133.ハイスペックすぎる
本日2話目の更新です。
それから、公爵さまたちと手分けして執務室の中を調べて回ることになった。
なんかでもね、その前に公爵さまがアーティバルトさんに訊いたの。
「アーティバルト、やはり無理か?」
「無理ですね」
そう言ってアーティバルトさんが首を振ったんだけど、ナニが無理なんだろう?
訊いていいのかどうかわからなくて、結局ナニが無理なのかわからないまま、私もナリッサも発掘調査を開始した。
とりあえず、机の引き出しやキャビネットの中から出てきた、大量の書類や帳簿なんかの細かい確認は全部後回しだ。とにかく収納魔道具そのものか、それに関する記録のようなものがないかを最優先にした。
「ゲルトルード嬢」
公爵さまに呼ばれて、私は右手側真ん中の本棚へと行く。
その本棚には、中央に大きな柱が通っていて、その柱に何か文様が描かれていた。
「ここに魔力を通してみてくれ」
「はい」
言われたまま、私は公爵さまが指示したところに手を当て、魔力を通してみた。そのとたん、文様の中に仕込まれていた小さな魔石がポッポッと順番に点灯していく。
おおう、ファンタジーだよ!
なんか感動しちゃった私の目の前で、すべての魔石が点灯し、続いて大きな柱が左右に割れた。本棚ごとスライドする構造になってたらしい。これまたさらにファンタジー感満載。
そして柱が割れたその奥には棚があり、金庫らしきものが鎮座していた。
「これにも当然、血族契約魔術が施されているのだろうな」
そう言いながら公爵さまは金庫に手をかけた。
金庫の扉には取っ手がひとつ。ほかには鍵穴もダイヤルもなんにもついていない。だけど、公爵さまが取っ手を引っ張ってもびくともしなかった。
そんでもってやっぱり、私が金庫の取っ手を引っ張ると、ぱこんと音を立てて簡単に扉が開いた。
金庫の中には……金銀財宝なんてモノはカケラもなく、見るからに古そうな書類が束ねられて突っ込まれていた。
とにかく、金庫の中に保管してあったんだから何か重要な書類なんじゃないの、ってことで、私たちは手分けしてその書類の束を確認することにした。
書類はほとんどが羊皮紙で、古いことは間違いないと思うんだけど、公爵さまによると状態保存の魔術が施されているとかで、本当に状態がいい。
私は手にした束をほどき、順番に目を通してみた。
って、あの、えっと、これってもしかして……我が家の、オルデベルグ一族の初代伯爵が、国王陛下からクルゼライヒ領を拝領したときの誓約書なんぢゃ……?
三度見というか、三回読み返して、私はちょっと視線を泳がせてしまった。
いやもう、まるっきり歴史的文書でしょ、コレ。こんなもんが家の中に実在してるとは。我が家って本当に歴史のある、名門って呼ばれちゃうような貴族家なんだ……。
「あ、これじゃないですか?」
声をあげたのはアーティバルトさん。
彼は手にしていた書類を、私と公爵さまに示してくれた。
「ここに記載がありますね。オルデベルグ一族が所有する『失われた魔術』による魔道具の覚え書きのようです」
思わず身を乗り出して、私はその書類に目を落とした。
あっ、ホントだ、収納魔道具って書いてある!
公爵さまも書類に目を通す。
「ふむ、どうやらご当家にも収納魔道具がふたつ、伝わっているようだ」
その通り、覚え書きは2通あった。それぞれ別の収納魔道具らしく、しかもひとつは『時を止められる』と書いてある!
って!
その我が家に伝わってる収納魔道具を、持ち逃げされたんだよ!
えええええ、もう、どうしてくれよう、取り返すことって、できないのかな?
あの役立たず執事、いまどこで何をしてるんだろう? 確か、お母さまが書いた紹介状は渡したから、どこかの貴族家にでも勤めてるんじゃないかと思うんだけど。
でも、居場所を突き止めたとしても、そんなもの知らないって言い張ってくるの、間違いないよね?
