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146.貴族家の料理人事情

本日2話目の更新です。

 なんか、私にはまったく実感が湧かないんだけど、本当に毒殺とか……日常的に警戒しなきゃいけないようなことなんだ……。

 お茶会ではおやつを提供した人が最初に口をつけて毒が入ってないことをアピールしなきゃいけないとか、他家の御者さんに飲食物を提供してはいけないとか、家人が誰も同席していない状態でお客さんにお茶を出してはいけないとか。

 そういうものだ、と、頭ではだんだん理解できてきたけど、私の場合そこに危機感とか警戒心とかがまったくセットになってない。


 私が本当に愕然としちゃったもんだから、2人の先生がなんだか慌ててフォローするようなことを言い出してくれちゃう。

「あの、公爵家のような高位貴族家でなければ、それなりに料理人の入れ替えはあるのですけれど」

「そうです、我が家も5年ほど前に料理人を入れ替えました」

「そうね、あのときリケのお家では次の料理人捜しが大変で」

「ええ、紹介状を持った料理人を何人も面接して……でも、紹介状だけではわからないこともありますから」

「身元がしっかりしている者であっても、目に余ることをする場合もありますものね」


「目に余ること?」

 2人の会話に出てきた言葉に、私は思わず反応しちゃった。

 そうしたら、リケ先生がまたちょっと困ったように言ってくれた。

「はい、我が家の料理人を入れ替えたのもそのせいです。料理の腕は、まあ、それなりだったのですが、その、専横があまりにもひどくて」

「専横、ですか?」

 やっぱり問い返してしまった私に、リケ先生はさらに教えてくれた。

「そうです。以前使っていた料理人は、我が家に長年出入りしていた奥向きの業者を勝手に追い出し、自分に多額の賄賂を贈ってくれる業者を引き込んでいたのですよ。そのせいで、我が家のお料理の質も、リネン類などの質もどんどん落ちてしまって……さすがにその料理人を使い続けることはできませんでした」


 そうか……そういう問題もあるんだ。

 貴族家で消費する食材をどこで購入するかって、基本的に料理人が決めるもんね。

 その食材も毎日大量に使うから、貴族家御用達になればその業者は安定収入が得られる。そりゃあ、熱心に売り込みもするだろう。業者を選ぶ権限がある料理人に賄賂のひとつも贈ろうとするだろう。

 さらに料理人はほかの業者、いまリケ先生が言った『奥向き』と呼ばれている、家庭内で使用するリネン類などの消耗品を扱う業者の選定にも関わってくることが多いらしい。

 そこで料理人が勝手に、自分に多額の賄賂を贈ってくれる業者だけを選ぶことだって、やろうと思えばやれちゃうんだ……。


 そりゃあもう、よっぽど身元が確かで信頼できる人でなければ、料理人として厨房へは入れたくないって、なっちゃうよね。

 そしてそっちを優先させた結果、お料理の腕がイマイチでもそれはもう許容範囲だってことか……いや、お料理の腕がイマイチなプロの料理人っていう存在自体が、私には不思議なんだけど。


 その疑問に答えることを、ファビー先生が言ってくれた。

「料理人という職に就けば、平民であっても貴族家の中で上級使用人になれますから……貴族家の料理人になること自体を目的にしている料理人も、かなり多いと聞きますよね」

 それだ。

 私はものすごく納得しちゃった。

「そのような目的で料理人になったのであれば、美味しいお料理を作ろうという気持ちはほとんどないでしょうし、新しいお料理をくふうしてみようという意欲もないのでしょうね」

「ルーディさんのおっしゃる通りですわ」

 リケ先生も目を見張っちゃってる。「お料理をすること自体が目的ではない料理人が、美味しいお料理を作ってくれるとは到底思えませんものね。だから、大して美味しくないお料理ばかりになってしまうというわけですね」


