147.美味しいお料理が食べたい
本日3話目の更新です。
「でも、そうすると……」
私はまた素朴な疑問を口にしちゃった。「美味しいお料理を召し上がっている貴族家もあるのですね。その、お茶会や夜会で美味しいおやつやお食事に出会えたということは」
「そうなのですよ」
なんかもう、リケ先生とファビー先生がそろって身を乗り出してきちゃった。
「わたくしがおうかがいしたところによると、ご領地で召し上がる地元のお料理がとても美味しいので、ご領地の料理人を王都に連れてこられたのだそうです」
「わたくしがお聞きしたのも、ご領地のお話でした。そのかたは、異国と接するご領地だとかで、ご当主が宿場のお食事処で召し上がったお料理がとても美味しくて、そちらのレシピをお買い求めになったのだそうです」
なるほど。
そうよね、地方男爵家出身のお母さまも、領地では美味しいごはんを食べていたって言われていたもの。とにかく地元の新鮮な食材を使っているっていうだけでも、格段に美味しくなるものだしね。
そして、宮廷伯爵家のご令嬢であるお2人は、顔を見合わせてため息をこぼした。
「わたくしたちは領地のない家で育ちましたので……」
「そうなのです、我が家ではそういった、地方でのお料理を口にする機会というものがなくて」
それもまた、なるほど、だよねえ。
納得しちゃってた私に、リケ先生が声を落としてこっそりという体で問いかけてきた。
「ルーディさん、その、大変失礼なことをおうかがいしますが……ルーディさんのお家の料理人は、どのように捜してこられましたの?」
なんだか、ファビー先生もさらに身を乗り出してきちゃう。
「そうですよね、先ほどもエクシュタイン公爵さまが、素晴らしく腕がいいとおっしゃっていたような料理人ですもの。やはり、ご領地からでしょうか?」
「いえ、商業ギルドからの紹介です」
「商業ギルドですか?」
あっさりと答えた私の前で、2人がそろって目を丸くしてる。
「え、では、その、紹介状は……?」
「紹介状は持っておりませんでした」
私は正直に説明した。「なんでも、以前勤めていた貴族家の奥さまとお料理に対する考え方が合わなかったとかで、紹介状を書いてもらえなかったそうです」
「それでも、その料理人をお雇いになったのですね?」
やっぱり目を丸くしてる2人に、私はさらに説明した。
「はい。当時商業ギルドで我が家を担当してくれていた職員が、我が家にぴったりな料理人だと紹介してくれましたので。本当にその通りでした」
ホントだよ、クラウスには感謝しかないよ。
「本当に、運がよかったと思っております」
私はもう正直に申告しちゃった。「いまの料理人が我が家へ来てくれていなければ、わたくしはこれほど多くのお料理を新たに作ることはできませんでした。本当に腕もいいですし、お料理そのものに対する意欲も大変高い料理人です」
いやもう、本気でマルゴさまさまだもんね。
「それは……正直にうらやましいですわ」
「ええもう、本当に。そのような料理人はもはや財産ですわね」
なんだか、この先生がたとお話ししてると、こんなにも食いしん坊さんがそろってる理由というか、なんで美味しいお料理に対する欲求がみんなこんなに高いのかが、わかってきた気がする。
世の中に美味しいお料理があることはもう知ってるんだけど、その美味しいお料理を口にする機会があまりないから、ってことだよね。
機会があまりないっていうか、たぶん滅多にないから、その機会が巡ってきたとたん、みんな盛り上がっちゃうんじゃないかな?
その機会の少なさって、いま聞いてた料理人事情にもよるものだと思うんだけど、あとひとつ……私がすごく気になってるのが、貴族の間には外食産業というものがほとんど存在してない、ってこと。
だって、ゲルトルード商会でカフェをやりたいって言ったときの、公爵さまを始めみんなの反応を思うと、ねえ?
