はやっぱりにこやかに言っちゃう。「その道具も、意匠登録して販売する予定になっております」
「先ほど話していた、商会の厨房で開催する講習会で披露してもよさそうだな」
公爵さまもやっぱりどや顔でうなずいてくれちゃいました。
そりゃもう、料理人さんなら絞り袋は絶対使ってみたいと思うはず。お料理の見映えが全然違ってくるもんね。
「そうですね、使い方も含めてご紹介すればいいのではないかと思います」
「ルーディちゃんの商会店舗って、年明けにならないと開店しないのよね?」
レオさまが焦れたように言い出した。「もう少し早くならないのかしら? 今日いただいたお料理もどれも本当に美味しいし、我が家の料理人に早く講習会を受けさせたいわ」
「ゲルトルード嬢の料理は『新年の夜会』で披露する予定ですからね」
公爵さまが澄ました顔で答える。「それに、店舗の改装もまだ手付かずの状態ですから。とりあえず、1階は厨房を中心に改装することは先ほど決めましたが」
「もしよろしければ、改装の業者をご紹介できますわ」
メルさまも言い出した。「我が家のタウンハウスを改装したばかりなのですけれど、とてもいい仕上がりにしてくれた業者ですの。もちろん、閣下のほうですでにご予定がおありでしたら、そちらでご施工くださいませ」
「ふむ。商会店舗のほうは、すでに商会員が予定を立ててくれているようなのだが」
言いながら、公爵さまの目が私に向いた。
ん? 何でしょう?
と、一瞬思って、私はハッと気がついた。
「あ、あの、メルさま、もしよろしければ、その改装の業者を我が家にご紹介いただけないでしょうか?」
言って、私もちらっとお母さまに視線を送る。
そうなのよ、新居の改装が必要っぽいって話、お母さまにもごく簡単になんだけど、話しておいたの。だから、お母さまもすぐ気がついてくれた。
「そうね、そうだわ、メル、ご紹介をお願いできないかしら? わたくしたちの新しいタウンハウスも改装が必要なの」
「ああ、リアもお引越しするって言ってたわね!」
メルさまもすぐに理解してくれた。
そりゃあもう、侯爵家に紹介してもらえるような業者さんなら、大歓迎でしょ。
で、そこからは新居の改装のお話になった。
レオさまも加わって、どこをどう改装するのってことで、私室と客室の内装を変えたい、客室をひとつつぶして図書室にしたい、なんてことを相談した。
「厨房と朝食室の間に大きな窓を開けて、そこからお料理を出し入れするって、とってもおもしろい発想ね!」
「本当だわ、ぜひどんな感じなのか見せていただきたいわ。朝食室から厨房のようすを眺められるというのも、すごくおもしろいわよね」
そんなこんなで、レオさまもメルさまも新居のタウンハウスを見に来てくださることになりました。
その上で内装など、どんな感じに改装するか考えましょう、ってことで。
そりゃあもう、メルさまならめちゃくちゃセンスよさそうだし、壁紙とかカーテンとかすっごくおしゃれにしてもらえそう。ホント、もうできることならメルさまに丸投げ、げふんげふん、最大限お任せしたいです。
ああ、なんかやっと、和気あいあいな楽しいお茶会になってきたわ。
お母さまも、レオさまメルさまが一緒に新居の改装を手伝ってくれることになって、とっても嬉しそうだし。
それに、レオさまが言ってくださったおかげで、公爵さまの収納魔道具、時を止められないほうなんだけど、お引越しが終わるまで貸してもらえることになったの! 荷運び、はかどりまくり! いまのタウンハウスにある家具とか調度品も、簡単に持ち出せる!
私はもうほっくほくでフルーツサンドにぱくついてたんだけど……でもやっぱり、そんなに甘くはなかったです。
誰だよ、本当にフラグ立ててくれちゃってたのはー!
すみません、こんなところで切っちゃって(;^ω^)
続きはできるだけ早く更新するようにいたします。