135.今日も1日やっぱり長かった
本日2話目の更新です。
「以前は、遠い戦地で当主が亡くなるということも、決して珍しくはなかったからな」
公爵さまが説明してくれた。
なんで、血族契約魔術なんていう、直系の血族だけが権限を共有できるような契約魔術を執務室や魔道具に施しているのか、についてだ。
「その家に代々伝わっている重要な魔道具や当主の執務室などが、当主本人にしか使用できない状態になっていた場合、突然当主が亡くなってしまうことでいろいろと差しさわりが出るものだ」
なるほど、確かに言われる通りだわ。
当主が亡くなったとたん執務室に誰も入れなくなっちゃったら、帳簿の確認すらできなくなっちゃう。収納魔道具に何が入ってるのかもわからず、また何も取り出せなくなっちゃったりしたら、本当に困ると思う。
だから身内の、ごく近い血縁者にだけは、当主と同じ権限を与えておく血族契約魔術っていうものが、使われるようになったってワケね。
客間へと戻るために廊下を歩きながら、公爵さまは話を続けてくれる。
「確か、ご当家の先代当主も、戦地で亡くなられたのではなかったか?」
「そのように聞いています」
先代っていうのは、あのゲス野郎の父親のことね。
うなずいた私に、公爵さまが言う。
「やはり、先の『ホーンゼット争乱』のおりに、多くの貴族家当主が戦地で亡くなられたため、血族契約魔術が貴族家の間で一気に広まったということもあるようだ」
『ホーンゼット争乱』っていうのは、学院の歴史の授業で習ったんだけど、内戦っていうか、まあ、独立戦争ね。
我が家の『クルゼライヒの真珠』を競り落としたイケオジ商人がホーンゼット共和国の人だったんだけど、そのホーンゼット共和国ってもともとはこのレクスガルゼ王国の一地域だったの。具体的には、ホーンゼット辺境伯領だったのよ。
そのホーンゼット辺境伯領が独立を宣言し、内戦状態になっちゃったらしい。しかも10年近くその内戦が続いたっていうから、完全に泥沼化してたんだろうね。
そして、ホーンゼット辺境伯領が共和国として独立したのが、およそ20年前。
いまは国交も正常化し、あのイケオジ商人がこの王都の商業ギルドに加わるほど交易も行われているけど……やっぱり、ホーンゼット共和国の存在をこころよく思っていない人が、このレクスガルゼ王国に多いのはしかたないことなんだろうなって思う。
だって実際に、そのときの戦争で大勢が亡くなってるわけだから。
貴族の間では、ちょうど私たちの世代からみて祖父母の代での被害がいちばん大きくて、私たちの親の世代は若くして家を継いだという当主がとても多いらしい。
公爵さまの場合は、17歳のときに先代が亡くなられて跡を継いだってことだから、10年ちょっと前? じゃあたぶん、戦死ではなかったんだろうけど、でもやっぱりこの世界は前世の日本と違い、若くして亡くなる人は多いからね。
そういうこともあって、直系の血縁者にだけはあらかじめ使用権限を持たせておくって、必要なことなんだろうな。
そんなことを話しながら客間へ戻ると、客間はなんかすっごく和やかな雰囲気だった。
お母さまが声をあげて笑ってるし、アデルリーナもすごく楽しそうだ。
えっと、お母さまとアデルリーナと、それにエグムンドさんとヒューバルトさんっていうメンバーで、なんでこんな楽しそうな雰囲気になっちゃうの?
そう思いながら私は室内を見回し、エグムンドさんの顔を見た瞬間になんか納得した。
だってエグムンドさん、眼鏡キラーンの黒幕顔じゃなくて、完全にパパの顔してるんだもん。そうだよね、リーナと同い年のお嬢さんがいるんだから、女の子への接し方がちゃんとわかってるんだわ。
ヒューバルトさんも、精霊ちゃんだっていうナゾの弟さんのことを話すときは、ちゃんとお兄ちゃんの顔になってたよね。意外だけどそういう一面も確かにあるんだ。
なんかここんチの兄弟、そろってうさん臭さ満載だけど兄弟仲は本当に良さそうだし、もしかしたら家族全員仲がいいのかもしれない。
だけど、公爵さまは……どうやらお父さまとの関係はよくなかった、というか、もう正直に最悪だったみたいだけど……でも、レオさまとあれだけ仲良しなんだから、救いはあったってことだよね? 私にとってのお母さまやアデルリーナのように、家の中に安心できる相手が居てくれたってことだよね?
