148.これもまた衝撃の事実
本日4話目の更新です。
この回は途中からいきなり過酷な内容になりますので、ご注意ください。
いや、だって、エクシュタイン公爵さまって、我が家に突然やってきた、その最初のときから、我が家でいろいろ食べてるよね?
そう、夜中に大慌てでサンドイッチをお出しして……いや、その前にまず、お茶と林檎のパイをお出ししたわ。そのときも、特になんていうこともなく、ふつうに召し上がったよね?
その次は……そう、その次にはもう、厨房に乗り込んできちゃって、ホットドッグをもりもり食べてくれちゃって……その後は完全になし崩しでしょ、とにかく新しいおやつやお料理を作ったら、試食に呼んでないのに必ずやってきちゃうし。
その公爵さまが、訪問先では何も口にしない?
お姉さまがたの嫁ぎ先だけが例外?
えっと、あの、つまりそれって、毒を盛られることを警戒して、ってことだよ、ね?
いや、確かに、夜中にサンドイッチをお出ししたとき、毒の話はされていたけど……そんなにカジュアルに毒って盛られちゃうの? って、驚愕した覚えはあるんだけど……でも、それだったらなんで、我が家であんなにもりもりもりもり食べまくってくれちゃってるの?
私、サンドイッチをお出ししたとき、お毒見さえしなかったのに?
そもそもあのサンドイッチだって、アーティバルトさんからのいわば催促だったんだよね? いや、もう公爵さまはすでに林檎のパイを食べてたから? アーティバルトさんも我が家で出すお食事なら公爵さまも食べるっていう、前提で催促してくれたってことよね?
なんかもう、さっぱりワケわかんなくなっちゃってる私の前で、リケ先生とファビー先生はくすくす笑いながら話を続けてる。
「本当に、あの『飲まず食わずの閣下』が、訪問先でおやつを召し上がって、しかもそれが素晴らしく美味しいとおっしゃってるだなんて」
「そうそう、そんなお話を聞いて、興味を持たない人なんているのかしら」
「わたくしもお話を聞いたとき、真っ先に、自分も食べてみたいと思いましたもの」
「ええ、わたくしもよ。あの公爵さまですら、お口にされずにはいられなかったほどの美味しさということですものね」
いや、待って。なんか違う。
違うけど……違うけど、やっぱり公爵さまの食い意地が発端?
ヨソでは絶対飲食しない公爵さまが自らの禁を破ってまで食べちゃったほど美味しかったんですってよ、って……だから食べてみたいって、そういう話になっちゃってるの?
「ルーディさん、おうかがいしてもよろしいかしら?」
リケ先生が、なんかもうキラキラした目で私の前にずいずいっと身を乗り出してきた。
「え、あの、なんでしょう……?」
腰が引け気味になってる私に、リケ先生はさらに迫ってくる。
「ルーディさんがお出しになられたおやつを、公爵さまが最初にお口にされたときは、どのようなごようすだったのです?」
「それは、わたくしもぜひ知りたいですわ」
ファビー先生もずいずいと身を乗り出してきちゃった。
「え、えっと、どのようなごようす、って……」
いやもうフツーにお茶にお誘いして、林檎のパイもありますよ、って……そこへ行くまではイロイロあったけど、お茶自体はフツーだったよね?
「最初にお出しになったおやつは何でしたの?」
「公爵さまはどのようにお召し上がりになりましたの?」
えー、あの、こういうのって、どうすればいいの? 別にフツーでしたって、正直に言っちゃえばいいの?
「きみたちは、いったい何の話をしているのだ?」
突然降ってきたその声に、リケ先生とファビー先生が跳び上がった。いや、私も1センチくらい浮いたかも。
って、公爵さまってばいつの間に!
