150.情状酌量しないワケではないけれど
日付が変わってしまいましたが、3話更新します。
まずは1話目です。
まあ、でも、公爵さまのこんな過酷な生い立ちなんか聞いちゃうとねえ。
ほとんど生まれたときからずっと、おやつもお食事も、自由に好きなものを好きなだけ食べるってことができなかったんだろうなって、簡単に想像がついちゃうから……そのせいで余計に美味しいものに執着するようになったんだろうな、っていうことも想像できちゃうからねえ。
それを思うと、まあ、少しぐらいは大目に見てあげてもいいかな、と思わなくもない。
いや、やっぱり厨房にまで乗り込んできてもりもりもりもり試食しまくってくれちゃうのは、ご遠慮申し上げたいわ。
で、その我が家にやってくれば何か美味しいものが食べられるとすっかり味をしめちゃったご本人は、そっぽを向いて知らん顔してる。
小学生か!
てかもう、近侍さんに説明させちゃってる時点でかなりダメダメだと思うよ。なんだかなー、叱らないから正直に言いなさい、って気分。
もーホンットにこのおっさん、げふんげふん、公爵さまってばいろいろ残念なだけじゃなくいろいろ面倒くさいわ。
「わかりました」
私はそっぽを向いてる公爵さまに言った。「それでは本日も、ご用意した軽食とおやつを召し上がってくださいませ。そろそろお茶の準備も調っているものと思いますし」
パッと公爵さまが私に顔を向けた。
そんでもって、わざとらしく咳ばらいをして言い出すんだ。
「うむ、そうだな。みなを待たせるのも悪い。お茶にしよう」
うん、だからアーティバルトさん、肩をひくひくさせてるの、止めてってば。
みんながいる四阿のほうへ、公爵さまと一緒に歩いていくと、手前のところにアデルリーナたちお子ちゃまメンバーと先生たちがいた。
なんだかアデルリーナもジオちゃんも、ちょっと深刻な顔をしてる。
そして、私たちが戻って来たことに気が付くと、パッとこちらへと駆けてきた。
もしかして、私が公爵さまに怒られてたとか思って心配してくれたんだろうかと、私もちょっと慌ててリーナたちのほうへ小走りしてしまう。
「ルーディお姉さま」
ジオちゃんが胸のところで両手を組み合わせ、私に呼びかけた。
でも、そこでちょっとためらって、となりにいるアデルリーナに視線を送る。アデルリーナのほうも両手を組み合わせて、ジオちゃんと目を交わし、私に向き直った。
「あの、ルーディお姉さま、ジオちゃんが……」
えっ、ナニ、いったいどうしたの?
何か問題でも起きたのかと、私がさらに慌ててると、ジオちゃんが意を決したように言い出した。
「ルーディお姉さま、お願いがあるのです」
「お願い、ですか?」
目を見張っちゃった私を、ジオちゃんはものすごく真剣な顔で見上げてる。
「あの、はしたないお願いであることは、じゅうぶんわかっているのです。でも、あの……食べきれなかったおやつを、その、いただいて帰ってもいいでしょうか?」
わぁお。
ジオちゃん、アナタもすっかり食いしん坊さんですね?
気が付いたらハルトくん、ハルトヴィッヒさまも、ジオお姉さまの横にならんじゃってるし。
「ルーディお姉さま、ぼくもおねがいします。リーナちゃんから、どんなにおいしいかおしえてもらったので、どうしてもぜんぶ食べたいのです」
ハルトくんもめちゃくちゃ真剣です。
私は笑顔で答えちゃった。
「ええ、もちろんですわ。おやつは多めに作って持ってきましたし、お気に召したようでしたら、お土産に差し上げたいと思っていたほどですから」
「本当ですか!」
ああもう、ジオちゃんもハルトくんも、パーッと顔を輝かせてくれちゃって!
「ありがとうございます、ルーディお姉さま!」
「よかった、『はんばーがー』は、おなかがいっぱいになってしまうから、お夕食にいただいたほうがいいって、リーナちゃんがおしえてくれて」
「『ぷりん』と、おいものサラダの『さんどいっち』は、ぜったい食べたいというお話になったのですけれど、どうしてもほかのおやつもいただいてみたくて」
うんうん、お持ち帰りしてもらっていいですよー。
私がにこにこ顔でうなずいちゃってると、公爵さまも言い出した。
「ジオ、ハルト、ではレオ姉上には私から話しておこう。夕食にハンバーガーやホットドッグを食べさせてもらいなさい。どちらも驚くほどに美味しいぞ」
「ありがとうございます、ヴォルフ叔父さま!」
「わーい、ヴォルフおじさま、だいすき!」
うわああああああ!
