145.食いしん坊が多すぎる
今日はまとめて5話更新します。
連休中に書き溜めた分を一気に放出です。
なんだかね、もう『栗拾い』っていう、気軽なノリじゃなくなっちゃったっぽい。
公爵さまを筆頭に、みんなマジな目をして栗の収穫に走ってる。
いや、イケメン兄弟とそれに侯爵家の近侍さんはちょっと目が笑ってる気がするけど。
でも、とにかくまず栗の入ったイガを一か所に集めて、後でまとめてイガから取り出そうってことに決まったらしく、私の目の前に栗のイガの山が築かれていく。
いやーしかし、舌打ちしてた美少年侯爵さままで、なんかすっごく真面目にイガを拾い集めてるんですけど? そんなに、そんっなに、栗のおやつ、食べたい?
そんなマジな男性陣を横目に私たち、つまりお子ちゃまと先生たち女性陣は、栗のイガ山の前でちょっとまったりしてる。
ヒューバルトさんが収納魔道具から敷布を出してくれたので、その上に腰を下ろし、とりあえずイガから取り出せそうな栗があれば出しましょうかねー、って感じだ。
で、そこでようやく、私はジオちゃんの家庭教師さんの紹介を受けた。
「ゲゼルゴッド宮廷伯爵家の長女でファビエンヌと申します。どうぞよろしくお見知りおきくださいませ」
少しふっくらとした感じの、優しそうな先生だ。
でもって、リケ先生と同じく宮廷伯爵家のお嬢さまなのね?
そう思いながら私がファビエンヌ先生に挨拶を返したら、リケ先生が説明してくれた。
「ファビエンヌとわたくしは同じ宮廷伯の娘で、しかも同い年でございますので、幼い頃よりずっと一緒に育ちましたの」
やっぱり! 超仲良しさんじゃん!
リケ先生はにこにこと説明を続けてくれる。
「わたくしが家庭教師の職を探していることを、このファビエンヌがレオポルディーネさまに話してくれまして、それでわたくしはご当家にご紹介いただけたのです」
そりゃあね、リーナとジオちゃんが学院に入学する前から仲良しさんでいるには、家庭教師の先生同士も仲良しさんなほうが、いろいろと情報交換もできていいだろうなとは思うよ。お互いの学習の進捗状況とかね、そういうのもわかったほうが励みになるしね。
でもね、情報交換しやすいってことは、我が家の情報はリケ先生からファビエンヌ先生、そしてレオさまへと、筒抜けになっちゃう可能性がめちゃくちゃ高いってことじゃない?
なんか……なんか、こう、またもや嵌められたような気が……いや、リケ先生を選んだのは私たちだし、リケ先生がホントにいい人でいい先生であることに間違いはないと思うんだけど……それでもこう、レオさまからも着々と包囲網を張り巡らされているような気がしてしまうのはナゼ?
いや、ね、レオさまっていうかガルシュタット公爵家が後ろ盾になってくださるっていうのは、とってもありがたいことよ?
それに、メルさまっていうか、こっちはもうホーフェンベルツ侯爵家のご当主なんだけどさ、来年以降学院でも後ろ盾っぽくなってくれちゃいそうで、そっちもやっぱりありがたいことなんだけど。
なんだけど。
あんまりにも重すぎない?
後ろ盾があんまりにも立派になりすぎて、私はその重さにもうひっくり返っちゃいそうなのよー。それでなくても、エクシュタイン公爵さまが後見人になってくれちゃって、こっちはもう正式にというか公式に私の後ろ盾なんだしさ。
おかしい。うん、おかしいよね?
確か我が家は、家屋敷も全財産も一晩で失って没落確定だったんじゃなかったっけ?
いったいナニがどうなってこうなったの?
