141.初めましてのその1
本日2話目の更新です。
ここから続けて新キャラが登場しますよ~。
私たちが乗った馬車が、貴族街の中を通り抜けていく。
秋の収穫期もほぼ終わりに近づいていて、領地に滞在していた多くの貴族がこの王都に戻ってくる時期になっているけれど、午前中の貴族街はまだ閑散とした雰囲気だ。
そのまま、街へ下りることもなく貴族街を通り抜け、私たちは王宮の西門に到着した。
公爵家の紋章付き馬車と伯爵家の紋章付き馬車は、御者と衛兵のごく簡単なやり取りだけで西門をくぐっていく。
いや、王宮の西の森って……王家の直轄地だってアーティバルトさんは言ってたけど、もしかして直轄地どころか外宮内の庭園なんじゃ……?
そりゃ確かに、王宮北の森はまるごと全部王家の直轄地なんだけどさー。
このレクスガルゼ王国王都にある王宮は、それ自体がひとつの街といっていいくらいの大きさがある。
大まかにいって、国王陛下とそのご家族が住まわれている王城がある内宮と、その内宮を取り囲んでいる外宮に分かれているんだけど。日本でいうと、平安京の大内裏みたいなイメージかな。でも、この王宮の外宮は、大内裏よりもっと大きいと思う。だって、外宮には小さいけど池や森や小川まであるもんね。
もちろん、外宮内にあるのはそういう池や森だけじゃない。国家の中枢というべき行政機関があり、それに研究機関や中央学院もある。だから私も、通学のために外宮内へは日常的に入ってはいるんだけど。
ちなみに、リケ先生のお家である宮廷伯爵家のお住まいは、外宮内にあるそうな。
領地持ちの中央貴族は、王都の貴族街にタウンハウスを、領地には領主館をと、2つの邸を構えているものなのだけれど、領地を持たない中央貴族である宮廷伯は代々外宮内に住まいを構えてるんだって。リケ先生が王宮育ちって、そういうことよ。
今日は、リケ先生はいったん外宮を出て貴族街の我が家にやってきて、またこうして外宮内に戻ってるってことだわ。ご足労おかけします、リケ先生。
王宮の西門をくぐった馬車は、そのまま東へしばらく進んでから北へと向きを変えた。王宮の北側には巨大な森が広がっている。
森から魔物が王宮や王都へ侵入しないよう、外宮の森に接したエリアには鉄壁の魔法陣が敷かれているんだって、学院で習ったわ。でも、その森の一部が外宮内の庭園として整備されてるのよね。
案の定、馬車は北の森へと、外宮のいちばん奥へと向かって、どんどん進んでいく。外宮内の中門もほぼフリーパスだ。
おや、右手に見えてまいりましたあの高い尖塔を持つ建物が内宮に築かれた王城でございまーす。
って、うわーん、そりゃこんなトコまで入って来れる人なんて、貴族であっても限られてるよー。
「ゲルトルード嬢はこちらの地区に入るのは初めてか?」
なんて、呑気に訊いてこないでよ、公爵さま! 初めてに決まってるでしょ!
と思いつつ、私は一応にこやかに答えておく。
「初めてでございます、公爵さま」
「そうか。こちらは秋の栗拾い以外にも、夏の水遊びなど散策に向いた地区だ。さらに奥へと進むと狩場になるので、学院でも武官クラスや領主クラスに所属していると、そちらで実地訓練を受けることになる」
って、いま公爵さま、とんでもないことをさらっと言いませんでした?
いや、武官クラスはわかるよ、でも領主クラスも実地訓練?
狩場って、あの、北の森にいるのはふつうのウサギとかキツネとかじゃなくて、その、魔物なんですよね?
えっと、領主って……魔物を狩るの?
公爵さまが魔物討伐とか結構行ってるっぽいのって、まさかそういうこと?
「ああ、着いたようだな」
私が、そこんとこ詳しく! とばかりに公爵さまに質問しようとしてたのに、馬車は無情にも到着しちゃったらしい。停まった馬車の窓から外をうかがうと、すでに紋章付きの馬車が数台、停まっているのが見えた。
すぐに馬車の外から声がかかる。
馬車の扉が開かれると、なんかもうすっかり見慣れちゃったイケメン顔が2つ並んでいた。
いやしかし、アーティバルトさんとヒューバルトさんの顔を見て、ちょっとホッとしちゃった自分にびっくりだわ。こんなうさん臭いイケメン兄弟のおかげで、アウェイ感がやわらぐなんて、ねえ?