公爵さま、甥っこちゃんに大好きなんて言ってもらってるんですけど!
ホンットになついてもらってんですね?
いや、いまもちょっと眉間にシワ寄ってるのに、甥っこちゃんは全然怖がってないですね、それどころか無邪気に抱きついてくれちゃったりなんかしてますね、いったいナニをどうやってそこまでなついてもらったんですか?
って、そっちがものすごーく気になってるんだけど、でも、私に向けられている家庭教師の先生がたの圧がちょっとすごい。
あまりにも期待に満ち満ちた目で見つめられてしまって、私はそちらに顔を向けないわけにはいかなかったり。
「もちろん、リケ先生もファビー先生も、お召し上がりきれなかったぶんは、お持ち帰りくださって結構ですわ」
「ありがとうございます、ルーディさん!」
「感謝いたしますわ、ゲルトルードさま!」
うん、なんかもう、これ言い出したらみんな、お土産に持って帰るって話になりそう。
今日持ってきたぶんは、プリンどころかメレンゲクッキーの1個にいたるまで、何一つ残らない可能性が高くなってまいりました。
まあ、でも、公爵さまのおかげで我が家のお料理にはすでに変なプレミアが付いちゃってるようだし、ゲルトルード商会の商品販売に向けて、みなさんにプロモーションしていただけるんだと思えばいいわよね。
いいと、思うことにする。
気が付いたらナゼか商会の頭取にされちゃってたけど、もうせっかくだからこのさい、レシピ販売も店頭販売もカフェ経営もがっつり稼がせてもらいましょう!
と、私が前向きに考えていたら、公爵さまがビミョーにはずんだ声で言っているのが聞こえてきた。
「うむ、栗の収穫も順調であったな。これだけ集めておけば、かなりの量のおやつが期待できる」
そうですか、そのイガの山が公爵さまの脳内では、すでにおやつに変換されていますか。
私は思わず目をすがめて、積み上げられているイガの山を見ちゃった。
いやもう、どうすんのよ、このイガ。誰が剥いて栗を取り出すの? まさか、我が家で剥いて取り出せなんて言わないよね? それでなくても公爵さまってば、取り出した栗は全部我が家に丸投げする気満々としか思えないのに。
でもって、聞こえてきたリドフリートさまの声にちょっとだけホッとする。
「そうですね、閣下。後で我が家の下働きの者を遣わせてイガを剝かせます。剥いた栗は閣下にお届けしておけばいいでしょうか?」
とりあえず、我が家でイガ剥き作業はしなくてもいいようです。
公爵さまがうなずいてます。
「ああ、そのようにしてもらおうか。私がゲルトルード嬢に届けよう」
って、その口実でまた我が家に来てナニか食って帰る気満々ですね?
言っときますけどね、栗の渋皮煮なんて調理にほぼ1日かかりますからね? 大量の栗の鬼皮を、渋皮を傷つけないようていねいに剥くだけで何時間かかると思ってるの?
モンブランの栗ペーストだって、ミキサーもないんだし時間かかりますからね? 栗を持ってきたら、その日にすぐ何か食べられるとか思ってても大間違いですからね?
うーん、ちょっと本気で何か対策考えないと、このままじゃずっと公爵さまの食欲を満たしてるだけで毎日が終わっちゃいそうなんですけど。
学院の冬学期が始まったら、私は厨房に入ることが難しくなる。さすがにそうなれば、この食いしん坊公爵さまも毎日毎日毎日毎日我が家にやってきてなんか食わせろ状態にはならないと思うけど。
ならないと、思うけど!
イマイチ信用が足りないんだよね、私がいなくても厨房へ突撃なんてことされちゃったら、いったいどうすればいいの? 私がずっと我が家の厨房に貼りついてるわけにはいかないんだよ? 一応、学業を優先するようにってことも言ってたよね、この人?
それに引越しだよねえ。
とにかくそっちをどんどん進めたいんだけど、新居のリフォームが必要になっちゃったから……今日これから、レオさまに相談できるかな?
うーん、栗のおやつを作って、揚げ物の試作をして、レシピのうち書けるものは書いていって、同時に引越し作業を進めていって……商会店舗のリフォームもあるよね? これ、授業が再開したら全部同時進行していくの、絶対無理だって気がするわ……。