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14.御者問題と馬車

「御者は、ハンスがいいのではないかしら?」

 またお母さまが突然言い出した。

「真面目に勤めてくれているし、馬の世話も好きだと言っていたし、カールとも仲良くしているのでしょう?」

「あ、はい!」

 カールが緊張しながら、でも嬉しそうに答えた。「ハンスも、ずっとこちらでお世話になれたらいいのにと言ってます!」


 ハンスは商業ギルドの厩で下働きをしている子で、御者も厩番も辞めてしまって馬の世話に困っていた我が家にクラウスが斡旋してくれた、いわば臨時のアルバイトだ。

 当主の財産である馬車も馬もすべて債権者であるエクシュタイン公爵に引き渡す必要があるんだけど、でも引き渡しまでの間ずっと馬を放置しておくわけにもいかず、バイト代というかお駄賃だけで毎日馬の世話をしにきてくれるハンスの存在は、本当にありがたい。


「しかしハンスは、歳も若すぎますし御者としての経験がほとんどございません」

 クラウスが思案顔で言う。「確かに真面目な性格で、もしこちらで雇っていただければ一生懸命働くものとは思われますが……」


 商業ギルドで下働きをしているだけあってハンスの言葉遣いはきれいだし、最低限の読み書きや計算もできる。

 ただ、まだ14歳だ。年齢の割には背も高いし体つきもしっかりしているけど、本職の御者として雇うにはちょっと難しいだろう。


 それでもハンスは、今日初めて従僕のお仕着せをヨーゼフから貸してもらって、ものすごく嬉しそうにそれを着ていた。

 契約のため購入先のタウンハウスに行ったとき、私たちは我が家の紋章付き箱馬車と馬を使ったんだけど、後部の立ち台には従僕としてハンスが乗ってくれたんだ。本当はカールが乗りたがってたんだけど、カールじゃちょっと身長が足りなくてお仕着せが合わなかったんだよね。カールはめちゃくちゃ悔しがってた。

 ちなみに、御者は商業ギルドに臨時雇いを頼んだ。


 すごく緊張してたようだけど、とっても嬉しそうだったハンスは、カールの言う通り我が家で働きたがっていると思って間違いなさそうだよね。

 うーん、従僕としてもちょっと若すぎるし、本職の御者としても経験が足りないしだけど、雇えばきっと真面目に働いてくれるに違いない。

 なにより、お母さまが推しちゃうくらいだから、性格にも裏表のない子なんだろう。

 ただまあ、あんなにいつもにこにこしてるハンスじゃ用心棒にはならないよねえ……。


「発言、よろしいでしょうか」

 ナリッサがすっと手を挙げた。

「ええ、もちろん貴女の意見もどんどん言ってほしいわ」

 答えるお母さまに目礼し、ナリッサが口を開く。

「私としてはハンスを正式に雇っていただき、その上で先日ゴートニール侯爵家が購入されたような一頭立て二輪軽装馬車をご検討いただけないかと思うのですが」


「ああ、あれはいま話題になっていますね。非常に小回りが利いて便利そうだと」

 声をあげたのは若いほうのゲンダッツさん。

 でも彼は、ちょっと怪訝そうな顔をナリッサに向ける。

「しかし、あの軽装馬車は2人乗りです。御者が座れば、あとは1人しか乗れませんよ? 貴族のご夫人やご令嬢が御者と2人きりでお乗りになるのは……」


「私が御者をいたします」

 ナリッサが平然と言った。

 みながあっけにとられている。だって、御者というのは男性の仕事であって、女性の御者というのは聞いたことがない。もちろん、本職の御者ではない女性が馬車を操ること自体はないわけではないのだけれど、かなり珍しい。

 でもナリッサはそのまま続ける。

「当面、当家で馬車が必要なのは、ゲルトルードお嬢さまの通学です。侍女の私が御者を務め、となりにお嬢さまに座っていただけば問題ないと思います。そして後ろの立ち台にカールか、あるいはハンスを乗せておけば、お嬢さまが授業を受けておいでの間に馬車をお屋敷へ戻すこともできますし」


「それはすてきね!」

 嬉しそうに声をあげたのはお母さまだった。「軽装馬車なら、わたくしにも操れるわ。2人乗りならば、娘を1人ずつしか乗せてあげられないのがちょっと残念だけれど」

「お、お母さま、馬車を操ることが、おできになるのですか?」

 私は思わず訊いてしまった。

 いや、スーパー有能侍女のナリッサが馬車を操れると言っても私はそこまで驚かなかったけど、お母さまは貴族の純粋培養お嬢さまじゃなかったっけ?


 けれどお母さまは朗らかに笑った。

「わたくし、娘時代はよく領地で馬車の手綱を握っていたのよ。馬車を操るのって本当に楽しくて。幌付き荷馬車の手綱を握って、よく森へ遊びに出かけたものよ」

「そういえばそうでしたなあ」

 なんとおじいちゃんゲンダッツさんも懐かしそうに言い出した。「コーデリアさまは村の娘たちに交じって、荷馬車競争にも参加されておりましたなあ」


 い、意外だ。

 深窓の貴族令嬢であるはずのお母さまが、実は結構なアウトドア派だったとか?

 しかも荷馬車競争て? ナニソレ馬車レース? お母さま、実はスピードマニア?

 えっと、荷馬車を駆ってコーナーをドリフトしていくお母さまの雄姿が、映像になって私の脳内に流れてしまった……。


「やはりハンスを我が家で正式に雇いましょう。御者の練習はおいおいしてもらって、当面は厩番でいいのではなくて? 一頭立ての馬車ならば馬もとりあえず一頭でいいことですし、ハンスには馬の世話をしてもらえれば」

「私もそのように思います、奥さま」

 なんだかもう、お母さまとナリッサの間で話がまとまりつつある。

「ナリッサが言う通りルーディが授業を受けている間、馬車をタウンハウスに戻してもらえるなら、わたくしはリーナとお出かけができますしね」

「本当ですか、お母さま!」

 ああああああ飛び跳ねるように手を打ち合わせたアデルリーナがもうかわいすぎてもうどうしてくれようっていうほどかわいすぎてかわい(以下略)。


 結局、ナリッサの提案通り二輪の軽装馬車と馬を一頭購入し、ハンスも正式に我が家の厩番として雇い入れることに決まってしまった。

 確かにこれなら経費はかなり抑えることができるけど!

 ハンスなら人柄もわかってるし安心だけど!

 だけどだけど用心棒はどうするのよー!


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