156.プリンまでの道のりが長かった
本日4話目の更新です。
「いい加減になさい、リドフリート」
ビシッとたしなめる声に、私は思わずホッと息を吐きそうになっちゃった。
レオさまからも教育的指導、入りました。
「貴方はゴドフリートにとってもわたくしにとっても、自慢の息子です。それなのになぜ、そのように卑屈なことを言うのです? 固有魔力を持たぬことが貴方の瑕疵になるとは、わたくしたちはまったく思っていません」
「ありがとうございます、義母上」
リドフリートさまは神妙に目を伏せた。
けれどレオさまは深々と息を吐く。
「まったく、貴方は本当にどうしてそういう強情なところばかり、ゴドフリートに似たのでしょうね」
ゴドフリートっていうのはたぶん、レオさまのご夫君で、リドフリートさまのお父上でもあるガルシュタット公爵さまのことだわ。
貴族名鑑に書かれていた名前を思い出していた私に、レオさまが申し訳なさそうに言ってくれた。
「ごめんなさいね、ルーディちゃん。せっかくの楽しいお席で、こんなお話になってしまって」
「いえ、あの、そのような……」
って、そもそも私がリドフリートさまの両手の制御魔石付き指輪をじっと見ちゃったからだよね? こんな大惨事に発展しちゃったのって。
「そもそも、わたくしが不躾なことをしてしまったからです。ヴェントリー伯爵さまには大変失礼をいたしました」
「とんでもありませんよ、ゲルトルード嬢」
どこかホッとしたような表情でリドフリートさまが言った。「私が余計なことまで言ってしまったのがよくなかったのです。お詫び申し上げるのは私のほうです」
「いえ、そんなことは」
「そうよ、貴方が悪いのよ、リドフリート」
私が慌てて応えようとしてたら、さくっとレオさまが言ってくれちゃった。
「本当に、せっかくみんなで美味しいおやつをいただきましょうというお席なのに。だいたいこんなにも聡明なルーディちゃんは、貴方が制御魔石を常に身に着けていようが、固有魔力を持っていなかろうが、そんなことを気にしたりはしないわ」
いや、聡明とかそういうのは全然関係ないです。
全然関係なく、私は気にしないです。
って言おうとしたんだけど、リドフリートさまが先に口を開いちゃった。
「ええ、それはもう私にもよくわかりました」
にこやかな笑顔を、リドフリートさまは私に向けてくれる。
「ゲルトルード嬢には、もしお許しいただけるのであれば、今後私のことはリドと呼んでいただけないでしょうか?」
うひー、なんかまたロックオンされちゃったの、私?
ってまた、私はそれをお断りできる立場にはないよね?
「もちろんですわ、リドさま。わたくしのこともルーディとお呼びくださいませ」
私も、できるだけにこやか~に答えておいちゃったよ。
「ありがとうございます、ルーディ嬢」
同じくにこやか~に答えてくれちゃったリドさま、実に自然な動作でとなりに座ってる私の右手をすっと捧げ持った。
そんでもって、その私の手の甲にちょんっと……。
えっ、は、鼻、鼻だよね?
いまちょんっと私の手の甲に押し当てたの、リドフリートさまの鼻先だよね?
その、く、唇とかじゃなくて……いや、いやいや、鼻先でもなんでも、私そういうの慣れてないんで! すみません、すみません、どうかご勘弁願えないでしょうかっ?
笑顔を貼り付けたまま完全に固まっちゃってる私を、リドフリートさまは上目遣いに見て……にんまりと笑っ、笑ったよ、この人!
なななななななんなの、この曲者っぷりは!
いや、だって、いかにも黒そうな美少年侯爵さまだって、いきなり私の手をにぎったりなんかしなかったよ? あれだけべったり私の傍に貼りついてても、私の体に触れるようなことはしなかったよ?
それにそれに、私の手の甲におでこをちょん、は、ヒューバルトさんにもされたけど、あれはもう忠誠を誓うっていうか、そういう流れのシチュエーションだったし!
こういう不意打ち的な、それも私の反応を見てにんまりしちゃうような……このリドフリートさまって、なんか思ってたのとホンットーに違う気がする!