 そして、言った本人のファビー先生もちょっと目を見張っちゃった。

「そう、そうですよね……お料理に対する意欲がない、そういう料理人もいる、ということですよね?」

「貴族家の上級使用人という地位を得るために料理人になったのであれば、そういう人もいるでしょうね」

 私がうなずいてそう言うと、ファビー先生はちょっと頭を抱えた。

「ああ……そういうことなのですね」


 そのようすに、リケ先生が少し心配したように訊く。

「ファビー、まさか貴女のお家の料理人も専横を振るっているの? でも貴女のお家の料理人は確か……」

「ええ、すでに20年近く勤めてくれているわ」

 ファビー先生がため息を吐く。「我が家の料理人は専横を振るうようなことはないし、人柄も温厚で信用できる者よ。ただね、その……お料理に対する意欲が感じられないというか……いま、そういうことだったのね、と気がついてしまったの」

「そういうことって?」

 リケ先生の問いかけに、ファビー先生は苦笑する。

「本人に専横を振るう気はないけれど、貴族家の上級使用人という地位を得たことに満足してしまって、お料理に対して特に何か取り組もうとする気もないのね、って」


 あー……そのケースも、ありそうだわ。

 特に野心があるわけでもないけど、ただ貴族家の上級使用人という地位をキープするためだけに、料理人という仕事をしているってことよね。

 そうするともう、お料理することが単純に日々のルーティンになっちゃって、決まりきったお料理を機械的に作ってるだけになっちゃうっていう。


「つまり、その、毎日代わり映えのしない同じようなメニューが続き、それも特に美味しいとは感じられないような……」

「まさにその通りですわ、ゲルトルードさま」

 ファビー先生が苦笑する。「わたくし、子どもの頃からそういうお食事ばかりでしたので、ずっとそういうものだと思っておりましたの。けれど、お茶会や夜会に招かれるようになりますと、ときおり大変美味しいおやつやお食事をいただけることがありまして……そこで初めて、我が家のお食事は美味しくないのだと気がついたのです」


「あ、でも、わたくしもそうよ」

 リケ先生も言い出した。「わたくしも、お茶会や夜会に招かれるようになって初めて、美味しいおやつやお食事というものを口にしたの。本当に、美味しいってこういうことだったのねと、感動してしまったくらいよ」

「そうそう、感動したわよね」

 ファビー先生も激しく同意してる。


 はー……なんかちょっと、この国の貴族家における料理人事情がわかってきた気がするわ。

 安全性を考えると半端な人を雇うことができず、雇った以上はそれなりに厚遇する。厚遇されることがわかっているから、その地位や肩書を目的として料理人という職に就こうとする人たちが出てくる。

 そういう人たちは、いちばんの目的であるその地位を手に入れてしまえば、手段でしかない料理そのものに向上心を持つことが難しい。だから、大して美味しくないお料理ばかりが量産される。

 そういうことね?


 そんでもって、そういうことを理由に解雇しても、次の料理人を捜すのがまたすごく難しい、と。

 だってさっきリケ先生が言ってたもの、紹介状を持った料理人を何人も面接して、って。つまり、貴族家の紹介状を頼りに身元の確認をしてるってことよね。

 でも、その紹介状……当てになんないよ。

 我が家も出したもん、辞めていった料理人に。何年間我が家に、名門と呼ばれているクルゼライヒ伯爵家に料理人として勤めておりました、とだけ書いた紹介状を。

 そう、この料理人の作るお料理は美味しくないです、なんてことはいっさい書かないで、ね。


 身元の確認にはなるけど……お料理の腕は保証してないのよね。

 たぶんあの料理人も、貴族家における上級使用人っていう地位を得ることを目的に、料理人をやってるってタイプだろうなあ。ホントに美味しくなかったもん。それに、専横っていうほど露骨じゃなくても、業者から賄賂を受け取るくらいはしてたと思う。

 紹介状を持って、そういう料理人がぐるぐるといろんな貴族家を回ってるんだとしたら……なんかもう、我が家の紹介状をもとにあの料理人を雇ってくれた貴族家さん、本当にごめんなさい、って思っちゃうわ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] これから新料理の発信地になる伯爵家で長年働いていた料理人ってだけで相当な目に遭いそう。 えっ、あの料理をつくれないのですか?って
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