136.みんなで練習してくれたらしい
更新の間隔がずいぶん開いてしまいました。
今日はまとめて4話更新します。まずは1話目です。
今日は朝から、お弁当の下ごしらえに邁進である。
もはや通常運転になってしまった厨房での朝ごはんを済ませ、私はマルゴがマヨネーズを作ってる横でひたすら卵白を泡立てまくってる。ええもう、腕力勝負だからね、【筋力強化】使いまくりよ。
でもね、大きな衣装箱を持ち上げるのとは違い、メレンゲ作りってひたすら腕を動かしてるだけだから、周りは私が【筋力強化】してるの、気がついてないっぽい。1時間連続で黙々と泡立ててるとかじゃなくて、みんなに指示を出したりしながらだし。それにみんな、それぞれ割り当てられた仕事で手一杯だしね。
ちなみに、モリスはパティを作っては焼き作っては焼きのフル回転で、ロッタはレタスをちぎって玉ねぎとトマトを刻んでる。カールも参加して、チーズを削ったり洗いものしたりしてくれてるし。
はーしかしホンット、時を止める収納魔道具が優秀過ぎるわ。
だって、お料理の手順とかもう全部無視して、とりあえずいま作れるものを作ってしまって大丈夫なんだもん。作りたての状態で、そのまんま保存しておけるんだもん。それも大量に。テーブルの上は全然散らからないし、必要であればすぐに取り出せるし、本当にこんなに便利で優秀なモノがあったのか、と思わずにいられない。
それに、このお弁当作りをしてて気がついたんだけど、収納魔道具があればお引越しも超簡単なのよ。
だって、運び出したい荷物を片っ端から収納してしまえば、この袋を持っていくだけで荷運び完了だよ? そんでもって、新居では必要な荷物だけ順番に取り出して、あとは時間があるときにゆっくり荷物整理すればいいんだもん。
これぞファンタジーのすばらしさ!
ああもう、ホントにホントに、我が家の収納魔道具を取り返したいよー!
とりあえず、お引越しが終わるまで収納魔道具を貸してもらえないか、公爵さまに交渉してみるかな……お礼にプリンとかプリンとかプリンとか差し上げますから、って言って。
いや、でもプリンはすでにお土産として要求されてるから、ほかにも唐揚げとかポテチとかドーナツとか作ったら『試食に参加できる権』も差し上げますとか……いやいや、そんなもん差し上げなくても絶対試食しにくるよね、あの公爵さまは……。
そんなことを考えながらも、下ごしらえは着々と進んでいく。
私はメレンゲ作りからバタークリーム作りへと突入。この後、メレンゲクッキーも焼いちゃおう。マルゴはポテサラを大量に作ってくれてるし、モリスはすっかり鉄鍋担当になっちゃっててソーセージを蒸し焼き中。ロッタはトマトソース用のトマトをつぶしてて、カールは葡萄柚の皮を剥き始めてる。
そうこうしているうちに、ヒューバルトさんとクラウスが今日も我が家にやってきた。
「ゲルトルードお嬢さま、プリンの容器の見本をいくつかお持ちしたのですが」
そう言って、ヒューバルトさんは公爵さまから借りたもうひとつの収納魔道具から、小ぶりなガラス瓶や陶器のカップをいくつか取り出した。
「ご指定いただけば、その容器で数をそろえてまいります」
「これがいいわ」
私は迷わず小ぶりな瓶を手に取った。
ホントに瓶入りプリンにぴったりな形と大きさなんだもん。でも、やっぱりマルゴにも確認をする。
「マルゴ、この瓶にプリンの溶液を流し込んで固めてもらおうと思うのだけれど」
「はい、よろしいかと思います」
マルゴもすぐにうなずいてくれた。「ガラスの瓶でしたら、あの黒いソースと黄色いプリンが二層になっているのが、外からも見えますですね」
「そうなのよ。底に黒いソースが入ってるのが見えると、やっぱり美味しそうですものね。それに、上に泡立てクリームを載せて三層にしてもいいかも」
「それはまた、さらに美味しそうでございますね!」
「では、この瓶をプリンの容器にするということで、数をそろえてまいります」
ヒューバルトさんもそう言ってうなずいてくれた。
って、ヒューバルトさんってすごくナチュラルにプリンって言ってるね。みんな、なんかちょっと不思議な慣れない単語を話してる感じで『ぷりん』って言ってたのに。
さすがにマルゴはちょっと慣れてきたかなって言い方になってきてたけど、ヒューバルトさんってそういうところもすぐにさらっと対応できちゃう人なのかしらね。
そのヒューバルトさん、続いて収納魔道具から布を取り出し始めた。
「布はとりあえず、ご用意できる分からお持ちしました。足りないようでしたら追加しますので」
この世界でも布って反物状態で売ってるらしいんだけど、ヒューバルトさんが取り出したのは私がお願いした通りの端切れ、つまりカット済みの布だ。そしてこれまたちゃんとお願いした通り、とってもきれいな色や柄の木綿布が次々と出てくる。
ふふふふ、シエラの目がキラキラしちゃってるわ。ヒューバルトさんたちの来訪に合わせて、シエラもさっき厨房に呼ばれたんだけどね。うんうん、蜜蝋布作りはシエラに任せるから、もうガンガン作っちゃってちょうだい。
そして次はクラウス。
クラウスは今日の買い出し品を順番に説明してくれて、ヒューバルトさんはそれに合わせて収納魔道具から品物を取り出してくれる。追加の野菜や果物や卵やバターやチーズで、すぐテーブルの上がいっぱいになった。
ちなみにお肉は、ちゃんと配達用の小型冷却箱をお店で借りて、冷却箱ごと収納魔道具に入れてあった。こっちの収納魔道具には時を止める機能がないもんね。クラウス、気が利いてるよ!