って、ナニがどうもこうも、原因はわかってるんだけどね。
はっきり言いましょう。
すべては、公爵さまの食い意地に端を発しています。
気が付いたら、食いしん坊が食いしん坊を呼び、こんな事態に。
いやもう、公爵さまにはすっごくお世話になってるし、悪い人じゃないこともとっくにわかってるし、本当なら下へも置かぬ扱いであるべきなのはわかってるんだけど……なんかあまりにもいろいろと残念過ぎる……。
そしてなんだかもう、とどまることを知らぬかのように広がり続ける食いしん坊の輪。
リケ先生とファビエンヌ先生も、すっかり食いしん坊トークに花が咲いてます。
「本当にもう、フレデリーケがゲルトルードさまの伯爵家でいただいた、お芋のサラダをはさんだパンが美味しかった美味しかったと、わたくしにずっと言い続けておりまして」
「だって本当に美味しかったのよ。わたくし、3つもいただいてしまったもの」
「貴女、3つもって、いただきすぎでしょう」
「我慢できなかったのよ。それくらい美味しかったのよ」
にこにこ顔でリケ先生はリーナに話を振っちゃう。「リーナさんも美味しく召し上がっていましたよね、あのお芋のサラダのパンを」
「はい! わたくし、あのおいものサラダが大好きなのです!」
あああああ、アデルリーナまで本当にキラキラの笑顔でお返事しちゃってて、本当になんでこんなにかわいくてかわいくてかわいすぎてかわ(以下略)。
かわいいかわいいリーナは、さらに嬉しそうに言う。
「今日のおやつにもありますよ。あのおいものサラダをはさんだパンは」
「えっ、本当ですか、リーナさま?」
ファビエンヌ先生、がっつり食いつきました。
「はい、ルーディお姉さまがメニューに入れてくださっています。ファビー先生も、ぜひめし上がってくださいませ!」
そう答えてるリーナのかわいいかわいい満面の笑みにデレそうな私を、そんなキラキラの目で見ないでくださいませ、ファビー先生。
そんでもって、ジオちゃんもやっぱり興味津々だ。
「リーナちゃん、じゃあ今日のおやつは、さっき貴女が言っていた、はん? ナントカと、ホッと? ナントカに『ぷりん』、お口で消えてしまうクッキーと、さらにそのおいものサラダのパンがあるのね?」
アデルリーナは嬉しそうに指を折って数えて見せる。
「そうよ、ハンバーガーとホットドッグとおいものサラダのサンドイッチと、プリンにメレンゲクッキー、あと果実とクリームのサンドイッチと、バターのクリームをクッキーではさんだおやつがあるの!」
「そんなにいっぱい!」
ああ、リーナってば、いつの間に全部ちゃんと発音できるようになったのかしら、しかも今日のメニューを全部覚えているなんて、ホントにホントに私の妹はかわいいだけじゃなくて賢くてやっぱりかわいくてかわいくてかわいい(以下略)。
そんでもって、必死にデレを隠している私を、みんなそろってそんなキラキラの目で見ないでください。
なんだかもう、ハルトヴィッヒさままで、キラキラの目で私を見てます。
「今日はそんなにいっぱい、おやつがあるのですね」
「そうなのです」
リーナが真剣に応えてる。「本当にいっぱいあって、本当にどれも美味しいのです。ですから、ぜんぶ食べきれないのが、たいへんな問題なのです」
「リーナちゃんが食べきれないのなら、わたくしとハルトもむずかしそうですわね」
ジオちゃんも真剣に言い出した。「リーナちゃん、ゆうせん的に食べるとしたら、さきほど貴女が言っていた『ぷりん』になるのかしら?」
「そうね、プリンははずせないです。その次になると……」
なんなんでしょう、お子ちゃま3人でどのおやつを優先的に食べるべきかの相談が始まってしまいました。
なんというか……自分の妹がこんなにも食いしん坊さんだったなんて、私はいままで気がついてなかったかも。それはもちろん、私が用意したごはんやおやつは、いつだって美味しい美味しいってにこにこ顔で食べてくれてたんだけど。
ちょっと本気で茫然としちゃった私に、リケ先生がくすくす笑いながら言ってきた。
「さすがに、美味しいおやつのこととなると、ジオさまもハルトさまも真剣ですわね」
「あら、わたくしたちも真剣ではなくて、リケ? 本日のおやつの時間が、本当に楽しみですわ」
ファビー先生まで、笑いながらも本音がダダ洩れ状態のようです。
そこで私は素朴な疑問を、率直に訊いてみることにした。
「けれど、あの、ガルシュタット公爵家のような高位の貴族家でいらっしゃると、ふだんから美味しいものは召し上がっていらっしゃると思うのですが……それでも、目新しいおやつが楽しみということなのでしょうか?」
私の問いかけに、リケ先生とファビー先生が顔を見合わせた。
そして、ファビー先生が少しだけためらいがちに言ってくれた。
「そうですね、わたくしは公爵家で何度もおやつをいただいておりますが……その、美味しくないわけではない、といった感じです」
えーガルシュタット公爵家でも、そういうレベルなんだ?
でもレオさまだって、あんなに美味しいお料理にこだわってらっしゃるよね?
我が家でお出ししたサンドイッチだって真っ先に口にされていたし、ご家族に対しても我が家で食べたものが美味しかった美味しかったって、話しておられたみたいだし。
それで、なんで?
私は思わず、さらに素朴な疑問を口にしてしまった。
「それで、どうして……その、料理人を代えるだとか、その、もっと美味しいお料理を毎日口にできるように、されないのでしょうか?」
2人の家庭教師さんがまた顔を見合わせた。
あーやっぱりまずかったかな、こういう、他所の貴族家のご家庭内に関することにまで口を出すようなことは……そう思って、私が質問を撤回しようとしたとき、ファビー先生が口を開いてくれた。
「それはやはり、難しいでしょう。公爵家であれば、王都のタウンハウスであろうと料理人も代々仕えている者をお使いでしょうし」
それかー!
そうだよね、何代にもわたって仕えてくれてる家臣ともいうべき料理人を、腕がイマイチだからって簡単にクビにはできないよね。
そこで今度は、リケ先生がちょっと困ったような顔で言ってくれた。
「そうですね、そもそも口に入れるものを作る料理人なのですから、身元の確認できない者を使うことはできないですし」
それは確かに、貴族家の中に身元の確認ができない人を入れるわけには……口に入れるものを作る料理人だから、特に。
そう思って、ようやく私は気がついた。
気がついて、愕然とした。
毒、だ。
お料理に毒を入れられることを、警戒しなくちゃいけないんだ。