144.間違いなく目的は栗です
本日2話目の更新です。
いや、いやいや、どのように栗を召し上がりますの? って……。
とりあえず、渋皮煮に甘露煮にモンブラン、それにできたら栗蒸し羊羹なんか、食べられたらいいなーとは思ってるけど。
「ゲルトルード嬢、きみのことだから、また目先の変わった美味しい栗のおやつを考えているのではないか?」
足早というかほとんど超速で私のところへやってきた公爵さまが、きょとんとしてる甥っこちゃんのハルトヴィッヒさまを自分の腕から降ろしながら、身もふたもなく訊いてきた。
まあ、公爵さまの反応は、想定内っていえば想定内よ?
でも、なんでほかの人たちもみんな、そろって期待に満ち溢れた目で私をロックオンしてるの?
いや、リケ先生は我が家でポテサラサンド3つも食べちゃったから、おやつを期待してくれちゃうのは、まあわかる。でも、ジオちゃんの家庭教師さんなんて初対面どころかまだ名前も聞いてないし。リドフリートさまだって、本日初対面よね?
ユベールくんは……あーサンドイッチとマヨネーズをすでにご自宅で食べてる可能性、高いな。レシピ買ってもらったもんね。もしかして、ずっと私に絡んでたの、そのせい? 美少年侯爵さまも実は食いしん坊キャラだった?
って、もしかしてこの世界って、食いしん坊キャラしかいないの?
なんかもう本気でちょっと遠い目になっちゃった私の前で、ジオちゃんが公爵さまに質問してる。
「ヴォルフ叔父さま、ルーディお姉さまのおやつって、そんなに美味しいものですの? お母さまもずっと、美味しかった美味しかったとおっしゃっていたのですけれど」
ああああ、レオさまがご家庭内でも布教してくださっちゃったのね?
で、問われたヴォルフ叔父さまな公爵さまも、なんかもう胸を張って答えちゃってるし。
「うむ、そうだな。ゲルトルード嬢の考案する料理はどれも本当に美味しい。ジオも今日のおやつを食べればよくわかると思う」
「そうなのですね、それはとっても楽しみですわ!」
ジオちゃんも食いしん坊キャラ確定のようです。
そのジオちゃんのようすに、なんとアデルリーナまで布教を始めちゃった。
「ジオちゃん、ルーディお姉さまが考えられたお料理は、どれも本当に美味しいのよ。今日のおやつも、たくさん用意してあるけれど、ぜんぶ美味しくて」
「そうなのね?」
「ええ、ルーディお姉さまががんばってくださって、とってもたくさんあるの。でもわたくし、まだぜんぶ食べてしまえなくて……ハンバーガーもホットドッグも半分しか食べられないの。だって、そこでよくばって食べてしまうと、お腹がいっぱいになってしまってプリンが食べられなくなってしまうのですもの」
いや、ちょっと待って、こんなにしゃべる妹を、私は初めて見た気がする。
どうしよう、アデルリーナもすでに食いしん坊キャラだった? 全部食べきれないことが、本当に残念そうなんですけど?
リーナの布教に、ジオちゃんも興味津々になってるし。
ジオちゃんのはちみつ色の目が、キランと輝いてる。
「『ぷりん』というおやつは、リーナちゃんはぜったいに食べたいのね?」
「そうなの、本当に美味しいの! とってもなめらかでとろりとしてて……それにね、メレンゲクッキーも、お口の中でしゅわって消えちゃうの、本当に美味しいのよ!」
「お口の中で消えちゃうクッキー?」
「ええ、食べてみるとわかるわ!」
な、なんか、よくわかんないけど……でも、おやつの話でリーナがジオちゃんと盛り上がって、さらに仲良くなれるならそれでいいのでは……って、気がしてくる。
う、うん、いいよね?
そうよ、お引越ししたら、新居にジオちゃんとレオさまをお招きしてお茶会を……いや、その場合メルさまも呼ばないわけにいかないでしょ、でもそしたらこの舌打ち美少年侯爵さまも付いてきちゃう?
