143.今日の目的は栗、だよね?
本日2話更新です。
まずは1話目。
美少年過ぎる侯爵さまな弟なんて、欲しくないです。
などと、私が口にできるわけがなく、ナゼかグイグイくるその美少年な侯爵さまは私を放してくれません。
お茶とおやつの前に、軽く散策して栗も拾いましょうということになったのに、ユベールくんは私にべったりです。
「ルーディお姉さまも来年は領主クラスを選択されるのですか?」
「はい、そのつもりです」
「僕も1年早く生まれていたら、ルーディお姉さまと一緒に領主クラスで学べたのにと思うと、やっぱり残念です」
いや、そしたら同い年だから、私がお姉さまにはならないでしょ。
と、私が声には出さずに脳内突っ込みしてても、ユベールくんはにこやかに続けてくれちゃう。
「でも、再来年になれば僕も領主クラスに進みますから、そうすればご一緒できる機会も増えますね」
そうなのよ、領主クラスってそもそも人数が少ないから、2年生と3年生の合同授業が結構あるらしいのよ。
「そうですね。それは楽しみですね」
なんて一応、私も笑顔を貼り付けてうなずいておく。
ああもう、学科はともかく、乗馬やダンスっていう実技での私の残念っぷりに、この美少年侯爵さまがガッカリして距離を置いてくれるようになることを、心から願ってしまうわ。
ホントにいったいナニがどうなって、私はこんな美少年にロックオンされちゃったの?
ホントにホントに申し訳ないけど、こんな容姿も肩書も煌々しい男子が傍に居てくれちゃ、私が望む平穏な学生生活なんてどう考えても送れそうにないから困るのよー。
ユベールくんのお母さまであるメルさまは、レオさまと私のお母さまと3人で四阿に陣取ってホントに楽しそうに話し込んじゃってる。
そりゃあ、仲良しの3人で積もる話もあるでしょう。でも、お宅の息子さん、こんな感じで放置しちゃってていいんですかー?
私とユベールくんの傍にはもちろん、ナリッサとユベールくんの近侍さんが付いてくれてるんだけど、ナリッサの笑顔が氷点下になってて、近侍さんはなんかちょっと笑いを堪えてるっぽい。なんだろう、この近侍さんもアーティバルトさん系ですか、そうですか。笑えるほど主が暴走してても止める気はないってことね?
その本家本元のアーティバルトさんは、お茶の準備のために散策には参加してない。
そしたら公爵さまがぼっちになっちゃうのではと失礼な心配もしたんだけど……公爵さまってば、ハルトヴィッヒさまと手をつないで栗拾いしてるの!
しかも、私は見た。見てしまった。
ハルトヴィッヒさまのほうから「ヴォルフおじさま~」って、手を伸ばしているところを!
公爵さま、眉間に縦ジワ寄せてても甥っこちゃんにはなついてもらってるのね。
なんかしみじみ、よかったですねーと思っちゃったわ。
そんでもって、アデルリーナは! ジオラディーネさまと! 手をつないで! 一緒に栗を拾ってるのよー!
う、嬉しい! リーナの初めてのお友だち!
ええもう、どれだけ煌々しい美少年侯爵さまが絡んできていようが、私はそっちが気になってしかたがない。
「リーナちゃん、イガは危ないから、触ってはダメよ」
「わかったわ、ジオちゃん」
「栗は、つやつやしていて、指で押してもふかふかしていないのが、いいのですって」
「そうなのね。教えてくれてありがとう、ジオちゃん」
って、聞いた? 聞きました?
リーナちゃんにジオちゃんよ! もうすっかり仲良しさんよ!
いや、イガに触るもナニも、リドフリートさまがイガから取り出してくれた栗を2人して受け取ってるだけなんだけどね。
それにしてもジオラディーネさまってば、なんかちょっとお姉さんっぽくふるまってるのがすっごくかわいい。やっぱり弟さんがいるからかしらね?
お母さまも言ってたけど、リーナはおっとりしたタイプだから、ジオちゃんみたいに活発で周りを引っ張ってくれる子って相性良さそう。学院でも同級生になることだし、このままずっと仲良しさんでいてほしい。
てか、私もあっちに参加したい~~。
なんかユベールくんにロックオンされまくってるおかげで、私ゃいまだに1個も栗を拾ってないんですけど。栗拾いにきたのに、栗を拾って帰らないと、渋皮煮だって甘露煮だってモンブランだって作れないのにー。
公爵さま、甥っこちゃんとの仲良しタイムを楽しんでるだけじゃなくて、こっちもフォローしてくださいませ! この場でこの美少年侯爵さまに物申すのは、爵位が上である公爵さまの役割じゃないですかっ!