それに、ヒューバルトさんがチェックしてくれたんだろうけど、絞り袋用の星抜き草と露集め草もたくさん買ってきてくれてた。ほかにも、頼んであったかごはもちろん、蜜蝋やセイカロ油も忘れずに買ってきてくれてるし。
「パンはすべて、マルゴさんの息子さんたちのお店で注文してきました」
クラウスが説明を続けてくれる。「細長いパン、上下に切る丸いパン、ロールパン、それに果実のサンドイッチ用の大きなパンですね。さすがに今日1日で全部は無理ですが、焼きあがり次第、順次配達するとのことです」
お、クラウスもサンドイッチがなめらかに言えてるわね。
さすがにみんな慣れてきたかな?
「ありがとう、クラウス。それにヒューバルトさんも」
私は笑顔で言った。「これで必要なものはほぼそろったと思いますが、もし足りないものがあればまたお願いしますね」
クラウスとヒューバルトさんが応えてくれる。
「畏まりました」
「では、プリンの容器を早急にそろえます。おそらく今日中にはお持ちできると思います」
「それは助かります。よろしくお願いします」
うむ、順調であーる。
と、私が満足していると、ヒューバルトさんが言い出した。
「ゲルトルードお嬢さま、これらパンではさむお料理はすべて、サンドイッチという名称でよろしいのですか? ずいぶん種類が増えましたので、区別するための名前があってもいいのではと思うのですが」
あ、うん、ヒューバルトさんの言いたいことはよくわかるよ。細長いパンのサンドイッチとか、まどろっこしいもんね。
私は笑顔で答えちゃった。
「そうですね、わたくし自身はいくつか区別をしていて、細長いパンのサンドイッチはホットドッグ、それに今回初めて作った丸いパンのサンドイッチはハンバーガーと呼んでいます」
「『ほっとどっぐ』に『はんばーがー』ですか」
ヒューバルトさんが眉を上げ、そしてその名前を口の中で何度かつぶやく。
気がつくと、クラウスも同じように、ほっとどっぐ、はんばーがー、とつぶやいてる。いや、クラウスだけじゃなく、マルゴもモリスもロッタも、それにカールまで、みんなそろってやたら真剣につぶやいてる。
ナニ、みんなどうしちゃったの?
私がちょっと驚いてみんなのようすを見まわしていると、ヒューバルトさんが笑いながら教えてくれた。
「いえ、我々はこれからレシピやお料理そのものを販売する立場になるわけですから、正式な名称をきちんと言えるようになるべきだと、昨日この厨房で話し合ったのですよ」
なんとまあ、昨日私が厨房から離れていた間、彼らはそろってサンドイッチだのプリンだのの発音練習をしていたらしい。
なんか、想像するとほほえましいというか、笑っちゃうんですけど。
でも、その努力はすごく嬉しい。私が前世の記憶のまんま、特に変えずにそのまんまで呼んでた名前を、みんなもそのまんま受け入れてくれたわけだから。
だけど、みんな、これからもっと、唐揚げだのコロッケだの天ぷらだのポテトチップスだの、いろんな名前のお料理が出てくるよ。覚悟しといてね!
仕事のトラブル続きで参ってました。
ホント、きっちり定期的に更新されてる作家さん全員尊敬します。
私ゃまだまだ修行が足りません(´;ω;`)