ホント、公爵さまとレオさま、なんだか妙に張り合ったりしてたけど、ぎすぎすした感じや冷えた感じはまったくしなかったもの。姉弟でじゃれてるって感じだったもんね。上のお姉さま、王妃さまとも仲良しなら、さらにいいなと思うわ。
席に着いて、私はお母さまに説明した。
我が家には『失われた魔術』による魔道具が3つあり、そのうち2つは収納魔道具であること。そしてもうひとつ、魔剣も存在しているらしいということ。
けれど、その実物は発見できず、どうやらあのゲス野郎が亡くなったとき身に着けていた可能性が高く、それをゲス野郎の遺体を改めた前の執事が持ち逃げしたらしいという結論になったということを、金庫から出てきた覚え書きを示しながら私は話した。
「そうね……」
お母さまも深く息を吐きだした。「それしか、考えられそうにないわね。とても残念なことだけれど」
そこで、ヒューバルトさんが言い出した。
「いま詳細を兄から聞きました。ゲルトルードお嬢さま、コーデリア奥さま、私がその元執事の消息を探ってみます」
私がお母さまと話している間、アーティバルトさんもヒューバルトさんに説明してくれてたんだよね。
「本人の消息がつかめれば、詳しい状況がわかると思います。少々お時間をいただくことになりますが、よろしいでしょうか」
「もちろん時間をかけてもらって構いません。よろしくお願いします、ヒューバルトさん」
私が頭を下げると、お母さまも頭を下げてくれた。
「ええ、わたくしからもお願いします。我が家が代々伝えてきた品ですもの、なんとかゲルトルードに継がせてあげたいですから」
「はい、最善を尽くします」
ヒューバルトさんはうなずいてくれた。
「私も、ご当家が長らく伝えてこられた品々が、ゲルトルード嬢の手元に戻ることを祈っている」
公爵さまもそう言ってくれた。
ちなみに、『クルゼライヒの真珠』はすでに取り戻し、ケールニヒ銀行に預けてあるそうです。ちゃんと目録を見せてもらったわ。
うん、なんだかんだ言って公爵さまにはやっぱりすごくお世話になってると思う。プリン、ちょっと多めに作ってあげてもいいかも。
公爵さまとアーティバルトさんをお見送りし、私はナリッサと厨房に戻る。
エグムンドさんとヒューバルトさんがついてくるので、なんでまだアナタたちは居残ってるのと思っちゃったんだけど、そうでした、クラウスが居るのでした。
厨房もすっごく和やかな雰囲気で、みんな美味しく試食してくれたらしい。
クラウスとエグムンドさんが魔術契約書の確認をしている間、私はモリスとロッタに訊いてみたんだけど、口をそろえて言ってくれた。
「本当に、何を食べても信じられないくらい美味しかったです」
「あのお肉とお野菜をはさんだパンも、クリームをはさんだクッキーのおやつも、本当に本当に美味しくてびっくりしました!」
モリスの、なんていうか唸るような言い方がおかしい。ロッタはすっかりはしゃいじゃってるし。それでも、2人とも我が家の厨房になじめたようでよかったわ。
ヒューバルトさんは、明日中にはプリンの容器と蜜蝋布用の端切れを持ってきますと約束してくれた。
そうしてヒューバルトさん、エグムンドさん、クラウスが辞していって、我が家の厨房の人口密度がようやくだいぶ減った。
ホント、今日も濃い1日だったわ。
でも、今日はまだ終わりじゃないのよね。
それから私たちは、お弁当の下ごしらえを始めたんだから。
ええもう、卵をね、全員総出で卵白と卵黄に分けて卵白と卵黄に分けて卵白と卵黄に分け続けたわよ。プリンとマヨネーズとメレンゲクッキーとバタークリームを作るんだもん、どれだけ分けといても使い切る自信ありまくりだもんね。
しかも、時を止める収納魔道具に入れておけば、分けたときの新鮮な状態のまんま、いっさい劣化させずに保存しておけるの! ホンットにホンットに便利!
やっぱりなんとしても、我が家の収納魔道具を取り返したーい!
そんでもってお夕食は、合間を縫ってマルゴにスープを作ってもらった。
それも、ひき肉を使った肉団子とお野菜たっぷりっていう具だくさんのヤツ。もうハンバーグのレシピを説明するだけの余力が私になくて、パティを作ったのと同じレシピで丸めただけの肉団子にしてもらったんだけど、めっちゃ美味しかったー。
お母さまとアデルリーナにも大好評だったわ。
ええもう、これもいずれレシピ書かなきゃね。
その具だくさんスープとパンっていう簡単なお夕食を済ませ、ようやく今日は終わり。
明日は家庭教師の先生の面接がある。明日もまた濃くて長い1日になりそうだわ……。