いや、いやいや、そもそもレオさまをお招きして、公爵さまをお招きしないというわけには……。
ワケわかんなくなってきちゃった私に、公爵さまはやっぱり問いかけてくる。
「で、どうなのだ、ゲルトルード嬢? 何か栗を使った、新しいおやつの案はあるのだろうか?」
なんか、公爵さまに問われたとたん、スンッとばかりに私の気持ちが落ち着いた。
だって、お招きしようがしまいが、絶対我が家に食べにくるもん、この人は。それも、試食と称して厨房まで乗り込んでくるよね?
私は、ようやく気を取り直して答えた。
「そうですね、2、3考えてはいますけれど、まずは我が家の料理人と相談しようと思っております」
「うむ、あの素晴らしく腕のいい料理人だな」
ええ、我が家のマルゴは天才ですから。
でも一応、釘は刺しておこう。
「ただ、栗をおやつにするには、どうしても大量の砂糖が必要になります。砂糖は貴重ですから、栗のおやつはそれほど多くは作れな」「砂糖だな」
公爵さまは思いっきり食い気味に言った。「すぐに手配しよう。どれほど必要だ? ああ、どのみち、ご当家に砂糖は必要だろう。商会でのおやつ販売に向けても必要であるし、とにかく手に入るだけ用意しよう」
うんうんと納得顔でうなずく公爵さまに、ナゼかリドフリートさまが言い出す。
「閣下、そもそも栗が大量に必要ではありませんか? 本日は拾えるだけ拾っておきませんと」
「その通りだ、リド」
感心したように公爵さまがリドさまの肩をたたく。「とにかく栗を、拾えるだけ拾ってゲルトルード嬢に渡しておかなければ」
もはや訊くまでもなく、我が家で栗のおやつの大量生産をさせる気満々です。
それはもう、公爵さまと伯爵さまだけでなく。
まさかの、美少年侯爵さままで言い出してくれちゃった。それも至って真剣に、また礼儀正しく、自分のことをちゃんと『私』って言って。
「閣下、それでしたら閣下の近侍さんもお呼びしたほうがいいのではございませんか? 栗を拾う人手が必要ですから。もちろん、私の近侍にも手伝わせます」
「いいことを言う、ホーフェンベルツ侯爵どの」
公爵さまは満足顔で応えてる。「クレメンス、至急アーティバルトを呼んできてくれ。差し支えなければヒューバルトも」
「畏まりまして」
クレメンスと呼ばれた、ハルトヴィッヒさまの侍従らしい男の人が、超速で四阿のほうへと移動していく。
ホントになんなんでしょう、この素晴らしい連携プレーは?
みなさん、そろいもそろって、食い意地が張り過ぎです。
だってね、リケ先生とジオちゃんの家庭教師さんも、アイコンタクトを交わしながらこっそり小声で話し合ってるんだよ?
「リケ、どうすればわたくしも栗のご相伴にあずかれると思う?」
「何か考えてみるわ。リーナさんとジオさまもこれだけ仲良くなられたのだし」
「そうね、ジオさんがご招待されれば、わたくしもご相伴にあずかれそうですものね」
「お勉強会の名目で、ジオさまと貴女をお招きすることを提案してみようかしら?」
「ええ、ぜひお願いするわ」
聞こえてますよ、先生がた。
なんだろうね、どうもリケ先生とこの家庭教師の先生、めっちゃ仲良しな気配がしてるんですけど。同じ年ごろの若いお嬢さんだし、もしかしたら学院の同級生とかそういうのかも。
そうこうしているうちに、さっき公爵さまに命じられた侍従さんが、アーティバルトさんとヒューバルトさんを連れて戻って来た。
おいおいイケメン兄弟よ、笑いを隠しきれてないよ?
侍従さんに事情を聞いたんだろうね、栗拾い用の火ばさみとかごを持参してやってきたイケメン兄弟、なんかもう最初から目が笑っちゃってるの。
アーティバルトさんが公爵さまのところへ行き、そんでもってヒューバルトさんが私のところへやってきた。
「ゲルトルードお嬢さま、その、栗のおやつを……」
ヒューバルトさん、肩をひくひくさせちゃって、ちゃんとしゃべれないんですけど。
いいよもう、笑っちゃいなよ。
私は澄まして言ってあげちゃった。
「ええ、公爵さまのご要望による『いつもの展開』です」
ブハッと、堪え切れずにヒューバルトさんが吹き出した。
公爵さま、今日も絶好調ですw