と、ばかりに私は公爵さまに念を送ってたんだけど、全然気がついてくれない。
ふんぬー、フォローしてくれなきゃモンブランを作っても試食に呼んであげませんからね、と私がキリキリしてると、公爵さまじゃなくてリドフリートさまが気づいてくれたっぽい。
「侯爵どの、それにゲルトルード嬢、こちらに栗がたくさん落ちていますよ。せっかくですから、拾われませんか?」
そう、にこやかに声をかけてくれたリドフリートさま。
うわーん、いい人だ。
「ありがとうございます、ヴェントリー伯爵さま」
私は本気の笑顔で応えちゃった。
そして、その笑顔のまんま、美少年侯爵さまに声をかける。
「ユベールさま、伯爵さまもあのようにおっしゃっていますし、せっかくですから栗を拾いませんか?」
「……そうですね」
って、ヲイ!
聞こえたわよ?
ええ、ちゃんと聞こえたわよ、キミ、いま舌打ちしたよね?
そんなキラキラ笑顔でしらを切っててもダメよ、やっぱり天使なのは見た目だけってコトね?
いや、その見た目で中身まで天使だっていうのは、まずあり得ないと思ってたけどね。
そりゃもう、生まれたときからエースで四番じゃないけど、これだけ人目を惹く容姿で侯爵家の嫡男だもんね、周りからチヤホヤされてないワケがないもの。
まあ、ある意味、フツーな歪み方だと思うわ。自分が誰にとっても『一番』でなきゃイヤなんだろうね。もっと面倒くさい歪み方してたら、こういう場面で舌打ちさえしないもんね。たとえば、どこかのイケメン兄弟みたいに、ミョーにうさん臭い方向へ行っちゃうとかね。
ということで、ユベールくんの舌打ちに対しては、私も笑顔で圧をかけておくだけにした。
そしてもうさっさと私は、呼んでくれたリドフリートさまのところへ、つまりアデルリーナとジオラディーネさまのところへと行く。
「ルーディお姉さま、栗がいっぱい拾えました!」
早速リーナが満面の笑顔で言ってくれる。
ああもう、ホントに嬉しそうで楽しそうでホントにホントに私の妹はかわいくてかわいくてかわいすぎてかわいい(以下略)。
「よかったわね、リーナ。ジオラディーネさまと一緒に栗拾いができたのね」
「はい、ジオちゃんがいろいろ教えてくれて」
そのジオちゃんは、なんだか得意満面だ。
「わたくし、去年もここへ栗拾いに来ましたの。リーナちゃんは初めてだと言うので、お手伝いさしあげましたのよ」
うわーん、ジオちゃんもめっちゃかわいいんですけど!
「ありがとうございます、ジオラディーネさま」
「あら、わたくしのことはジオと呼んでくださいませ」
私がお礼を言うと、ジオちゃんが言ってくれちゃった。「それで、あの、わたくしも、ルーディお姉さまとお呼びしてもいいかしら?」
「もちろんですわ、ジオさま」
ええもう、こんなかわいいかわいい妹が増えるのはバッチ来ーい! です。
ホントにホントに、2人ともかわいくてかわいくてかわいすぎる~。
リーナとジオちゃんを見守ってるリドフリートさまもにこにこだし、栗を入れるかごを持って付いてきてくれているリケ先生も、それに同じようにかごを持ってる若い女性、ジオちゃんの家庭教師らしき女性も、やっぱりにこにこだ。
「ルーディさん、今年の栗はとても出来がいいようですよ」
リケ先生が、栗の入ったかごを私に見せてくれる。
「まあ、本当にぷっくり大きくてつやつやで美味しそうですね」
ストレートに本音をもらしちゃった私に、リケ先生も笑顔で応えてくれた。
「ええ、本当に美味しそうですわ。我が家ではよく焼き栗にするのですけれど、ルーディさんはどのように栗を召し上がりますの?」
その、リケ先生の何気ないように聞こえた問いかけに、いきなり周囲の空気が変わった。
だってほら、公爵さまがいきなり甥っこちゃんを抱き上げて足早にこっちへやって来たし、リドフリートさまも一瞬真顔になった。なんなら、美少年侯爵さまもいきなり身を乗り出してきて、ジオちゃんの家庭教師さんも栗の入ったかごを抱えてスチャッとリケ先生のとなりに並んだ。
いや、ちょっと待って、何なのこの包囲網は!