本当にいつの間にか、公爵さまが私たちのすぐそばに立っていた。ええ、その手に栗のイガが山盛り入ったかごを下げて。
それに公爵さまだけじゃなく、リドフリートさまもユベールくんも近侍さんズも、みんなそろっていつの間にか戻ってきてるんですけど。
ったく、近侍さんズめ、お約束で肩をひくひくさせてるんじゃないわよ。
「えっ、あの、閣下、何の話というのは」
「ええ、あの、わたくしたち、ゲルトルードさまと親睦を深めようと」
先生お2人、ささっと何事もなかったかのように、お子ちゃまたちのほうへと下がっていかれました。
「ゲルトルード嬢」
公爵さまの眉間のシワがめっちゃ深いです。
私はちょっと視線を泳がせちゃったんだけど、深々とため息を吐きだした公爵さまは、逃がしてくれませんでした。
「説明するので、少しこちらへきなさい」
いやー、もう、なんだろう。
そんでも逆らうという選択肢を与えられていない私は、粛々と公爵さまの後についていくしかないのよね……。
と、いうことで、ほかの人たちから少し離れた木立までやってきました。
公爵さまと私、2人きり……ということはなく、もちろんナリッサとアーティバルトさん付きだよ。こういうときは貴族って便利。絶対お供が付いてきてくれるもんね。
しかし公爵さまってば、ナニを説明してくれるんでしょう。
私としては、本当に本当にヨソのお家ではいっさい何も口にしないのか、ってことを訊いてみたいんだけど。我が家ではあんなにもりもり食ってるのに。
公爵さまは眉間にシワを寄せまくって、腕組みをして考え込んでる。
とりあえず、そのまま待っていると、公爵さまはおもむろに口を開いてくれた。
「私が、訪問先で飲食物を口にしないのは事実だ」
マジっすか!
え、本当に? 誰か違う公爵さまの話じゃなくて?
思わず目を見張っちゃった私には視線を向けないまま、公爵さまは続けて問いかけてきた。
「きみは、私が姉2人とは母親が違うことは、知っているのだろうか?」
知りませんって!
私は慌てて首を振った。
「あの、初めてお聞きしました」
「そうか……そこからか」
公爵さまは、本当に深々と息を吐きだした。
しばらく考え込んでいた公爵さまは、それでも話し始めてくれた。
「我が家の先代当主は、正妻との間に娘2人が生まれたものの、男子には恵まれなかった。上の娘は生まれてすぐに王太子殿下との婚約が決まったが、下にもう1人娘がいるのだから、その娘に婿を取ればいいものを、先代は自分の息子を跡継ぎにすることに執着した」
深々と息を吐きだしながら公爵さまが言う。「そうして、生まれたのが私だ」
ええと、つまり、公爵さまは先代公爵家夫人が生んだ息子ではなく、いわゆるお妾さんの子、というわけ?
視線を送って来た公爵さまに、私はうなずいてみせた。
うん、この理解であってるらしい。
公爵さまは続ける。
「こういう話は貴族家、特に高位の貴族家ではめずらしくない。我が国は一夫一妻制だが、嫡男しか跡継ぎを認めていないため、息子欲しさに側妾を抱える当主は多い」
うん、まあ、たぶんそういう話はあるんだろうね。
それは私も理解できる。納得は、できなくても。
またうなずいてみせた私に、公爵さまはさらに続けた。
「だが、正妻としては当然、おもしろくない話だ。自分が生んだのではない、ほかの女が生んだ子が跡継ぎになるのだからな。だから当家の正妻は私が生まれたとき、夫に宣言した。必ず私の命を奪ってやる、と。おそらく、彼女はいまだに私を葬り去りたいと思っているはずだ」
え、いや、あの……ちょっと理解が、追い付きません。
私はなんだか、むしろこう、ぽかんと間の抜けた顔で公爵さまを見てしまった。
だって、宣言?
宣言した? 命を奪ってやるって……公爵さまが生まれてすぐに? 赤ちゃんだよね? 生まれたばっかの赤ちゃんを殺してやるって、自分の夫に向かって言い切っちゃったの? その正妻さんは?
「正妻は、宣言した通り、何度も何度も私の命を狙った」
微塵も揺るがない声で公爵さまは続ける。「階段から突き落としたり馬を傷つけて落馬させたり、それはもう、さまざまな手を使って私の命を狙ってきた。だが、やはり一番多かったのが、毒を使うことだった」
なんだかもう言葉も出ない私の前で、公爵さまはやっぱり淡々と話し続けた。
「私は家の中でも、姉たちが用意してくれた飲食物以外、いっさい口にできなかった。特に上のベルゼルディーネ姉上がいてくれなければ、いま私はここに生きてはいない」