外食産業がもう少し発達していれば、手軽に美味しいものが食べられると思うのよ。
お店が増えれば当然、美味しいお店に人が集まるから、ちゃんと淘汰されて美味しいお料理を出すお店が残っていくものだし。
それにね、美味しいお料理を出すお店がふつうにある、ってことになれば、上級使用人っていう地位だけで満足してるような料理人でも刺激されると思うし、危機感も抱くと思うんだよね。
外食産業が発達すれば、そういう点においてもいい効果が生まれるんじゃないかなあ。
だから、私はそれについても訊いてみることにした。
「あの、お2人におうかがいしたいことがあるのですが……もし、王都の中に美味しいおやつとお茶を楽しめる飲食店、それも貴族女性が気軽に立ち寄れるような飲食店がありましたら、ご利用されたいと思われますか?」
リケ先生もファビー先生も、またそろって目を丸くした。
「え、あの……飲食店ということは、その店内でお茶やおやつをいただく、ということですわね?」
「そうです」
私はうなずいた。「貴族女性や平民の女性が、お買いもの帰りなどに気軽に立ち寄って、気の置けないお友だちとおしゃべりをしながらお茶と美味しいおやつを楽しむ、そんなお店です。あ、貴族女性には、数名が同席できる程度の個室をご用意するつもりです」
「お待ちください」
リケ先生がさっと姿勢を正した。「そのように具体的なことをおっしゃるということは……もしかして、本当にそのような飲食店を王都に開店させるご予定がある、ということでしょうか?」
「ええ、予定というか、まだ本当に計画の段階なのですけれど……本日わたくしがお持ちしたおやつも、店内で飲食していただけるだけでなく、お持ち帰りでもご購入いただけるようにする予定です」
私がそう言ったとたん、ファビー先生が両手で自分の口元を覆った。
「なんて恐ろしい……」
「えっ?」
ギョッとしてしまった私の目の前で、ファビー先生はおののいたように肩を震わせた。
「そんなお店があったらわたくし、毎日通いつめてしまいますわ……!」
お、おおう。
ファビー先生、めちゃくちゃ本気なのですね?
以前、レオさまの侍女さんにうかがったときも、積極的に利用したいと言っていただいたのだけれど、このファビー先生の反応を見てるとなんかもう、貴族女性のみなさんにめちゃめちゃ支持してもらえそうな気がしてくるわ。
でも、今日のお話でひとつ懸念が生まれちゃったんだよね。
「それで、あの、またひとつおうかがいしたいのですが」
うなずいてくれたリケ先生とファビー先生に、その懸念について問いかけてみた。
「そういった飲食店の場合、特にお毒見役を置くようなことはできないと思っています。もちろん、個別にお毒見役のかたを伴ってご来店いただくことは構わないのですが……そういったお店でも、ご利用になりたいと思っていただけますか?」
お2人が顔を見合わせた。
そして、まずはリケ先生が考えながら問いかけてきた。
「飲食店ということは……そこで提供されるお茶もおやつも、それこそ不特定多数のかたが口にするわけですよね?」
私が答える前に、ファビー先生がうなずいた。
「それでしたら、むしろ安全ではありませんか? 誰がどのお料理を口にするかわからないという状況で、特定の誰かを狙うというのは難しいと思いますもの」
そうして、2人はまた顔を見合わせる。
「それに、よほど高位の貴族家のかたでなければ、そこまで慎重にはならないと思いますわ」
「そうですね、具体的に危険を感じていらっしゃるかたは、まずそういう場所にお出かけにはならないと思いますし」
そう言って2人はうなずきあってくれたんだけど……具体的に危険を感じちゃうような人も、実際にいらっしゃるわけか……。
「それに、ルーディさんがそのようなお店を考えていらっしゃるということは」
リケ先生がまた問いかけてきた。「後見人となられたエクシュタイン公爵さまも、そのお店に係わられるということなのでしょう?」
「はい、公爵さまには商会の顧問になっていただいております」
私が答えると、2人はやっぱり顔を見合わせ、そして今度はくすくすと笑いあった。
「それでしたらもう、多くの貴族が安心して利用すると思いますわ」
「ええ、本当に有名ですものね」
「あの、有名というのは?」
ナニ、公爵さまの食い意地ってそんなに有名なの? 公爵さまがバックについてるお店なら、間違いなく美味しいってみなさん思ってくれるの?
と、私は思わず問いかけちゃったんだけど……とんでもない答えが返ってきた。
「もちろん、公爵さまが訪問先では決して飲食はされないということが、ですわ」
は、い?
「本当、有名ですものね。もともとお忙しいかたですから、お茶会や晩餐会にもあまりご出席されないのですけれど、まれにご出席されても本当に何もお口にされないですから」
「討伐遠征でも、ご持参されたものか、近侍さんがご用意されたものしか、お口にされないそうですわよ」
「徹底されていますのね」
「それでも、ガルシュタット公爵家をご訪問されたときだけは、お茶やおやつも召し上がるのでしょう?」
「ええ、それはもう。姉君さまたちの嫁ぎ先、つまり王家とガルシュタット公爵家だけが例外だというのも、有名ですものね」
「その公爵さまが喜んで召し上がるおやつですもの、誰だって食べてみたくなりますわ」
ちょ、ちょ、ちょま、ちょっと待って!
あの、誰の話をしてるんですか?
訪問先では決して飲食はされない?
あの、えっと、それって、なんだかんだ我が家にやってきては毎回もりもり食って帰るあのおっさん、じゃなくて、エクシュタイン公爵さまのことじゃないですよね? 違いますよね?