「念のために、前当主の私室も確認させてもらっていいだろうか?」
「えっ、あっ、はい?」
突然公爵さまに問われて、私は慌てて返事をした。
で、返事をしてから、ちょっと頭を抱えそうになった。だって前当主の私室って……さすがに私はあのゲス野郎の私室になんか入ったことないんですけど。てか、入りたくないんですけど。
でも、公爵さまの言う通り確認が必要なのはわかる。
もしかしたら、収納魔道具を置いてるかもしれない。ふたつあったなら、性能のいい時を止める収納魔道具は持ち歩いていても、もうひとつは部屋に置いてたって可能性、ないこともないもんね。
私たちは廊下を歩き、私室のあるエリアへと移動した。
「こちらになります」
私が扉を示すと、ナリッサがさっと鍵束を出してきた。
そう、この部屋は鍵があるの。物理的な鍵がね。つまり、執務室みたいに血族契約魔術が施されてる、なんてことはないわけ。たぶん、当主の私室には使用人もひんぱんに出入りする必要があるからじゃないかな。
ナリッサが鍵を使って扉を開ける。
すると、アーティバルトさんが足を踏み出した。
「この部屋は大丈夫ですね」
「ああ、では頼む」
公爵さまがうなずき、アーティバルトさんを促す。
うなずき返したアーティバルトさんは、私に笑みを送ってきた。
「では、少々失礼します」
いったい何をするんだろう?
アーティバルトさんは1人で部屋に入っていく。扉のところで私は公爵さまと一緒に立ち尽くした。ナリッサも私の後ろに控えている。
見ていると、アーティバルトさんは部屋の真ん中まで進むと、そのままじっと動かなくなった。
時間にすると30秒くらいだろうか。
振り向いたアーティバルトさんが首を振りながら言った。
「ここには、収納魔道具のような特殊な魔道具は置いてないですね」
あの、えっと、なんで?
なんで、特殊な魔道具は置いてないって、アーティバルトさんにはわかったの?
ワケがわからなくて、公爵さまとアーティバルトさんの顔を見比べてしまった私に、アーティバルトさんがにんまりと笑って教えてくれた。
「これが、私の固有魔力なのですよ」
は、い?
やっぱりワケがわからない私に、公爵さまが説明してくれた。
「アーティバルトは、魔力を感知できるのだ」
「魔力を、感知? えっと、どこに魔力があるか、感じ取ることができるのですか?」
ぽかんと、私はアーティバルトさんの顔を見上げてしまう。
「そういうことです」
やっぱりにんまり笑ってアーティバルトさんが言った。「魔力を有しているのであれば、人はもちろん魔物や魔石もわかります。魔道具も、モノによりますがこういう室内のような狭い範囲であれば、まず間違いなくわかりますね。先ほどの執務室は、血族契約魔術が部屋全体に施されていたので、さすがに個別の感知はできなかったのですけれど」
ナ、ナニソレ、アーティバルトさんって、もしかして人間魔力レーダー探知機だったの?
あっけにとられちゃってる私に、また公爵さまが言う。
「アーティバルトの【魔力感知】は非常に有用だ。魔物討伐でも、討伐対象の正確な位置も数もすべて把握できる。しかも、広範囲において」
そして公爵さまは真面目な顔で言ってきた。「このところ我が国では大きな戦乱を経験していないが……戦場ではアーティバルトの存在そのものが勝敗を分ける可能性もある。だから、アーティバルトのこの固有魔力については口外しないでほしい」
想像してしまって、私の喉がひゅっと詰まった。
つまり、敵の位置……どこに何人いるのか、身を隠していようが多少離れていようが、アーティバルトさんがその魔力によって全部把握できちゃうとしたら……。
「かなり珍しい固有魔力ですからね。一応、国家保護対象固有魔力なんですよ」
アーティバルトさんはサワヤカに笑ってるけど、いや、マジで怖いから。
レーダーなんかないこの世界で、いやもうおそらくレーダーなんて概念すらないだろうこの世界で、アーティバルトさんだけが人や魔物の存在を広範囲に、それも正確に把握できるなんて。攻撃するにも守るにも、有利どころの話じゃないよ。
なんなんだろう、この人ホンット、イケメンのくせにハイスペックすぎるんですけど。
パン粉作るより便利な固有魔力?