137.家庭教師の先生が決まりました
本日2話目の更新です。
ヒューバルトさんとクラウスが、プリン容器調達のために厨房から退出していった。
私は手元に残った見本のプリン用瓶のサイズを測り、シエラと一緒にふたにするための蜜蝋布のサイズを決める。
いや、もうね、ごく簡単に、瓶の口より大きいサイズのカップを探し、そのカップを布の上に伏せ置いて、ふち回りをくるっと布用チョークでなぞるだけなんだけど。
ロッタが布にカップを伏せてチョークで円を描き、それをシエラが片っ端からカットしていってくれる。シエラはもう蜜蝋布の作り方はよくわかっているので、私は2人に任せることにした。
時刻はすでにお昼前である。
私は急いで私室に戻り、ナリッサに手伝ってもらって着替えた。そろそろ家庭教師候補のみなさんが、我が家にやってくる時間だ。
客間では、すでにお母さまとアデルリーナが待ってくれていた。それに、我が家の顧問弁護士であるゲンダッツおじいちゃんもだ。
ほら、一応ね、女性であってもお客さまを招くときは商会員か弁護士を同席させなさいって、公爵さまに言われてるからね。それに弁護士さんが同席してくれていれば、もし今日来ていただいた3人の中によさそうな人がいた場合、その場で雇用契約というか、具体的な条件のお話もしやすいからね。
そこに私も着席し、どんなかたが来てくださるでしょうね、と話し始めたとたん、ヨーゼフが来客を告げてくれた。
さあ、面接開始だわ。
「クルゼライヒ伯爵家ご令嬢ゲルトルードさま、未亡人コーデリアさま、そしてご令嬢アデルリーナさま、初めまして。本日はよろしくお願いいたします」
3名の女性が、私たちの前で正式なカーテシーで挨拶してくれた。
私は彼女たちに席を勧め、まずは簡単な自己紹介からお願いした。
そして自己紹介の後は、個別で面談へ。
面談をするかた以外のお2人は、控室で待機してもらった。
待っていていただいてる間、お茶とおやつをお出ししようかと思ったんだけど、止めておいた。我が家の誰も同席せず毒見もしない状態で飲食を勧めるのは、貴族家的にNGなんだって。
ふっふっふっ、昨日ちゃんと公爵さまに訊いておいたんだよ、私は。ほら、御者さんの件があったからね。ちょっと慣れてきた感じでしょ。
で、結果はというと、アデルリーナもお母さまも私も、このかたにお願いしたいと全員の意見が一致した。
今回、面接をさせていただいた3人の中で一番若い、キッテンバウム宮廷伯爵家のご令嬢フレデリーケさんだ。
フレデリーケさんは、昨年高等学院を卒業したばかりの21歳。
現在は王宮で女官見習をしているそうなんだけど、どうも王宮の堅苦しさが性に合わないとかで、家庭教師の職を探していたんだそう。
その、王宮の堅苦しさが性に合わないなんてさくっと言っちゃうくらい、なんとも屈託のないお嬢さんなのよね、フレデリーケさんって。ずっとにこにこしてて、面談中でも「宮廷伯の娘が、王宮が堅苦しいなんて言っちゃいけないですよね」なんて、自分で言って笑ってくれちゃうし。
ちなみに、宮廷伯っていうのは領地を持たない中央貴族で、代々王家に直接仕えている貴族家のことね。爵位は伯爵しかないので、宮廷伯っていうんだって。
そう言って朗らかに笑うフレデリーケさんは、家庭教師の経験がないとはいえ高等学院まで進んで勉強されているし、なによりアデルリーナが彼女のことをまったく警戒してないっていうのが、私にとってもお母さまにとっても決め手になった。
そうなのよね、アデルリーナには生まれたときから何人も侍女がついていたんだけど、その侍女たち、あのゲス野郎の前ではさんざん媚びていても、ゲス野郎の目の届かないところでは結構アデルリーナにきつく当たったり、ぞんざいに扱ったりしてたらしいんだよ。
日常的に接する相手にそんな裏表のある扱いをされたアデルリーナが、不信感を覚えないわけがないでしょ。だからアデルリーナは、大人の女性にいまもちょっと警戒心を抱いてるの。
ホンット、あの侍女たちよくも私のかわいいかわいいかわいい妹にそんな仕打ちをと、いま聞いても腹が煮えくり返っちゃうわ。
まあ、大人の女性といってもレオさまメルさまに関しては、警戒もナニも考える暇もなく抱っこしてもらって、なでなでしてもらっちゃってたからね。
それに、お客さまだったレオさまメルさまとは違い、家庭教師っていうことは、今後はその女性と2人きりで過ごす時間があることも、賢いリーナはちゃんと理解してる。だからこそ、不安がってたんだと思うんだけど。