「リド」
パシッと、私の左側から伸びてきた大きな手が、私の手をにぎってるリドさまの手をはたいた。
「まったく其方は、油断も隙もない」
不機嫌そうにそう言ったのは公爵さま。
でもおかげで、リドさまが私の手を放してくれた。私は慌てて両手をテーブルの下に引っ込めちゃった。
公爵さまは眉間のシワを深くしてさらに言う。
「先ほど言った通り、ゲルトルード嬢は私の被後見人だ。其方も思うところがあるのならば、以後は私を通すように」
いや、思うところって……思うところってナニ? 何なんですか?
なんかもう怖くて私は、公爵さまの顔もリドさまの顔も見られない。
でもリドさまはやっぱりにこやかな落ち着いた声で応えちゃうんだ。
「かしこまりました、閣下。よろしくお願い申し上げます」
「うむ」
よ、よろしくお願い申し上げられちゃってくれないでください、公爵さま!
めちゃくちゃ動揺してる私に、公爵さまは続けてさらっと言った。
「ではゲルトルード嬢、そろそろおやつの味見をお願いできるだろうか?」
ああもう、公爵さまの食い気に逆らえるワケがございませんとも。
私は自分の心臓がばっくんばっくんいってるのを無視して、なんとか笑顔を貼り付ける。
「さようでございますね、公爵さま」
とたんに、ヒューバルトさんがさっと指示を出し、レオさまの侍女のザビーネさんが私の前におやつを並べてくれた。
これもね、お客さまの近侍や侍女がランダムに選んだものを、主催者が食べるっていうルールなの。そりゃまあ、主催者が自分で選んだおやつを食べてたら、毒見にならないもんね。毒が入ってないのをあらかじめ用意しておいて、それを選べばいいわけだもん。
そしてヒューバルトさんが、イケメン圧最大値の笑顔で言ってくれる。
「本日はおやつの種類が多くございますから、ゲルトルードお嬢さまとコーデリア奥さまのお2人で、お味見をお分けになりますか?」
「あ、ええ、そうね、お願いします」
いやもう、このうさん臭いイケメンさんの笑顔にホッとしちゃう自分が哀しいよ……。
そしてその言葉通り、お母さまの前にもおやつが半分並べられた。
いや、プリンは私がお味見っていうかお毒見するんだけどね、フルーツサンドもバタークリームサンドも2種類ずつあるからね。
私はまず、蜜蝋布に包まれたフルーツサンドを手に取った。葡萄柚、つまりグレープフルーツのサンドだ。私がそちらを手に取ったことで、お母さまはもう1種類の、木苺と藍苺のフルーツサンドを手に取る。
そしてお母さまと視線を合わせ、一緒にぱくっとフルーツサンドにかぶりついた。
美味しい。
美味しいよ、マルゴ。ああもう、本当に美味しいおやつは正義。
葡萄柚のさっぱりとした酸味と甘みに、ふわっと軽いホイップクリームがたっぷり絡みついて、本当に泣くほど美味しいわ。
いやもう、さっきまであったいろんなことを遠くへ押しのけてくれるほど美味しくて、マジで泣きそう。
そんでもって次は、バタークリームサンド。私が干し杏入りを、お母さまが干し葡萄入りを手に取る。これまた、お母さまと目を見かわせ、さくっと一口かじった。
ああああ、やっぱり美味しい。マルゴ、天才。
濃厚なバタークリームなのに全然しつこくなくて、ほんのり塩気のあるクッキー生地との相性バッチリ、そんでもって芳醇なお酒がたっぷり染みた干し杏がまた最高のアクセントになってる。
それからさらに、メレンゲクッキーをお母さまと一緒に1粒ずつ。サクッシュワーで、これまた甘酸っぱくてさっぱりしてて美味しい。
そして最後は真打登場、プリンです。
私は渡された瓶入りプリンから蜜蝋布のふたを外し、そっとスプーンを差し入れた。
おおおおお、このとろりとしたなめらかさ。マルゴってば、あんなに鬼気迫る勢いで大量生産してくれちゃったのに、やっぱり仕上がりは最高だわよ。
掬い取ったとろーりプリンを口に運ぶと、ああもうたまらん、この幸せ。お口の中でほどけるこの優しい甘さと食感!
「では、みなさまもお召し上がりくださいませ」
私が本気の笑顔でそう言ったとたん、全員がスチャッとばかりに瓶入りプリンを手に取った。
ええもう、マルゴ必殺のなめらかプリンを、ぜひご堪能あれ!