155.なんか思ってたのと全ッ然違う!
本日3話目の更新です。
いや、稀有なご令嬢って……えっと、あの、私、また何か、常識知らずを発動しちゃった?
私は思わず、公爵さまに問いかけるように顔を向けちゃった。
その公爵さまも、やっぱり口の端をちょっと上げてニヤリと笑ってる。
「リド、私が言った通りだろう、ゲルトルード嬢は」
って、ナニ、ナニを言ったの、公爵さまは!
焦っておたおたしちゃってる私の両横で、公爵さまとリドフリートさまが笑ってる。
「ええ、このような反応をしていただいたのは、初めてですよ」
クックッと喉を鳴らしてリドフリートさまが笑う。
ええええええ、ナニ、なんなの、私、そんなに変なこと言った?
だって、魔力を上手く制御できなくて、ちょっと触っただけで灯の魔石まで壊しちゃうとか、めちゃめちゃ不便だよね?
でも、そういうことって、言っちゃいけなかったの? でも、じゃあ、ナニをどう言えばよかったの?
私はまた思わず、お母さまに顔を向けちゃった。
「ヴェントリー伯爵さま、わたくしの娘は身近でわたくしを見ておりますので、ただもう不便に違いないと、素直に感想を述べたのですわ」
くすくすと笑いながら、お母さまが言ってくれた。
そしてお母さまは自分の耳にかかっている髪を、その手ではらってみせた。
リドフリートさまの眉が上がる。
「おや、コーデリアどのも制御魔石をご利用でしたか」
そうなの、お母さまの両耳には、魔力制御の魔石が付いたイヤーカフが常に装着されてるのよ。
「はい。わたくしも、自分の魔力が上手く制御できないのです」
お母さまはほほ笑みながら答えてる。「わたくしの固有魔力は【聴力強化】なのですが、魔力量が多いせいもあるのかどうにも制御が難しく……本当にありとあらゆる音や声を拾ってしまって、頭が割れそうになってしまうことがあるのです」
「そうだったのですか」
うなずくリドフリートさまに、お母さまはまたほほ笑みかける。
「そうやって魔力制御に困っているわたくしを、身近に見てゲルトルードは育ちましたから、制御ができない本人がいちばん不便で困っているのだと、そう素直に思っているのだと思いますわ」
「なるほど。そうなのですね」
またもうなずいたリドフリートさまは、それでも再び苦笑した。
「しかし、私は自分が固有魔力を持っていないことも話しましたから、ゲルトルード嬢の反応はやはり新鮮でした」
えっと、固有魔力がないって……貴族の中にも、そういう人もいるっていうことぐらいは、私も知ってるんだけど……そんなにめちゃくちゃ驚くほど珍しいことなのかな?
私はやっぱりよくわからなくて、お母さまと公爵さまの顔を見比べてしまう。
「ルーディお姉さま、固有魔力を持たない領主というのは、領民から軽んじられることが多いのですよ」
いきなりユベールくんが口を開いた。
えっ、と顔を向けた私に、ユベールくんはしれっとさらに言った。
「上位貴族で固有魔力を持たない領主というのは、通常では考えられないです」
「そういうことです」
ぎょっとしてしまった私に、リドフリートさまが落ち着いた声で言う。
「領民は強い固有魔力を持つ領主を望みます。特に、魔物から自分たちを守ってくれるような固有魔力であればあるほど、彼らは歓迎します」
そ、そういうものなの?
強い固有魔力って……魔物から自分たちを守ってくれるような?
えっと、それってつまり魔物を倒せるような攻撃的な固有魔力ってこと? ベアトリスお祖母さまのように、轢弾を飛ばせるとかそういうの?
あっ、もしかして公爵さまが言ってた、領主クラスも王宮北の森での実地訓練ってそういうこと?