そのアデルリーナが、フレデリーケさんに対してはまったく警戒してないの。ちょっとはにかんじゃってるんだけど、それでもリーナは嬉しそうにフレデリーケさんの質問に答えてる。
いまではリーナも日常的に接しているナリッサと同じ年ごろの若いお嬢さんっていうことで、なじみやすかったのもあるのかもしれないけど、やっぱりフレデリーケさんの人柄だと思うのよねえ。
「家族や親しい友人は、わたくしのことをリケと呼びます。ですから、ぜひご当家でもわたくしのことはリケと呼んでくださいませ」
おじいちゃんゲンダッツさんを交えて条件面について話し合い、合意ができたところでフレデリーケさんがにこにこと言い出してくれた。
「では、リケ先生とお呼びしてよろしいでしょうか?」
私がそう返すと、彼女は明るい声で笑った。
「まあ、リケ先生なんて。そう呼んでいただければ本当に嬉しいです」
家庭教師というのは、確かに我が家で雇って働いてもらう人ではあるのだけれど、ふつうの使用人とは一線を画しているものだ。
だって、先生だものね。だから、接し方が難しいのではと、私もちょっと心配してたんだけど、このリケ先生なら大丈夫そうだわ。リケ先生のほうからも、私のことはルーディさんと呼んでくれることになったし。
一応私は当主だけど未成年だからね、しかも相手は同格の伯爵家令嬢で年上。敬称で呼ばれても困ると思ってたんだけど、ホントに堅苦しくない感じでいけそう。アデルリーナも嬉しそうにリケ先生って呼んでるし。
リケ先生は、見習いなので辞職することはすぐにできるけれど、それでもやはり2~3日は引継ぎが必要だとのこと。見習とはいえ、やっぱりこの国の貴族女性にとってはある意味、最高の職だからね、王宮の女官って。
侍女は身の回りのお世話をする職業なのに対し、女官は完全に事務職だ。基本的に男性官僚の補佐的な役割が求められるんだけど、女官の中でちょっと特殊なのが王妃殿下付き女官だ。いわば、王妃さまの専属秘書みたいな感じらしい。もちろん、女官の中では最高位といっていい。
王妃殿下付き女官は数人でチームを組んでいて、王妃殿下のお仕事内容に合わせてそれぞれ担当があるんだそうだ。
そしてリケ先生、なんとその王妃殿下付き女官チームで見習をしてるんだそうな。
ホントにいいんだろうか、そんな超エリートコースを蹴って我が家の家庭教師に転職なんて。ご本人は、これで堅苦しい王宮勤務から解放されます、なんて喜んでくれてるんだけど。
そんな話をしていると、ヨーゼフがさりげなくお茶を勧めてくれた。
うん、さすがヨーゼフ、わかってくれてるわ。だって、地味な泡立て作業だとはいえ、私は朝からずっと【筋力強化】を使ってたからね、だいぶお腹が空いてたのよ。
もちろん、リケ先生もお茶を断るなんてことはなく、ヨーゼフとナリッサが速やかに準備を整えてくれる。運ばれてきたワゴンには、ポテサラサンドがたっぷり積み込まれていた。
これまたさすがマルゴ、食べ応えのあるセレクトにしてくれてホントにありがとう。
私は今日も笑顔でお茶を一口飲み、そんでもってポテサラサンドを口にする。
今日もとっても美味しいよ、マルゴ。それどころか、ポテサラのなめらかさがアップしてる気がする。
「リケ先生も、どうぞ召し上がってくださいませ」
私がそう言ってお勧めするやいなや、リケ先生は本当に待ってましたとばかりにお茶を口にし、すぐさまポテサラサンドにかぶりついてくれちゃった。
「うわっ、ホントに美味しい!」
そのスモーキークォーツのような灰茶色の目を丸くして、リケ先生は言ってくれた。そしてそう言った後はもう、とっても嬉しそうにひたすらポテサラサンドを口に運んでる。
「よろしければ、もうおひとつどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
遠慮なんかしないで、すぐに2つめのポテサラサンドを手にするリケ先生、なんかもう清々しいわ。
「実は、ご紹介いただいたレオポルディーネさまから、クルゼライヒ伯爵家に採用していただければ毎回必ず美味しいおやつをいただけるわよ、と言われていたのです」
ポテサラサンドを2つ平らげたリケ先生が、てへぺろな感じで言い出してくれた。「ですから、今日もすでに少しばかり期待をしておりました」
うん、なんかまた、食いしん坊キャラが1名、追加されちゃったようです。