公爵さまにエスコートしてもらって、私は馬車を降りた。
うん、完全に庭園だわ。
確かに森という感じの木立ではあるんだけど、石畳の小路が通ってるし、小川というか水路には小さな石橋がかかってるだけでなく飛び石まで並んでるし。ちょっと規模の大きい庭園、自然公園みたいな感じね。
お母さまたちもみんな馬車から降りて、私たち一行は公爵さまに導かれ、石畳の小路を通り小さな橋を渡った。
そのまま歩いていくと、木立の奥に赤い屋根の建物が見えてきた。結構大きな建物っぽいけど、壁がないところを見ると四阿らしい。
人の話し声が聞こえてきたところで、アーティバルトさんが声をあげた。
「エクシュタイン公爵閣下、ならびにクルゼライヒ伯爵家ご一行がご到着されました」
「来たわね、リア! ルーディちゃんもリーナちゃんも!」
四阿まで行くと、レオさまとメルさまが駆け寄ってきて私たちを交互にハグしてくれる。相変わらず熱烈なご挨拶である。
「みなさまをお待たせしてしまったようで、申し訳ございません」
私は思わずお詫びの言葉を口にしちゃった。
だって、一応我が家が主催者なんだよね?
レオさまが設営を請け負ってくれたっていっても、主催者でしかもいちばん下っ端の我が家が最後に到着って、めっちゃまずくない?
だけどレオさまは軽く笑い、メルさまが教えてくれた。
「大丈夫よ、ルーディちゃん。わたくしたちもいま到着したばかりなの」
「そうよ。それに、今日の集まりで主賓になるのはエクシュタイン公爵さまなのだから、その公爵さまにエスコートしていただいてやって来たルーディちゃんたちも、最後の到着で間違っていないのよ」
そういうことですか。
なんかやっぱり、貴族同士の決まりごとって難しいよー。
「でも本当に今日は、堅苦しいことは抜きにしましょう」
レオさまは笑顔で言ってくれる。「まずは我が家の子どもたちを紹介するわね。最初は長男よ」
そう言ってレオさまが手招きした相手は、苦笑しながら私たちの前へやって来てくれた。灰茶色の髪をした、背の高い男性だ。
「義母上、私も子どもですか」
「決まっているじゃない。わたくしにとって貴方は、いくつになっても息子ですもの」
レオさまに言いくるめられちゃって、その人はやっぱりちょっと困ったように笑う。そしてその夕焼け空のような茜色の目を私に向け、右手を自分の胸に当てた。
「初めてお目にかかります、クルゼライヒ伯爵家ご令嬢ゲルトルードさま、未亡人コーデリアさま、そしてご令嬢アデルリーナさま」
そう言ってその人は膝を折り、アデルリーナに一度視線を合わせてからほほ笑む。
「私は、ガルシュタット公爵家の長男で、現在はヴェントリー領の領主を務めておりますリドフリート・クラムズウェルと申します。よろしくお見知りおきください」
ほうほう、このかたがレオさまの義理の息子さんで、クルゼライヒ領のおとなりさん領主だというリドフリートさまね?
本当に穏やかで温和な感じの男性だ。22歳だって聞いた気がするけど、物腰もとっても落ち着いていらっしゃるわ。それに、ちゃんとリーナにも挨拶してくださったし、お父上の後妻で義理母にあたるレオさまととっても仲がよさそうだっていうのも、ポイント高いわよね。
私もスカートを軽くつまんで片足を引く。膝を軽く曲げてカーテシーのご挨拶だ。
「ご丁寧にありがとう存じます、ヴェントリー伯爵さま。クルゼライヒ伯爵家のゲルトルード・オルデベルグにございます」
お母さまも、それにアデルリーナも同じようにカーテシーでご挨拶をする。
うんうん、アデルリーナもちょっとはにかんじゃってるけど、とってもかわいくてかわいくて百点満点のご挨拶よ。
そのアデルリーナのようすを、私と同じようににこにこ顔で見守っていたレオさまがまた言い出した。
「では、次は我が家の長女と次男をご紹介するわね」
ええ、はい、ある意味我が家にとっては本日の真打登場ですね?
そうしてレオさまの後ろから登場したお嬢ちゃまとお坊ちゃまの姿に、私は思わず歓声を上げそうになっちゃった。