って、つまり、領主は自分で魔物を討伐しなきゃいけないなんてことで……いや、でも、魔物って辺境に出るんだよね? クルゼライヒ領は別に辺境でもなんでも……。
「ゲルトルード嬢、領主のあるべき姿というものは、今後きみが自分自身で考えていけばいいことだ」
公爵さまが低い声で言い出した。
ゆっくりと私に視線を送ってから、公爵さまはさらに言う。
「領主教育をまったく受けさせてもらえず、領民と触れ合う機会さえもまったく与えられなかったきみが、戸惑うことが多いのは理解している。きみ自身もさまざまな不安を抱えているだろう」
はい、おっしゃる通りです。
思わずうなずいちゃった私に、公爵さまが言ってくれる。
「だが、きみならこれから学び経験していくことで、自分なりの領主の在り方というものを、周囲の思惑などに振り回されることなく、しっかりと見極めることができるはずだ。きみは非常に聡明であるし、独自の発想で考えついたものを形にすることができる才女なのだから」
いや、公爵さま、それは盛りすぎです。
そんな、聡明だとか才女だとか、いきなり私のハードルを上げまくられても困ります。それでなくても、逃げられるものなら領主の椅子から逃げたいと、いまでも本気で思ってるのに。
だけど、私が謙遜でもなんでもなくマジで困りますよと口を開く前に、メルさまがさらっと言ってくれちゃった。
「本当に、クルゼライヒ伯爵家の前当主は愚かよね」
うわ、言い切ってくれちゃいましたね、メルさま。
ちょっと本気で驚いちゃった私に構わず、メルさまはさらに言ってくれちゃう。
「ルーディちゃんがどれほどに優秀なのか、誰の目にも明らかなのに。そのルーディちゃんをないがしろにして、妻であるリアもさんざん貶め、挙句に領民を虐げるだけ虐げて。本当に、ちょっとばかり魔力量が多くて強い固有魔力を持ってるからというだけで、中身はてんで愚かで無能な男が領主になっても、周りじゅうが不幸になるだけよ」
メ、メルさま、なんかこう、実感がこもりまくってませんか?
お言葉には、私が優秀云々以外は百パーセント同意しちゃうけど、それをはっきり口にしてしまってもいいの?
私がためらっている間に、レオさまもさらりと言ってくれちゃった。
「本当にメルの言う通りよ。確かに強い固有魔力を持っていれば魔物討伐のときには役立つけれど、そんなもの別になくても構わないわ。軍部に要請して、討伐部隊を派遣してもらえば済む話ですもの」
「ええ。派遣要請には対価が必要だけれどね」
メルさまもうなずいちゃう。「でも、だからこそ必要に応じてちゃんとその対価を支払えるほど、領地を富ませておくことのほうがよほど大事だわ。領民だって愚かではないもの、魔物討伐のときだけ偉そうにしゃしゃり出てくる無能な領主より、常日頃から領民のために善政を敷いてくれている領主のほうを支持するに決まっているわ」
メルさま、やっぱり実感がこもりまくってます。
あの、つまり、その、やっぱり、メルさまがつい最近離婚されたお相手っていうのは、そういうかただったワケですね?
そんでもって、メルさまが実質的に領主として領地を切り盛りされていたワケですね?
なんかホントにそうだったみたいで、メルさまはユベールくんにもビシッと教育的指導をされました。
「ユベール、貴方も固有魔力を持たなければ領民に軽んじられるなどと、愚かなことを口にするのではありません。領主の価値は、そんなことでは決まりませんよ」
「はい、申し訳ございません、母上」
美少年侯爵さまもさすがに母君には従順なようです。
そんでもって、メルさまはさらに容赦ないの。
「謝罪する相手が違うでしょう、ユベール」
またもや教育的指導が入りました。
ユベールくんは一瞬、顔をしかめたものの、それでも頭を下げました。
「失礼なことを申し上げました。お詫び申し上げます、ヴェントリー伯爵どの」
「どうぞ、お気遣いなく」
謝罪されたヴェントリー伯爵ことリドフリートさまは、にこやかに応えた。
うん、さすがオトナの余裕よね、と私はちょっとホッとしたんだけど、そうではなかったみたい。だって、リドフリートさまってばにこやか~に、さらに言ってくれちゃったんだもん。
「そうですね、メルグレーテどのがおっしゃるように、我らも認識を改める必要がありそうですね、ホーフェンベルツ侯爵どの。つまり、私のように固有魔力を持たぬ者は、領民から軽んじられはせぬかもしれませんが、同じ貴族からは侮られてしまうということですね」
ひいぃぃぃーーー!
怖い、怖すぎます、リドフリートさま! 全ッ然、謝罪なんか受け入れてないじゃん、めちゃめちゃ根に持ってるじゃん!
ユベールくんも笑顔で小首をかしげながら、そんな1ミリも笑ってない目でリドフリートさまを見るのは止めて!
ああもう、美味しいおやつを味わうための席が、なんでこんな大惨事になっちゃったのよおー?